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第216号(2009.08.05発行)

第216号(2009.08.05 発行)

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イルカからのSOS ~カンボジアのイルカが、絶滅の危機に~

[KEYWORDS] メコン河流域/イルカ激減/保護活動
東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科院生、HAB研究所所長◆岩重慶一

カンボジアのメコン河に絶滅危惧種のカワイルカが生息している。
だが、川魚の乱獲や違法な漁の横行が、再びイルカたちを危機に陥れた。
この10年、日本の民間グループも協力しイルカ保護と自然観光をすすめる動きが高まっていたが、違法な乱獲が再燃し、メコンのイルカは危機に瀕している。

イルカ保護活動から10年経て

中国からミャンマー、ラオス、タイを経て幅を数キロに広げるメコン河流域はめざましい経済発展をとげ、メコン大河はアジアにおける電力と食料の供給地となっている。しかし、一方で自然環境保全との調和の難しさを痛感させられている。カンボジア北東部クラチェにしかみられなくなったカワゴンドウの仲間であるイラワジイルカの種の維持が急務となっている。わたしたちはこれまで10年以上にわたり、東大の林 良博先生を中心にメコン河のイルカの生息状況を調査した※1。その結果、イルカはラオス南部で絶滅し、現在は約100キロ南のカンボジアのクラチェ間にしかみられず、全生息数はすでに百頭以下に激減した。たぶん今世紀初頭にはカンボジア側のイルカも絶滅が懸念される。
数が減った最大の理由はベトナム戦争とポルポトによる内戦だ。ベトナムのメコンデルタ地帯はもちろん、カンボジアのメコン河も戦場になった。周囲をホーチミン・ルートに囲まれていた支流のセコン川は米軍の激しい爆撃を受け、大量の枯葉剤がまかれた。
戦争が終わると、漁民たちが爆発物を使った漁を始め、イルカが巻き添えで犠牲になった。そこで私たちは97年に国際イルカ保護会議を現地で開催、流域40キロを保護区に指定し、爆発物による漁を禁止し、魚網にかかったイルカを逃がすように指導してきた。
その後には、タイ、中国、ラオスなどの流域国の経済発展に伴うメコン支流のセコン川の電源開発・ダム建設による生態系の激変が挙げられる。
すでに上流のラオス側のイルカは絶滅し、上流で小グループに分断されたイルカは下流のクラチェ付近に集結しカンボジア政府に保護されているが、せいぜい百頭しかいない。わたしは01年にイルカの繁殖をめざした「保護センター」をクラチェに建設した。

変貌するメコン河流域環境

これまで毎年訪問して、激減する頭数をなんとか守るため保護区を中心にパトロールしてきたが、どうしても近親交配による悪影響が出て、絶滅する心配がある。他方、わたしたちNGOとカンボジア政府はイルカを保護しながら、自然や寺院を利用した里山観光を推進して自然派の観光客に来てもらっているが、観光収入による保護活動の成果は思うように上がっていない。
ここ1~2年、メコン河流域のインフラ整備が日本や中国のODAにより新橋や道路整備が進み、他国の漁業ブローカーによる商業流通化の波を受け、イルカの保護区内でもナマズの違反漁業が頻繁に行われている。いま、わたしたちが問題にしていることは保護区内における禁止漁業である大型刺し網を使った一網打尽な漁獲によるイルカの巻き添え死が多発していることだ。わたしたちの調査では、昨年だけでカンピー村付近で16頭の死亡が確認されている。過去の戦争の犠牲から開放されたイルカが、ダム建設等からの逃避でたどり着いたイルカたちの「生きる楽園」である最後の聖地カンピー村のあるクラチェ地域でも新たな敵に遭遇しているようだ。
刻々変貌するメコン大河でラオス側から逃げこんだイルカの悲運を嘆き、細々とカンボジア側で生息しているイルカの存在は、日本ではほとんど知られていない。わたしたちはカンボジアのイルカをアンコールワット遺跡同様、アジア共有の財産として位置づけている。自然との共存を学んで行こうと。

ラオス国境のコーンヌの滝から逃げ延びたイルカ。カンボジアのメコン河に絶滅危惧種のカワイルカが生息している。
ラオス国境のコーンヌの滝から逃げ延びたイルカ。カンボジアのメコン河に絶滅危惧種のカワイルカが生息している。
ラオス国境のコーンヌの滝から逃げ延びたイルカ。カンボジアのメコン河に絶滅危惧種のカワイルカが生息している。

イルカ保護から環境教育へ

アンコールトム壁画の中のイルカ人魚。
アンコールトム壁画の中のイルカ人魚。

これからも建設したイルカ保護センターを活用して人工繁殖から保護へと一歩前進させた活動を展開していきたい。これまで、日本の子どもたちからのカンパをもとに手作りの絵本やポスター・シールなど環境教材を配布してきた。
イルカはアンコールワットやアンコールトムの壁面に刻まれ(写真参照)、人魚として人々に愛され、人間の生まれ変わりでワニから人を助けたという伝説をもつ。イルカの悲しい叫び声に耳を傾け、その訴えを一人でも多くの人に聞いてもらいたい。今後とも環境教育の柱として、保護と観光の両立を支援していけたらと願っている。(了)

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