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オーシャンニュースレター

第208号(2009.04.05発行)

第208号(2009.04.05 発行)

日本のダイナミズムは海洋から生まれる

[KEYWORDS] 海洋ダイナミズム/漁業/海洋産業
公立はこだて未来大学 教授◆長野 章

海は、日本にダイナミズムを与えている。北国の岬の小型漁船は日本海を縦横断し、内海の町の造船業、海運業は世界を縦横断し、日本に躍動を与えているようだ。
海洋を通じて日本を縦横断する人たちが増えれば増えるほど、日本は躍動をしていく。
この海洋を起源とするダイナミズムにより漁業、海運業、造船業に続く新しい産業を創生していく必要がある。

マグロの行方

年の瀬も押し詰まった2008年12月26日の夜、北海道函館市に住む私のところに、国境の島、長崎県対馬の西岸に位置する阿連(あれ)漁港から電話があった。30kgくらいの養殖マグロ300匹ほどあるのだが買い手を捜して欲しいと言う要請であった。この話は、中・四国の知り合いの流通業者に紹介したが、紆余曲折あって函館市の流通業者との間で商談が成立し、対馬空港、福岡空港、羽田経由函館空港で生鮮マグロが1回に6匹ずつ、週に2回くらいのペースで空輸されることとなった。新年早々に、函館市内の魚屋では長崎産のマグロとして店頭に並んだ。
最近、話題になっているマグロ養殖の現場調査と共に、対馬西岸は国際的な漂着ゴミで有名となっているため、是非、現地を見たいとの思いから2009年2月初旬にマグロの空輸と逆の空路で長崎県対馬に行った。対馬西岸の漁港には、マグロの稚魚である500gほどのヨコワを曳き釣りという漁法で、韓国沿岸を横に見ながら対馬海峡で操業する人たちがいた。その曳き釣りで釣ったヨコワを活かして運搬し、生け簀で2~3年かけて30kgまでに育成するマグロ養殖業者の人たちがいる。その漁船が基地とする漁港の沿岸には、ハングル文字の付いた大量のゴミが漂着していた。ただマグロを養殖する内湾の水質は清浄で、すんだ海水に浮かぶ直径約20mの生け簀を高速で遊泳する生育したマグロは、何ともダイナミックな存在であった。

日本縦横断

早朝に対馬の東岸にある厳原(いずはら)港の漁港区に行くと、AMと言う文字の付いた10トン型のイカ漁船が2隻ほど長崎県漁業協同組合連合会の施設に水揚げをし、フェリーに乗る大型トラックにイカ箱を積んでいた。AMとは青森県所属の船という意味で、青森県の大間から対馬までイカ釣りに来ており、2月から5月の連休頃までの3カ月間この厳原港を基地にして、毎日日帰りのイカ漁をするのだそうだ。日帰りと言っても夕方出漁して朝の6時に厳原港へ帰港し水揚げをする。10トン型のイカ漁船は、一人乗りである。イカ漁船の漁師に養殖マグロの調査に来たことを告げると、なぜ青森大間のマグロを買わないのかと尋ねられた。津軽海峡のマグロは高価で函館の一般庶民は手が出ないと応えると、それもそうだな、大間のマグロはキロあたり1万円もするとの返事であった。彼らは、小さい一人乗りの10トン型のイカ漁船で日本海を縦断し、日本の南西端まで3~4カ月も来るのである。この漁船は沿岸漁業に分類される小型漁船であるが、大型漁船で操業する遠洋沖合漁業と同じくらい航行し重労働を伴う。
以前、長崎県対馬に来たときは、この厳原港に高知県のカツオ漁船が接岸していた。3年ほど前は、長崎県五島沖から対馬にかけてカツオが豊漁であった。カツオ漁の漁法はマグロの稚魚であるヨコワを釣る同じ曳き釣り漁法である。このヨコワを釣る曳き釣りの技術は、高知県の漁師がこの対馬の漁師達に伝授したものである。その高知県の南西の足摺岬の地方でもヨコワは釣れる。長崎県対馬と同じようにヨコワを生け簀に蓄養し、鹿児島県奄美地方で養殖するため、活魚船が高知県の沿岸の漁港を巡りヨコワを収容し運ぶ。ここでも高知県から鹿児島県奄美地方へとマグロの回遊と同じくらい広い交流がある。

海を舞台に

日本縦横断の図

漁業は、日本の国境域でしかも東京や大阪などの日本の中心域には触れることもなく、日本を縦横断する産業である。産業の対象とする魚、獲る人の移動範囲も大きい。日本のいわゆる国土は人口密度が高く、狭い土地を汲々と耕し、汲々と保全し、その間に汲々とした道路と家屋が並ぶ。一方その外縁にあるもう一つの国土である海洋は、開かれた悠々たる存在であり、人と魚が縦横無尽に移動し、日本の一方の国土にダイナミズムを与えているかのようである。
私の故郷は、四国愛媛県の今治である。内海の地ではあるが海に生きる人たちが多い。海運業を営んでいた叔父は、3,000トンほどのタンカーの船主で北海道小樽港に寄港した際に、札幌の大学の寮まで今治産の「梨」を運んでくれた。もちろん今治の海運業は青森県大間のイカ漁船以上に日本縦断産業である。現在は、わが国の外航航路船の4割の船主が今治の人である。日本の縦横断からさらに飛び出して地球縦横断となっている今治の人もいる。高校時代の友人は、一人はフランスのブルターニュ地方の漁港であると共に工業港であるロリエン港で、もう一人はスペインのマドリードで一民間人として20年以上生活をしている。故郷に残っている人も、カッター船2隻を所有し、自らの家の前に係留し子供達を集めカッター大会を開催する人、小造船会社の経営の一端を担っている人など、海を縦横に生きる、みんな酒飲みで愉快な人たちだ。

もう一つの国土、海の活用を!

海は、日本のダイナミズムの源と感じる。海を介して日本を縦横断し、世界を巡り、日本に躍動を与えているようだ。海洋を通じて日本を縦横断する人たちが増えれば増えるほど、さらに日本は躍動をしていく。そのためには、日本は、この海洋を起源とするダイナミズムにより、漁業・海運業・造船業に続いて世界を縦横断する新しい産業を創生していく必要がある。それは、海洋ニューディール、もしくはグリーンならぬブルーニューディールと呼称されるだろう、海洋に豊富にある生物・循環系資源を掘り起こす政策から始まる。(了)

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