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オーシャンニューズレター

第208号(2009.04.05発行)

第208号(2009.04.05 発行)

21世紀における日米海洋同盟の新たな側面

[KEYWORDS] 米海軍のアキレス腱/対潜水艦戦能力/日米の相互補完態勢
水交会研究委員、前自衛艦隊司令官、元海将◆香田洋二

本論は冷戦時を通じた日米安保体制の(日米共通)戦略目標であった「旧ソ連」崩壊後の一極構造や大量破壊兵器の拡散、国際テロ等に代表される新たな安全保障環境において、海洋同盟の観点から日米安保体制の新たな意義に関する考察である。
具体的には、海自の伝統的な表芸であり、米海軍の能力に陰りの見えてきた対潜水艦戦能力を両者の接着剤とする「海上戦力による新たな日米戦略的相互補完態勢の構築」を提言している。

日米戦略的相互補完態勢と米海軍作戦の転換

昭和27年の海上警備隊発足以来、海上自衛隊(海自)は一貫して海上交通の保護と国土の防衛を主任務としてきた。また、日米安保条約に基づく米海軍との共同をその前提としている。具体的には「盾と矛」、すなわち米海軍の攻勢作戦と海自の防勢作戦により構成される「相互補完」の長所を最大限に発揮してわが国有事に備える構想を具現すべく、海自は防衛力整備、教育訓練、後方等全ての分野で自らの態勢を継続的に整備してきた。同時に、米海軍との緊密な関係の構築そして共同作戦の基盤となる相互運用性の確立等を高い優先事項として海自は隊務に取り組んできた。また米海軍も太平洋艦隊、特に第7艦隊とその支援に当たる在日米海軍部隊を中心に海自の動きに具体的に応えてきた。
ところが冷戦に西側が勝利した結果、1990年頃から米海軍は本格的な海上戦闘により自らに挑戦し深刻な脅威となる外国海軍は存在しなくなったと認識している。この環境下、米国は国家戦略遂行手段としてパワープロジェクションを重視している。
パワープロジェクションについて簡単に説明すると、まず、冷戦終了時までの海軍力の主任務は、伝統的に海上戦闘により敵艦隊を撃滅して制海権、すなわち所要の海域を自由に使う権利を獲得することであった。唯一の例外として冷戦終了後、脅威となる海軍力が消滅し制海権獲得から解放された米海軍は、空母打撃部隊や海兵機動遠征群という攻撃力(パワー)を紛争地域や相手国に対していつでも投入できる(プロジェクション)体制をとることにより第一義的には戦争を抑止、また戦争に至った場合には早期に対処して収拾することを目指している。この、今日の米海軍に特有な海上作戦の概念をパワープロジェクション(PP)と呼んでいる。

米海軍のアキレス腱

空母ジョージワシントン打撃部隊と共同訓練中の海自護衛艦
空母ジョージワシントン打撃部隊と共同訓練中の海自護衛艦

PPの過程で、対象地域までの進出とその後の米本土と現地間の洋上後方支援路に対する妨害は皆無、あるいは簡単に排除可能と米海軍は考えている。ここで顕在化した問題の一つがPPの対象地域、この海域は必然的に紛争地域等の陸岸近傍となるため狭隘で浅水深であり、米海軍の中核である空母打撃部隊や海兵機動遠征群等の大部隊の機動運用に制約を受けるところにある。この海域における脅威は対艦ミサイル装備の小型高速艇、在来型潜水艦、特殊部隊、機雷等、冷戦時代に想定した旧ソ連艦隊という本格的脅威とは全く異なる、どちらかというと「軽いが煩わしい」ものが中心になると見積もられるが、これらは米海軍が冷戦後初めて本格的に直面するものである。この新たな事態認識から、米海軍は得意としてきた大部隊による作戦能力を十分に発揮できない恐れのある、外洋とは異なる戦闘形態を沿岸海域(「Littoral」と呼称)における戦闘とし、「沿岸海域戦=Littoral Warfare(LW)」と定義している。
このため、近年の米海軍の表看板であるPPを支える「打撃戦=Strike Warfare:空母打撃部隊等による攻撃作戦」を別にすれば、米海軍は新たな戦闘形態であるこのLWを、伝統的な対潜水艦戦、対空戦等の各種戦より高い優先順位とし体制/態勢整備を進めている。このLWを想定した海域が「ペルシャ湾」や「東、南シナ海」であると、一昨年秋に発表した米海洋戦略において特記したことはこの考えを裏付けるものである。しかし、安全保障には常に「相手あり」である。米海軍の弱点を正確に見出し、ここに自らの力を集中する態勢を構築することは「軍の常道」であり、挑戦者にとって魅力的な選択肢となる。米海軍がLWを第一として資源を投入している今日のアキレス腱こそが、各種戦の中で最も困難といわれる対潜水艦戦であることは言うまでもない。先に述べた米海洋戦略において、将来にわたる脅威として原子力および在来型潜水艦を明確にあげていることも、この認識の表れである。
また、冷戦後20年間にわたり本格的な潜水艦脅威と直面してこなかった米海軍ではあるが、潜水艦という古くて新しい脅威に対して、冷戦終了後も機会を捉えて対応策を講じてきた。事実、現在でも世界をリードする能力を具備している上、この能力再構築に向けた各種の努力も重ねられ、その成果も蓄積されつつある。しかし、現に国家として深くコミットしているイラク、アフガニスタンを中心とする「テロとの戦い」に資源配分を最優先せざるを得ない米国そして米海軍では、対潜水艦戦という「長くて根気を要する能力の再構築」が意の如く進捗していないのも現実である。世界最高の対潜水艦戦能力を維持する米海軍ではあっても、量的に冷戦期のピークから半減した現在では、地球規模の対潜水艦戦の実施が困難となっている。例えば西太平洋から中東といった広大な海域全体において、本来必要とされる密度の高い対潜水艦戦を完全に実施することは米海軍単独ではもはや不可能となっている。

日米の新たな接着剤としての海自の対潜水艦戦能力

一方、海自でも冷戦終了直後には、この時期に顕在化した新たな脅威への対処能力構築が優先され、一時的に対潜水艦戦能力の地盤が沈下したが、その本質は「ぶれる」ことなく堅持されている。冷戦直後に求められた多様な事態への態勢整備が概成した今日、海自が本来の資源配分に戻り対潜水艦戦の再強化を図り回復できれば、米海軍の弱点を戦略的に補完することが可能となる。特に、地球規模の対潜水艦戦に制約を抱える米海軍を海自の能力で補完できれば、冷戦期とは異なる新たな戦略的関係が構築できることとなる。具体的には、海自が北西太平洋における対潜水艦戦を担当することにより、米海軍が本来そのためにある資源を他の海域における作戦に投入できるという、新たな態勢の構築である。海自の対潜水艦戦能力が、わが国周辺海域であり潜水艦脅威も最も高い北西太平洋における米海軍の対潜水艦戦の負荷を軽減・緩和し、その分米海軍は他の任務や作戦に専念することが可能となり、結果的に両国の国益に貢献をすることになる。この新たな役割分担は冷戦期の「米軍の攻勢作戦」と「自衛隊の防勢作戦」を基とした相互補完態勢とは大きく異なる、新時代にふさわしい海上戦力による戦略的相互補完態勢を形成することとなる。この「新たな相互補完態勢」を具現し担保するために必要なことが、海自あげての「対潜水艦戦能力再構築」の努力であることは言うまでもない。もちろん、海自は現時点でも世界第一級の能力を維持しているが、今後の潜水艦関連技術の進歩と周辺諸国の潜水艦整備の趨勢に確実かつ自信を持って対応できる水準の能力構築を目指さなければならないであろう。このことは海自創設以来の努力の足跡が示すように十分可能なことである。
この能力を裏付けとした「日米の新たな相互補完態勢」を新たな海上防衛戦略構想として定着させるための海自の強いリーダーシップが求められる。そのような日米の新たな相互補完関係が、今後の日米安保条約に基づくわが国防衛のための協力体制を強化することになる。(了)

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