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第208号(2009.04.05発行)

第208号(2009.04.05 発行)

マリン・エコラベル・ジャパン - 川下から資源管理を促進する

[KEYWORDS] 水産エコラベル/持続可能な漁業/資源管理
マリン・エコラベル・ジャパン事務局◆西村雅志

2007年12月、水産物を対象にした日本で初の水産エコラベル制度が発足した。
水産エコラベル制度とは、持続的な漁業で獲られた水産物にラベルを貼って、その商品を消費者が選択することにより、持続的な漁業を推進する制度である。
本稿では、マリン・エコラベル・ジャパンが水産エコラベル制度をあえて日本で立ち上げた背景および制度のごく基本的な仕組みと特徴について説明したい。

川下で展開する環境運動と日本の自主性

マリン・エコラベル・ジャパンの認証ロゴマーク
マリン・エコラベル・ジャパンの認証ロゴマーク

世界人口の急増、中国等の発展途上国の急速な経済的発展、欧米先進国での健康志向の高まり等を背景に、水産物の需要が地球規模で拡大し、魚種によっては厳しい漁獲規制が義務づけられている。これまでは資源管理といえば、行政、研究機関、漁業者を中心にいわゆる資源流通の川上で行われていた。ところが、環境にやさしい漁業で獲られた水産物を消費者に選択させて漁業の持続性を高めようとする、いわゆる川下をターゲットにした様々な環境保護運動が欧米で展開し始めた。これらの中には、一方的に漁業や小売店を格付けし、一度標的にされると事業者の商売があがったりになるものや、動物愛護の色濃いもの等様々な運動が存在している。米国のモントレーベイ水族館は、ポケットガイドを作成して、食材となる魚種を「最良の選択」、「よい選択」、「避けるべきもの」等にクラス分けした。水産エコラベル制度も、川下主導という意味においてはこれらの運動に通じるところはあるが、漁業者が手を上げて初めてその漁業の審査を受けることになるという点では異なる。ポケットガイドの場合は、ある日突然自分が獲っている魚が「避けるべきもの」になっていたということもありうる。また、これらの異なった制度が同じ漁業について異なった見解を示すこともある。これは漁業者にとっても消費者にとっても悩ましい話ではあるが、もともと変動し続ける海洋の資源について評価を下すわけであるから、容易ではない。
このように、欧米を中心に資源流通の川下の環境運動が吹き荒れる一方で、日本の関係者の間では、漁業者は魚を獲るだけではなく、川下に向けて資源管理や魚食文化の重要性についてアピールすべきという考え方は以前よりあった。例えば(社)責任あるまぐろ漁業推進機構(OPRT)は、持続的なまぐろ資源の利用の推進のために、ニューズレター、パンフレット等を作成し、消費者に語りかけるイベントを開催する等、様々な対消費者の運動を展開してきた。このような国際環境と日本の自主性がプラスに反応し合って日本独自の水産エコラベル制度が誕生した。

マリン・エコラベル・ジャパン(MELジャパン)の基本的仕組み

MELジャパンの運営には水産関係者、科学者、流通、消費等の幅広い関係者が参加しており、(社)大日本水産会が、事務局を務める。制度の構築にあたっては、可能な限りFAO(国連食糧農業機関)の定めた水産エコラベル策定のガイドラインを取り入れた。同ガイドラインは制度の枠組みや運営のあり方と認証のための基準が規定してあるが、ガイドラインそのものは義務的なものではなく、自主的に取り入れるいわゆる「お手本」である。MELジャパンの認証には、生産段階認証と流通加工段階認証があり、これら両方が取得されることで、持続的な漁業で獲られた水産物が、他の水産物と混ざることなく、消費者に届くことが可能になり、初めて商品にラベルを貼ることができる。
生産段階認証のための要件は、?確立された実効ある漁業管理制度の下で、漁業が行われていること、?対象資源が持続的に利用される水準を維持していること、?海洋生態系の保全に適切な措置が取られていることである。流通加工段階認証の要件は、?トレーサビリティが確保されていること、?対象水産物以外の水産物の混入、混在が防止される管理体制があることである。これらの要件をさらに細分化した基準、指針、審査項目に沿って審査することになる。審査は、公正と客観性を確保すべく、MELジャパンから独立した審査機関が行う。2008年2月現在では、社団法人日本水産資源保護協会が審査機関として登録されている。

求められる日本の制度

海外にはMSC(海洋管理協議会)(小誌203号(2009.01.20)参照)という水産エコラベル制度があり、早くから国際的に展開している。同制度もFAOのガイドラインに準拠しており、したがって、認証する要件も基本的にはMELジャパンと大きくは変わらない。日本の関係者があえて日本独自の制度を立ち上げることを選択した背景には、漁業の認証の特殊性の問題がある。工場内の製造過程の認証と違って、海洋資源と生態系に関わる漁業の認証は一筋縄ではいかない。日本の漁業は今日たまたま存在しているわけではなく、古くからの資源管理の歴史の延長線上にある。日本の漁業を認証するには、今日に至るまでの漁業の歴史や現場の状況を十分に理解することが求められる。できるだけコストをかけずに十分な検証を行うには、漁業の現場や研究機関への良いアクセスと人的ネットワークが不可欠となる。このような制度がほしければ日本の関係者が自分で立ち上げることが望ましいということになった。これは実際に制度を動かしてみて益々実感できたことでもあるが、制度構築から運営に至るまで、この話はあの人に聞けば詳しく教えてもらえるというような情報に助けられながら作業を進めてきた。

漁業者の前向きな取り組み

MELジャパン設立から丁度一年後の2008年12月には「日本海べにずわいがに漁業」が初の認証を受けた。MELジャパンの制度において忘れてはならないのが、漁業者の前向きな取り組みである。MELジャパンの認証を取得した日本海かにかご漁業協会の西野正人会長は「認証を取得してこれで終わりというものではなく、これからが大変です」と語る。「漁業者ができうる小さな取り組みを将来の目標に向かって段階的に積み重ねる、ベニズワイガニ産業全体の持続性を確かなものにしていくというその課程と漁業者の不退転の決意の表明が認証に値すると認められたと思っています」。この漁業者の決意表明こそがMELジャパンが求めるものであり、認証された漁業の真の挑戦はむしろこれから始まる。
静岡県の由比港漁業協同組合、大井川港漁業協同組合の「さくらえび2そう船びき網漁業」、青森県の十三漁業協同組合「十三湖シジミ漁業」も現在審査中である。このような志のある漁業者を少しでも増やすことこそがMELジャパンの挑戦でもある。(了)

求められる日本の制度
求められる日本の制度
2008年4月から認証の募集を開始したマリン・エコラベル・ジャパンに最初に応募した「日本海べにずわいがに漁業」の審査風景。この年の12月に生産段階認証第1号として承認された。

 

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