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オーシャンニューズレター

第185号(2008.04.20発行)

第185号(2008.04.20 発行)

「里海」って何だろう?~生業と暮らしを育む里海を考える視点~

[KEYWORDS] 海の利用/里海/地域ルール
フリーライター◆中島 満

この数年、沿岸域の利用について「里海」という言葉が使われるようになってきた。
その言葉の具体的な定義はまだこれからであるが、やっと施策化する時代になったといえる。
大切なのはその地域で形成された自主的ルールの存在であり、管理利用の安定度を高めるには、地域ルールを培ってきた地域の人々の存在が必要になる。

なぜ、いま里海なのか

この数年、沿岸域の利用について「里海」という言葉が使われるようになってきました。
里山は、「人里近くにあって、その土地に住んでいる人の暮らしと密接に結びついている山・森」と「広辞苑」に載るように、里山をとおして自然環境と人の暮らしの関わりをみなおそうとする考え方が定着しているということでしょう。
一方、同じ自然域で、山を海におきかえた里海は、まだ具体的な定義も定まらない段階です。
国土交通省は、2003年の「里浜づくり宣言」(海づくり研究会)にそった事業を行っています。里浜づくりとは、「地域の自然と歴史を尊重し、海辺と地域の関わりがどうあるべきかを災害防止のあり方をも含めて議論し、地域の人々と、海辺との固有なつながりを培い、育て、つくりだしていく取り組み」としています。環境省は、瀬戸内海等の内湾内海の閉鎖性の強い海域で「21世紀環境立国戦略」にそった藻場干潟の保全再生、水質汚濁対策など里海創生支援事業を始めています。水産庁は、「水産業・漁村の多面的機能」(水産基本法)を活かした藻場干潟の保全再生、漁民の森づくり支援、都市の人々の漁業体験・環境学習支援事業を「里海(うみ)づくり」と呼んでいます。昨春成立した海洋基本法に基づき3月18日閣議決定された海洋基本計画にも2カ所、里海が書き込まれました。国が里海を施策化する時代になったのです。
これまで、沿岸域において、藻場や干潟再生に取り組んできたNPO組織などの活動が先行してきましたが、各地のこうした海の環境保護活動が、行政施策と連動した里海づくりとなって、ようやく盛り上がりを見せ始めました。里海が、環境や地域を見直すあいことばになって里山と同じように広く海に関心をもってもらうきっかけになればと思いますが、そのとき、里海と里山の違いに目を向けおくことが必要です。つまり、里、山、海という自然域を管理利用し、所有する権利の内容の違いです。里山の土地は私有・共有・入会など所有の差はあれ、原則登記され、権利関係が明らかです。ところが里海はどうでしょう。人と自然域との関わりという意味では変わりありませんが、海を人が利用するときの関係はすこし違いがでてきます。

見落としがちな「地域」のルール

海は、誰の所有にも属さない、誰のものでもない性格をもっています。言い換えればみんなのものです。誰のものでもないは、勝手に利用できる関係ではありません。海の利用者間のトラブルが起きないように地域の自主的なルールができ、それを維持する仕組みとともに、地域内外の利用者、みんなで利用するためのルールができているのです。
具体的には、なりわい(漁業)とくらし(海藻採り)や、文化的祭事などの地域と地先の海との関わりの歴史が、地域内だけではなく、地域外の人にも働く地域ルールとして機能してきました。
それでは漁業権とは何でしょう。みんなで利用するために形成されてきた地域ルールのうちの漁業を安定して営むために、法律の権利に書き換えたものが、漁業法の漁業権なのです。つまり、海沿いの漁村集落のような地域には、法律に規定された漁業権と、地域が自主的に形成してきた地域ルールが重なりあうように機能しているのです。
もう一度なぜ今、里海なのかを考えてみましょう。今、漁業は苦境に立たされ、漁村は疲弊し地域は大きく変貌しました。黙っていても、海沿いの地域を代表する主体者は漁業者、漁協であると、国民だれもが納得できた時代が変わろうとしています。
海沿いの地域に、漁業者がその地域の代表であることに納得できない人々が増えて、地先の海に、離れたマチからの入域者が増えてくると、もともと見えづらい地域ルール、漁業権を理解できないまま、みんなのものの「みんな」の幅が勝手に広がっていくやっかいな現象が起こってきます。

新しい海との関わりが生む里海

港区立港陽小学校のノリづくり体験授業。
港区立港陽小学校のノリづくり体験授業。

しかし、地域と地先の海との関わりが注目され、里海づくりが多様に行われ始めたときだからこそ、その地域で形成された自主的ルールの存在に眼を向けるべきなのです。わかりにくい、因習と避けても、何度かトラブルを経験したり、ひとたび海難事故や重油流出事故がおきると、普段あまり知られることのない漁師魂や漁村の人々の強い結束力を眼にすることがあるでしょう。
海の自然域を、多くの人が利用するようになればなるほど、実は、管理利用の安定度を高めるには、地域ルールを培ってきた地域の人々の存在が必要になるのです。海だけではなく広く自然域の利用に関して形成された地域ルールは、地域が変貌を遂げた現在も、実態を変えながら維持され、また、新しいルールも生まれてきます。そして、それらのルールを活かす方が、低いコストで、現実の管理利用の安定度が増すことに着目すべきではないでしょうか※1。
最後に、漁業権が完全放棄された海面に例をとり、地域と地先の関係を考えたとき、本来地域ルールが消失しているはずなのに、息づいている関係がみられる事例を紹介します。
東京湾奥、お台場海浜公園の海に接して建つ港区立港陽小学校が、ノリづくり体験を授業に取り入れました。同校の校長先生は、新しいマチの若い家族の子供たちのために、校舎前に広がる海を教育に活かそうと考えました。
「子供たちに昔この海でたくさん採れたノリを、お台場の海で復活させ、ノリ作りを体験させたい」
この願いを聞いた、NPO海辺つくり研究会が協力を申し出て、千葉県木更津のノリ漁業者でつくるNPO盤州里海の会、元ノリ漁業者の後継者である東京都漁連青年部有志も加わりました。さらに、東京都港湾局、国交省東京港湾事務所、東京港埠頭公社も加わり、協議会が設置されました※2。こうした多くの人々の協力によって、東京都の海面でノリづくりが復活し、江戸前海苔の収穫が実現したのです。
この取り組みを、海面利用の仕組みとして整理してみると、小学校と生徒の住むお台場地区が地域で、その地先の海を、地域の人が利用する関係が見えてきます。ノリを海でつくるには、ヒビたて、ノリ網張り等の養殖行為が伴い、漁業権の免許に基づかなければ行えない法律の規定があります。しかし、この事例は、制度の壁をも乗り越えてしまいました。
つまり、地域が地先の海を、非営利の教育目的のノリづくりに利用したことを考えたとき、なりわいとくらしを支え続けてきた海の利用の仕組みが、漁業権の存在しなくなった海においても、昔のルールと今作られつつあるルールとが溶け合って、合意形成がされ、機能したと考えられるのです。
地域と地先の海の関わりを通して、安定した海の利用関係を呼び込む地域ルールの役割を見直し、地域の人々だからこそ創りだせる「里海」に注目したいと思います。(了)


※1 『ローカルルールの研究』佐竹五六、池田恒男他共著(2006年)
※2 「お台場環境教育推進協議会協働事業協定書」(2005年12月12日締結)

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