Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第176号(2007.12.05発行)

第176号(2007.12.05 発行)

閉鎖性海域の環境修復は水深が鍵

(株)日本海洋生物研究所取締役◆今尾和正

浅場造成による閉鎖性海域の環境修復では、貧酸素の影響を回避するため一律ではなく
場所の環境特性に応じて造成水深を決めるべきである。
局所的な貧酸素水塊の発生原因である土砂採取跡の窪地の埋め戻しにおいては、
修復効果をより効果的なものにするため、
元の水深よりもさらに水深を浅くし、浅場造成の効果を目指してはどうか。

浅場造成による環境修復を

閉鎖性海域ではひところのような生物群集の単調化に歯止めがかかってきたようにも見受けられるが、貧酸素水塊の発生など悪化した海域環境は依然として解決すべき課題である。播磨灘などでは水質の総量規制にもかかわらず全窒素、全リンはいまだに上昇傾向にあり、逆にノリ養殖に必要不可欠な無機態の窒素、リンは減少傾向を示し、これは浅場が消失したため水中の懸濁態有機物を餌料とする底生動物が減少し、懸濁態有機窒素から無機窒素への転換がスムーズに行われていないことが原因ではないかとの指摘※1がある。すなわち見方を変えれば、貧酸素水塊の発生原因がいまだに取り除かれていないことになる。

三河湾では、水質悪化は水質浄化機能に優れた浅海域の埋め立てが原因であるとの認識から、干潟・浅場造成による環境修復が積極的に行われている※2。基本的な考え方を整理したものが図1である。沿岸域における経済活動に伴って干潟・浅場が埋め立てられて底生生物群集が減少し、場が持っていた水質浄化機能や生物生産機能、生物多様性の確保等の機能が低下してきた。その結果水質がさらに悪化し、底生生物群集へまた悪影響を及ぼすという負の転落スパイラルに陥ってしまっている。これに対して干潟・浅場を造成し、そこに自然に移入してくる底生生物によって各種機能を復活させ、ひいては赤潮、貧酸素水塊の発生を抑制し、自律的な回復スパイラルに転換させようとするのが修復の基本的な考え方である。

一般に、海域における生物群集の新たな移入は陸上のそれと比較し格段に早いので、効果の成否は比較的短期間で確認することができる。しかし、浅場造成による環境修復においては課題も多い。本論では一般には意外と知られていない浅場造成における水深(=地盤高)の重要性について、三河湾を対象に検討した例について述べてみたい。

合理的な造成水深の決定方法とは

溶存酸素濃度は夏季成層期には下層ほど低くなるため、浅場造成にあたっては底生生物群集が貧酸素の影響を受けない水深を探ることが必須の条件であり、浅場造成に必要な土砂の経費等も加味しながら合理的に造成の地盤高を決める必要がある。筆者らは貧酸素を回避し、水質浄化機能、ここでは懸濁態有機物の除去量を最大化する観点から浅場造成における地盤高の決定方法を提案した。この方法により三河湾内で任意に選んだ場所を対象に検討したところ、造成により水質浄化機能は現状の2.8倍に向上すると計算され、効果的な造成地盤高は場所の環境条件によって2.5mの開きがあった。従来のように場所によらず一律に地盤高を0.5mあるいは1.0mかさ上げする場合には、浄化機能は場所ごとに地盤高を決めた場合のそれぞれ1/2、2/3にすぎなかった。次に回復すると計算される浅場の水質浄化機能を、同等の能力を持つ下水処理施設建設費に換算し、造成に必要な土砂量も加味して経済的に評価した。一律の層厚でかさ上げするこれまでの方法では貧酸素の影響を十分に回避できない場所が生じるため、本方法により個別に造成地盤高を設定した方が優れていることがわかった。これらのことは、夏季に貧酸素化する海域における浅場造成では、地区の海域環境に応じて地盤高をきめ細かく決める方が、環境面に加え経済的にも有利であることを示している。

土砂採取跡の窪地の埋め戻しをより効果的に

全湾的な貧酸素の発生機構に加えて、湾奥に存在する土砂採取後の窪地が局所的な貧酸素水塊の発生の原因であることがわかり、三河湾ではその埋め戻しによる環境修復の取り組みが先進的に行われている。地盤高、すなわち埋め戻す水深によっては緩和される貧酸素の程度が異なると考えられるため、事業の実施に当たっては生物群集やそれらが持つさまざまな機能の回復度合いをあらかじめ想定しておくことが必要である。

溶存酸素濃度の変化に対して底生生物群集がどのように変化するかを検討するため、夏季における複数の地区の観測データを解析したところ、成層期の溶存酸素濃度が底生生物の生存に影響する度合いを示す指標と、底生動物群集の構造と機能との間に明瞭な関係式群が得られた。生物多様性は溶存酸素濃度の低下に対して線形的に低下したが、水質浄化機能の場合は非線形で酸素条件が少し低下するだけで急速に低下した。すなわち、生態系サービスの観点からみると、環境の悪化に対して生物多様性より水質浄化機能がより鋭敏に反応し、環境を監視する際には生物多様性よりも水質浄化機能を重視した方がより安全であると言える。優占種のうちの多くは水質浄化機能と同様な傾向を示したが、減少傾向が敏感な種とそうでない種があった。汚濁指標種はこれらとはまったく異なる傾向を示し、種によっては環境の悪化に対して逆に現存量が増加した。ここで得られた関係式群を利用すれば窪地の埋め戻し効果を事前に把握することができると考えられたが、不十分な点がいくつかあった。

そこで、埋め戻し事業と並行して窪地周辺において3カ年にわたり観測を行い、上記で得られた考え方をさらに推し進め、埋め戻しにより底生生物群集がどのように回復するかを予測する手法を現在検討している。これは、別途開発中の詳細な流動モデルと生態系モデルを用い、埋め戻しによって地盤を高くした時の溶存酸素濃度や水温等を予測し、それを入力として底生生物群集の構造と機能の回復を定量的に評価しようとするものである(研究代表、中村由行※3)。

埋め立ての土砂供給源となった浚渫窪地は、埋め立て地と隣接した浅海域であったため元々は生物量が豊富で、多様性に富んだ場所であったと考えられる。したがって、修復をより効果的なものにするためには、埋め戻しにより水深を復元することにとどまらず、元の水深よりもさらに地盤高を高くし、浅場造成の効果と同じく自律的な回復スパイラルをめざしてはいかがであろうか。(了)

※1 中田喜三郎, 「閉鎖性内湾の環境修復について思うこと」本誌No.171, 20 Sep. 2007
※2 鈴木輝明ほか, 海洋と生物No.146, 2003
※3 海洋理工学会誌Vol.12, No.2, 2006

第176号(2007.12.05発行)のその他の記事

ページトップ