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オーシャンニュースレター

第148号(2006.10.05発行)

第148号(2006.10.05 発行)

衛星利用漁業で燃油高騰に挑戦

(社)漁業情報サービスセンター常務理事◆為石日出生

人工衛星の観測データを利用しているのは天気予報だけではない。
あまり知られていないが、宇宙からの観測データは魚群探査としても利用されている。
漁師たちは、暖水塊(渦)や帯状暖水(暖水ストリーマ)など、
魚がたくさん集まりそうな場所を衛星画像から探しだす。
人工衛星を利用することによって、より効率のいい漁業が可能となり、
同時にこれは漁船の燃油節約にもつながる。

1.漁師さんに教わる科学

■図1 ALOS「だいち」が鹿児島湾の赤潮を捉える(2006年4月7日)
JAXA(宇宙航空研究開発機構)ホームページより

今年(2006年)1月24日に、JAXA(宇宙航空研究開発機構)は、観測衛星ALOS「だいち」の打ち上げに成功した。元来、その名のとおり陸域を観測する衛星である。しかし、「だいち」は、わが国の衛星では初めて「赤潮」を捉えることに成功した。ただし、この赤潮は、漁業には被害を与えない夜光虫であった。赤潮分布の全貌を見ることは、衛星なくしてはほとんど無理である。衛星はそれを可能にする。微細な渦が赤潮によって描かれていることもわかった(図1)。

近年、海を科学する観測センサは日進月歩で発達する。宇宙からの観測もその一つだ。この宇宙からの観測が、実際に産業で利用されているのは、気象と魚の世界である。気象はともかくとして、魚の世界に宇宙からの観測データが利用されていることは、一般社会であまり知られていない。これについて最もよく知っているのは、むしろ現場の漁師さんだ。気象で「ヒマワリ」の衛星画像が天気予報に利用されていると同様に、漁師さんは衛星画像を魚のいそうな場所を判断するのに当然のように利用している。漁師さんは昔からの経験や勘が宇宙からの観測と、よく一致することを知っている。むしろ、この分野は科学が後追いをしているとも言える。

2.衛星利用が燃油高騰から漁業者を守る

(写真:JAFIC)

マイワシ群が沖暖水渦から沿岸へ回避するための魚道の概念図。暖水渦の周辺や暖水ストリーマ(魚道)には、餌が豊富なことがわかる。

「魚のいそうな場所を判断するのに、人工衛星情報は何%の役割をしているか」とのアンケートを漁業者にしてみた。平均13~15%であった。この割合で漁船の燃油が節約できたら、節約金額は大きい。例えば、沿岸のイカ釣漁船約8,000隻では、節約金額が年間105億円にもなる。衛星利用が燃油高騰から漁業者を守ることになる。

魚のいそうな場所の探査の第一歩は、魚の通り道を発見することにある。この通り道については、著名な宇田道隆博士が古老の漁師さんの話を調査し、海の中の「魚道」として述べている。しかし、誰もこれを見たことがない。最近、人工衛星によりこの「魚道(帯状暖水)」が発見され、科学されるようになった(図2)。

親潮は餌が豊富で魚を親のように育てるので、この名が付いた。確かに、親潮は栄養塩が豊富である。しかし、冬から春にかけて親潮水域は水温が低く(7℃以下)、光合成も活発ではない。この北の冷たい海に、はじめて暖かい温度を与えるのが、暖水塊(渦)やそれから派生する帯状暖水(暖水ストリーマ)である。すなわち、親潮と黒潮がぶつかり合うことによって、はじめて栄養塩と暖かい水温が交じりあう。このことは、魚の餌の元になる植物プランクトンを豊富にさせる。このぶつかっている状態は、衛星画像を見ればすぐわかる。なぜなら、画像の中に衝突の副産物としてできる多数の「暖水塊(渦)」があるからである。魚の餌になる動物プランクトンは、渦の周辺に多い。したがって、魚群探査はこの副産物の渦と密接に関係する。

例えば、サバ・イワシ・サンマ・スルメイカ・カツオなどの暖水性の魚は、餌を食べるために冷たい親潮水域へ北上しなければならない。このため、冷たい水域では暖水渦を「おわんの船」のように利用して、北上する。この「おわんの船」がよい漁場になる。この渦は、時として北海道の面積もの大きさになる。宇宙からの観測によって、この暖水塊(渦)の周辺に多数の小規模な暖水渦が発見された。さらに、高分解能の衛星観測センサにより、直径3~5海里の小規模渦まで発見することができた。この渦の寿命は、3~4日ときわめて短い。そして不思議に漁場の寿命とよく一致する。どこまで小さな渦が発見されるのか、将来のセンサ開発が楽しみである。すくなくとも、マイワシの魚群を探査するためにはマイワシの魚群と同じ大きさの渦を観測できる必要があると推察されるからである。微細渦を観測することができるようになれば、より効率的に魚群探査することができるであろう。

3.これからの衛星利用漁業

海の衛星観測には限界がある。それは、表層のみの観測しかできないことにある。燃油をもっとも多く利用するのは、遠洋に行くマグロ延縄漁船である。それ故マグロ延縄漁船が、衛星観測によりもっとも魚群探知の恩恵を得るはずであるが、このマグロの遊泳層は100~300m層であり、衛星の観測の届かない深さである。現在、水産庁ではこの中層の水塊構造を衛星(海面高度画像)と船舶観測データを利用して推定し、マグロ漁場を特定しようとする試みがなされている。ここで過去にない大きな変革がある。それは、大学や試験研究機関が得意とする海洋観測を、漁業者が海洋観測センサを持ち、自ら観測しはじめたことにある。さながら、幕末に初めて武士以外の農民や庶民が銃と刀を持ち、新しい時代のさきがけとなった「奇兵隊」のごとくである。

4.農林水産衛星の打ち上げに向けて

近年、近隣諸国は日本周辺海域を頻繁に調査するようになってきた。日本周辺の海は、外国の方がよく知る時代になりそうである。わが国としても生産基盤である「海の変動」をモニタリングするために、大学・試験研究機関はもちろんのこと、漁師さんたちも海洋観測に参加し始めている。さらには、イルカやカメなどにもセンサをつけデータを回収している。今後海洋国家日本として存続していくためには、もう少し現在の海の実態がどのような状態になっているか、関心を持つべきである。国民の海洋意識が向上することによって初めて、気象衛星に継ぐ実用利用衛星「農林水産衛星」を打ち上げる時代が実現すると考える。(了)

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