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オーシャンニューズレター

第148号(2006.10.05発行)

第148号(2006.10.05 発行)

海洋音響技術を活用したEEZの広域監視

広島大学大学院工学研究科社会環境システム専攻海洋大気圏環境学研究室教授◆金子 新

わが国は広大なEEZを有するが、その管理はこれからの国家的課題といえる。
EEZ管理は、調査と並行した監視が重要になる。
EEZの監視については、気候変動予測、資源変動予測の観点だけでなく、
不審船の侵入等の国土防衛上からも重要であり、
海洋音響トモグラフィー技術を活用した海中空間の監視方法について提案したい。

1.日本は海洋国家と言えるか

海洋国家とは、太平洋、大西洋、インド洋などの世界の主要海洋を、国策として利用し国力を伸ばしてきた国家と定義できるでしょう。このような施策を地球レベルで行ってきた国は、英国とスペインが代表格といえます。地球規模で大洋を植民地支配のための交易路、交通路として利用してきたからです。

歴史的にみて日本は、遣隋使、遣唐使の昔から近代の日清戦争、日中戦争に至るまで、アジア大陸に活路を見出そうとしてきました。古来、日本はアジア大陸に繋がる島嶼国家であったといえそうです。これは、日本民族の主要な起源がアジア大陸内陸部にあることが関係しているのでしょう。江戸時代初期の支倉常長の慶長遣欧使節や江戸末期の勝海舟の咸臨丸による太平洋横断航海などは、進んだ欧米諸国を好奇心あるいは外交儀礼上訪問したに過ぎず長期展望に基づく国策といえるレベルのものではありません。太平洋戦争は、日本が米国と太平洋を挟んで対峙するために海洋国家の道を目指した唯一の体験といえるかもしれません。戦後の日米同盟は、日本から見れば海洋国家に道を開くものと見えなくもありません。米国は、広大な太平洋を挟んだ同盟国ですから、自ずから世界的視野を要請するからです。

2.日本はEEZを管理しているか

わが国の排他的経済水域(EEZ)は、405万km2※の広さで国土の約11倍にもなります(図1)。昨年度ようやく、わが国政府は国土形成計画法を改正し、EEZを国土に準ずる重要空間として管理に乗り出したところです。EEZ管理は、実施面からみて調査と監視に分けて考えることができます。広大なEEZには、計り知れないエネルギー・生物資源が期待できるわけですが、まだ十分に調査されていません。東シナ海の春暁ガス田の問題においても、専用船を所有していないために、調査試掘さえもままならない状況です。一方、監視とは、EEZ内で起こっていることを、船舶、人工衛星、海中センサーなどにより実時間モニタリングすることです。四方を海で囲まれているわが国では、EEZの監視は、気候変動予測、資源変動予測の観点だけでなく、不審船の侵入等の国土防衛上からも重要です。調査と並行して監視を行うべきです。

広大なEEZの管理は、海洋国家的発想なしには実施できない国家的課題といえます。ごく最近、わが国でも遅ればせながら海洋政策推進本部が国土交通大臣を本部長として発足しました。また、海洋基本法の制定に向けて力強い一歩を踏み出したところでもあります。国力に余裕があるうちに、EEZ管理に本腰を入れることを強く期待します。

3.EEZ監視のための海洋音響トモグラフィー技術の活用

わが国を取り囲むEEZの監視の中でも、海中空間の監視は、生物資源量とその生息環境を把握するために必要なだけでなく、わが国の気象変動、気候変動を予測する際にも重要になります。とくに、わが国南方のフィリッピン海に広がるEEZは、他国との利害関係が希薄な、わが国の専管海域といえるものです。ほぼ1,000km四方の広さを持つ、この変動するEEZ海中空間を時間同時性をもって監視するには、海中をマッハ5の速度(約1,500m毎秒)で伝播する音波を活用するしか方法がありません。音波は、この広大なEEZをわずか10分程度で横断できるからです。

海洋研究開発機構(旧海洋科学技術センター)が1990年代に開発に成功した1,000kmスケールの海洋音響トモグラフィー技術が、広大なEEZ海中空間の監視に最適です。最新のIT技術を活用して、これまでの海洋音響トモグラフィー装置をより簡便、安価にし、EEZ海中空間監視のための中核手法として再出動させるべきです。海洋音響トモグラフィーでは、対象海域を多数の音波送受信機(音響局)で取り囲み、音響局間で音波を送受信し、音波の伝搬時間を精密計測することにより、対象海域の水温と流速の3次元空間構造を瞬間撮影できます(図2)。とくに、わが国南方のフィリッピン海では、水深も3,000mを越えているため、深度1,000m付近に存在する深海音響チャンネルと呼ばれる音波の海中導波管を十分に利用できます。これを利用して1,000kmの遠方まで音を飛ばすことができるわけです。南西諸島と伊豆小笠原諸島に挟まれたフィリッピン海には、1,000kmスケールの海洋音響トモグラフィー実験に適した条件がすべてそろっています。

4.海洋国家に向けて

日本南方に広がる暖かい海であるフィリッピン海は、台風や黒潮に対する影響を通してわが国の気象・気候に大きく影響します。これらの海況変動を広域同時監視するためには、海洋音響トモグラフィー技術を駆使することが絶対に必要です。日本南方フィリッピン海の海況変動を実時間で把握し、変動を予測するためには、海洋音響トモグラフィー技術と地球シミュレータに支援された高分解能海洋大循環モデルとの結合が有効です。海洋大循環モデルに、人工衛星からは得られない海中空間データを提供するという観点からも、海洋音響トモグラフィー技術を広域EEZ監視に活用すべき時期が到来しています。

日本周辺の広大なEEZ空間を効率的に監視するための事業を国家レベルで推進することは、日本がEEZ管理に強い国家的関心をもつことを世界にアピールするためにも強く望まれます。他国との深刻な利害問題がないフィリッピン海で、海洋音響トモグラフィーシステムを大々的に展開できれば、貴重な実時間の海洋情報が得られるだけでなく、日本がEEZを真剣に管理しているという姿勢を世界に示す絶好の機会となります。国益確保のために海洋音響トモグラフィーシステムをEEZ管理のシンボルに使うべきです。このような施策こそ、海洋国家に適した日本の地政学的条件を十分に活かし、日本が海洋国家に向かう一里塚となることはいうまでもありません。(了)

※ 当該数値は、通常利用されている日本のEEZ面積446万km2より日本の領海部分を除いたもの。

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