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オーシャンニューズレター

第131号(2006.01.20発行)

第131号(2006.01.20 発行)

パヤオは熱帯沿岸漁業の「救い」となるか

(財)亜熱帯総合研究所研究主幹◆鹿熊信一郎

熱帯アジア・太平洋の零細漁民は、乱獲や生態系の破壊による沿岸水産資源の減少に悩んでいる。沖縄の漁民は、減少した沿岸資源の代わりに、パヤオに集まるやや沖合の回遊魚に対象を広げてきた。
パヤオを利用することで、サンゴ礁やマングローブ域の水産資源を回復させることは可能だろうか?

パヤオとは

パヤオ(浮魚礁)は、回遊魚が流木に集まる習性を利用した漁具の一種で、海面に浮かべるブイのようなものである。沖縄で浮魚礁がパヤオと呼ばれるのは、フィリピンから導入したためである。現地で筏を意味する"payao"がそのまま呼び名として使われるようになった。

なぜマグロ・カツオ類はパヤオに集まるのだろうか? 実はこれがまだよくわかっていないのである。まず、小さな生き物がパヤオに付き、これを餌とする小魚が集まり、さらにこれを狙う大きな魚が集まるという「餌場説」、パヤオの陰を魚が利用する「隠れ場説」がよくあげられるが、どちらも科学的に立証されていない。現在、世界中のパヤオ研究者がこの謎を解き明かそうと努力している。

沖縄でも、パヤオ周囲の流れや水温の調査、パヤオに集まる魚の食性調査などを実施している。また、キハダやメバチの腹腔に小型超音波発信器を挿入し、パヤオ周辺での行動を調べている。漁業者の言う「島に向かう流れの時によく釣れる」ことや、マグロ類の胃のなかには、実は、撒き餌に使われた小魚が最も多いことなどがわかってきた。またマグロ類は、長ければ1カ月以上一つのパヤオに滞在すること、パヤオ間を「渡る」こともわかってきた。私は、マグロ・カツオ類がパヤオに集まるのは本能であり、優れた視力によりパヤオを確認していると考えている。しかし、目視では確認できるはずのない数km先から、魚がパヤオにまっすぐ向かう行動も報告されている。地球磁場認識など不思議な能力をもっているのかもしれない。

沖縄の経験

1980年代はじめ、沖縄本島南部に位置する漁業の町・糸満の漁民は窮地に陥っていた。新たに導入した漁法により急増していた「底魚」の漁獲量が、一転、急激に減りはじめたためである。獲り過ぎが第一の原因と考えられた。同じ時期、南方の宮古や八重山地域で試験的に設置したパヤオが大成功し、すぐにパヤオは沖縄全県に広まった。そして、マグロ・カツオなど「浮魚」を大漁することで、糸満をはじめ、沖縄の多くの漁家の生活が救われたのである。同時に、サンゴ礁や曽根の底魚資源への漁獲圧力も緩和されたと考えられる。

パヤオの魚を集める効果は強力で、一つのパヤオに数トンのカツオ・マグロ類が集まることもある。このため、集まった魚をめぐって漁業者間に紛争がおこることがある。沖縄県漁民と本土(特に宮崎県)の漁民との紛争は、一時し烈であった。最近、この問題は治まってきたものの、今度は遊漁者と漁業者との紛争が表面化してきたため、沖縄県行政はその対策に追われている。パヤオの最大の課題は、台風などでアンカーロープが切れ流失してしまうことである。このため、沖縄では、ブイを波の影響の小さい海面下30~80mに沈める「中層パヤオ」が増えてきている。この技術は、今後、世界中に伝播していくものと思う。

世界のパヤオ

現在、全世界のマグロ・カツオ類の年間漁獲量の1/4にあたる約100万トンが、パヤオを利用して漁獲されている。パヤオは、英語ではFish Aggregating Device (FAD)と呼ばれ、錨とロープで固定するアンカー式のものと海面に流すドリフト式のものがある。ドリフト式のものは、大規模な巻網漁業などで利用され、アンカー式のものは、比較的小規模な漁業で利用されることが多い。

沖縄では、アンカー式パヤオが約150基設置されている。フィリピンやインドネシア(ルンポンと呼ばれる)では、正確な数はわからないものの、数千のパヤオが設置されている。1999年にカリブ海のマルチニークで開かれたパヤオに関する国際会議では、世界各国の興味深い事例がたくさん報告された。私はこれまで、太平洋ではパラオ、ソロモン諸島、フィジー、トンガ、サモア、ハワイ、台湾でパヤオを見たことがある。インド洋ではモーリシャス、カリブ海ではマルチニークにもパヤオはあった。これ以外にも、ほとんどの熱帯島嶼国でパヤオは使われたことがあると思う。

しかし、小島嶼国でのパヤオ設置は、海外からの援助プロジェクトで実施されることが多く、荒天などでパヤオが流出してもすぐに再設置することはできない。持続的とは言い難い状況にある。

熱帯アジア・太平洋での代替漁業へ

2002年にヨハネスブルクで開催された環境・開発サミットでは、「貧困撲滅」が最大のテーマの一つとなった。アジア・太平洋諸国貧困層の多くが沿海に暮らし、生活の糧を沿岸水産資源に頼っている。しかし、沿岸水産資源は乱獲により悪化しており、これを支えるサンゴ礁・マングローブ生態系も脅かされている。このため、これらの地域で効果的な沿岸水産資源・生態系の管理を進めることが急務となっている。

沿岸水産資源の管理を進めるには、漁村コミュニティーに代替収入源を提供することが重要である。なぜなら、資源管理では「資源が回復するまで、少しがまんしなければならない」ことが多く、この間、家族を支える収入がなければ持続的な管理活動は難しくなるためである。代替収入源としては、養殖やエコツーリズムが候補となることが多い。私は、これにパヤオを加えることを提案したい。サンゴ礁・マングローブ漁場から、リーフの外の漁場へ漁獲圧を分散させる方法である。

最近、パヤオが海洋生態系に与える影響が問題となってきており、大西洋では、メバチ幼魚を守るためパヤオの使用が一時禁止となった。しかし、この問題は主に、ドリフト式パヤオを使う大規模巻網漁業が、大量のカツオ・マグロ類を漁獲することに原因がある。熱帯アジア・太平洋の零細漁民が、アンカー式パヤオを使い、釣り漁業を主体におこなうのであれば、資源を圧迫する恐れは小さい。パヤオを利用し代替収入・海産食糧を得ることで、サンゴ礁やマングローブ域漁場の一部を海洋保護区などに指定して休ませることが可能となる。パヤオに関する技術の普及は、沖縄の経験を、熱帯アジア・太平洋諸国の持続的発展に役立てる有力な戦術となるはずである。(了)

■図1 沖縄の様々なタイプのパヤオ
右下は沖縄県が設置した大型パヤオで、他は漁業協同組合が設置したパヤオ
■図2 沖縄の漁獲統計
資料:沖縄農林水産統計年報(沖縄総合事務局)

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