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オーシャンニュースレター

第122号(2005.09.05発行)

第122号(2005.09.05 発行)

海の宝石、珊瑚-研究対象としての魅力

高知大学海洋生物教育研究センター助教授◆岩崎 望

宝石珊瑚は櫛や簪(かんざし)としてなじみが深いが、その生物としての実像はあまり知られていない。
宝石珊瑚は昔から芸術品、装飾品、交易品として人と深い関わりがある。
そのため、宝石珊瑚は生物学ばかりでなく人文科学にとっても魅力的な研究対象である。
宝石珊瑚の魅力とその生物学と文化誌に関する学際的研究を開始した。

宝石珊瑚と造礁サンゴ

珊瑚といえば多くの人が、青い海の中で色とりどりの魚が泳ぐ珊瑚礁の情景を思い浮かべるに違いない。宝石珊瑚も珊瑚礁で採れるものだと思っている人もいるかもしれない。しかし、珊瑚礁の珊瑚と宝石珊瑚は異なる生物であり、前者は分類学上では刺胞動物門花虫綱六放サンゴ亜綱に属し、珊瑚礁を形成するため造礁サンゴと呼ばれている。一方、後者は八放サンゴ亜綱に属する。

両者は生態も異なっており、造礁サンゴの代表的なミドリイシ類の分布深度は100m以浅であるが、宝石珊瑚はそれらよりも深く、日本産アカサンゴは100~200m、ミッドウェー産宝石珊瑚は1,000~1,500mである。また、造礁サンゴには褐虫藻と呼ばれる藻類が共生しているが、宝石珊瑚に藻類は共生していない。さらに、骨格を形成する炭酸カルシウムの結晶型が両者では異なり、造礁サンゴは霰石でもろく溶けやすいが、宝石珊瑚は方解石であるために硬く安定している。両者は珊瑚として一括りにされるが、このように似て非なる生物である。

研究の進捗状況も両者では異なっている。造礁サンゴに関する研究は、近年の珊瑚礁保護の世論の高まりを受け、急速に進んでいる。しかし、宝石珊瑚、特に日本産に関しては研究が遅れており、成長や生殖時期等が分からないことはもとより、分類学上の名前がついていない種が商品として流通しているほどである。

宝石珊瑚との出会い

高知県宿毛での珊瑚原木入札会

私が宝石珊瑚に関心を持ったのは、思わぬ出会いからであった。2001年に私の研究室が行った深海生物の研究を「深海3,572mに生きる」(東京シネマ新社)と題した記録ビデオにまとめた。制作の過程でお世話になった渡辺洋子先生(元お茶の水女子大学教授)からイタリアの研究者が日本産の宝石珊瑚を欲しがっているのでどうすれば採集できるか知りませんかとの相談を受けた。なんでも地中海では宝石珊瑚に多数の海綿が穿孔し、そのため宝石珊瑚の商品価値が下がっているそうである。宝石珊瑚の主な産地は地中海と日本なので、日本での穿孔性海綿の分布を調べたいとのことであった。

宝石珊瑚を求めて知人に聞いたり、学会の度に参加者に尋ねたりしたが、有益な情報は集まらなかった。そうこうしているうちに、そういえば高知の帯屋町筋商店街には珊瑚屋さんが何軒かあったことに気がつき、電話帳をめくってみるとなんと全日本珊瑚漁業協同組合というのが高知にあるではないか。早速組合を訪ねると、高知市内では年2回珊瑚の入札会が開かれ、主に沖縄・鹿児島近海産の珊瑚が取り引きされること、また高知県宿毛(すくも)市でも高知産珊瑚の入札会があることを教えていただいた。何のことはない、他の研究者を頼らずとも高知で珊瑚のサンプルを集めることができるのであった。

沖縄産のモモイロサンゴ

2003年9月12日、宿毛珊瑚協同組合のご厚意で宿毛での入札会を見学させていただいた。学校の教室ほどの部屋に戸車がついた板が部屋いっぱいにコの字形に並べられ、その上に箱に入った珊瑚が置かれている。アカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴ等が並べられており、中にはマガイと呼ばれる桃色と白色の中間のものもある。入札する人は板を取り囲むように座り、珊瑚を吟味し、投げ帳と呼ばれる帳面に価格を記入する。そして、正面に座る開札人に向かって文字通り投げ帳を投げて価格を提示する。良質のアカサンゴでは、車を買うことができるほどの金額が頭上を飛び交うことになる。一つの箱が落札されるまで3分とかからないので、入札する人は一瞬のうちに品質を判断し値段をつけなければならない。品質を見分けるばかりでなく、その微妙な色合いから何処で取れたかを島の名前まで当てる眼力には驚くばかりであった。目の前を通り過ぎていく様々な珊瑚を眺めているうちに、珊瑚の色の違いは種によるものなのか、それとも海の中での生息環境を反映しているものなのか、そしてその生殖時期や成長速度は等々の疑問が浮かび、俄然として宝石珊瑚に興味がわいてきた。そして、続いて開催された高知市での入札会では、沖縄近海産の珊瑚から念願の穿孔性海綿を手に入れることができた。

宝石珊瑚の魅力

早速海綿を当初の依頼者であるイタリアのバベステロさんに送ったところ、1899年に大西洋のマデイラ諸島(ポルトガル)で発見された海綿(Alectona verticillata)と同じものであることがわかった。本種はマデイラ諸島で発見されて以来見つかっておらず、今回は実に100年ぶりの再発見、それも遠く離れた太平洋からの発見であった。

海綿のような生き物だけでなく、人も100年以上前から宝石珊瑚を通して日本、特に高知とヨーロッパとが繋がっていることを何人もの珊瑚関係者が語ってくれた。日本では1800年代の初めに室戸沖で宝石珊瑚が取れることが知られていたが、土佐藩により漁獲は禁止されていた。明治になり漁獲が解禁されると、ヨーロッパに輸出されるようになった。明治の終り頃、足摺地方の小さな漁村である小才角(こさいつの)にはイタリアから宝石珊瑚の仲買人が訪れている。今では、当時のことを直接知る人はいないが、87歳のご婦人から亡くなられたご主人が生前語っておられた思い出話を聞くことができた。イタリア人は食料に鶏肉の唐揚げを持参し、寝るときは布団が短すぎるので2枚並べたとのことであった。小才角からは珊瑚貿易を担う人材が輩出し、今も活躍中である。明治の昔から高知の小さな漁村が宝石珊瑚を通して世界に向かって開かれていたのである。

宝石珊瑚が日本で初めて見つかったとされる室戸では、今も数十隻の珊瑚漁船が港に係留され、漁に出かけている。私はそのうちの一隻のお世話で、宝石珊瑚の生態に関する研究を始めることにした。さらに、生物学者や化学者だけでなく、歴史学者、文化人類学者、芸術家等の参加を得て、宝石珊瑚と人との関わりを総合的に捉える為に「宝石珊瑚の持続的利用を目指す保全生態学と文化誌」と題した研究プロジェクトを始動させた。宝石珊瑚をめぐる生物学や文化、そしてそれを媒介とした東西の交流史は、宝石としての価値と同等もしくはそれ以上に魅力的である。(了)

【参考文献】
鈴木克美、「珊瑚」、法政大学出版局、1999年

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