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第103号(2004.11.20発行)

第103号(2004.11.20 発行)

キリバス、楽園の現実
-南洋島嶼国の現状・政策課題と日本の役割-

在フィジー日本国大使館一等書記官◆高屋繁樹

南太平洋の広大な水域に浮かぶ、33の島からなる小さな国キリバス。
ときに南洋の楽園にも例えられるこの島嶼国も、現実には、資源エネルギー問題、人口集中、食糧問題そして財政問題など数々の問題に直面している。
島嶼国特有とも言える、解決困難なこうした問題の現状と、打開を図る政府の対応をレポートする。

1.はじめに

キリバス共和国は南太平洋の赤道付近に浮かぶ、33の島からなる小さな国である。遠く離れた三つの諸島から構成され、約32万km2にも及ぶ広大な排他的経済水域(EEZ)を有するも、面積はすべての島を合わせても僅か730km2と日本の奄美大島程度の大きさしかない。隆起珊瑚礁による国土は、資源に乏しいだけでなく大規模な農業も難しくしており、主な産業はコプラ(椰子の実)及び漁業である。首都のあるタラワは面積31.1km2と浜名湖の半分ほどの大きさしかなく、大規模な産業開発は困難であり、コプラや海草の輸出と漁業国からの入漁料が主たる外貨※1の獲得手段となっている。また、人口8.4万人のうち半分近くが首都のあるタラワに集中し※2、人口集中、ゴミ、上下水、労働問題が近年の課題となっている。離島においても電気やランプすらなく、椰子の実を燃やして明かりとする生活となっていることから、早急なインフラ整備が必要な状況にある。これらの問題に温暖化による海面上昇問題まで加えれば、ありとあらゆる問題がこの小さな国土の中に山積していることになる。本稿においてはキリバスの抱える問題とキリバス政府の政策を概観し、南洋の楽園のイメージが深い島嶼国の現実を明らかにしたい。

2.キリバスが抱える様々な問題

タラワ環礁はL字型をした細長い島であり、空港から繁華街までも50km以上と移動にはバス等の交通手段が不可欠である(バスといっても1Box車であり、普通のタクシーは存在しない)。タラワ以外の島ではこうした公共交通機関はなく、島内ではトラック等をシェアして使用している。離島への交通機関は主として飛行機や貨物船となるが、離島の人口は少なく、政策的に維持されているため莫大なコストを要している。それでも交通機関は不十分で、同国の東の端に位置するクリスマス島は、不定期の国内貨物船とハワイへの17人乗り飛行機(週1便)及びハワイへの貨物船(月2便)だけと公共の国内交通機関がない状態である。同島には米国領事館がないためビザの取得が不可能な状態にあり、ビザを持っていない住民は空路により島外に出ることができない。ビザの取得には、貨物船に乗り3,000km以上離れた首都のタラワへ、その後、空路にてフィジーのナンディへ、そこから200km離れたスバへ赴き※3米国のビザを取得する。そのため、現金収入の少ないクリスマス島民は実質的に島外に出られず、真に孤島という状態にある。

外国からタラワへの物流は船舶に依存しているが、近年の貨物船の大型化に港湾施設が対応できなくなりつつあり、コンテナ船は艀によるピストン輸送を余儀なくされている。このため、輸入コストや所要時間を押し上げるだけでなく、荒天時には陸揚げができないため食糧不足となる危険もある。実際、本年8月には食料調達の手違い及び船舶の遅れからタラワに主食の米を始めとする深刻な生活必需品不足が発生し、大きな社会問題となった※4。

島嶼国においてはエネルギーから食料まですべてが船もしくは航空機による輸入となる。そのための外貨(輸送費)の確保が政府の最大の命題となる。前述のクリスマス島への空路もJAXA(旧宇宙開発事業団)の援助により経営されており、援助の停止や資金不足で容易に国としての体をなさない状況を来す。キリバスの財政状況は厳しく、政府の総収入のうち入漁料が3割、キリバス独立時の信託基金が約2割、財政援助が2割弱と税収等に比べ著しく高い。これは、一人当たりのGDPが769豪ドルしかなく、給与所得といった現金収入を持つ者が労働人口の1割程度しかないことに起因している。水産加工・輸出といった産業振興に強い興味を有しているが、エネルギーを輸入に依存するだけでなく、隆起珊瑚礁の島であることから淡水も不足しており農業を含むすべての産業を大規模化することが難しい状況にある。水は主として雨水及び井戸水を利用しているが、同国の地下水は地下にある海水の上に雨水が乗る形で存在しており、一定以上汲み上げると枯渇し塩水となるだけでなく、地表から極めて近く排水による汚染のリスクも極めて高い。また、最高標高地点でも5m程度しかない島国であることから地球温暖化現象による海面上昇についても配慮ある政策が必要で、CO2の大量排出につながる施策は行えない。さらに国土がなく、処分技術もないことからゴミ処理の問題も抱えている。技術的にも勿論温暖化の問題からも焼却処分もできず、現在EUの援助により埋め立て処分場の整備を行っているが、キリバスの場合、分別を行ってもリサイクルのためゴミを輸出する必要があり、アルミのように価格が高いものを除き、リサイクルもできず、処分場の長期的な利用は困難な状況にあり経済発展の妨げとなりつつある。

3.キリバス政府の政策

厳しい環境下、キリバス政府は収入の確保、人口の拡散、インフラ(電力・交通)の整備を進めている。収入の確保としては入漁料の値上げ、コプラの政府加工場での買い入れ価格引き上げによる離島産業の振興、離島漁業の振興、通信の整備等による地方振興、タラワとクリスマス島の空港整備や道路・港湾の整備を計画している。しかし、政府の財政力は前述の通り弱く、そのほとんどを外国からの援助に頼ることになる。日本はキリバスに対する援助国の1位となっており、インフラ整備を中心に多くの支援を行っている。また、キリバス政府は昨年11月7日台湾との国交を樹立、この背景には「中国と台湾の覇権争いは援助の形で行われる金の張り合い」※5ともいわれる多額の援助があると見られ、新規の安定した援助国の確保と考えられる。

また、入漁料については、南太平洋島嶼国の多くの国とともに「漁業国は水揚げ高の90%を得、島嶼国は10%以下の利益しか得ていない」※6との主張を有しており、値上げ、ライセンスの見返りとしての加工等の技術協力や施設供与等を漁業国に対し求めている。その他、日本の漁業団体やドイツの援助を受けた船員の養成に力を入れ、外国船へ派遣している。

4.終わりに

キリバスのような資源、国土が限られた国は人口の増加※7に対応できる持続的な開発は極めて困難である。国民生活が近代化して行くにつれ、エネルギー、食糧の確保はさらに困難になり、開発に合わせてゴミやエネルギー問題が増大する循環にも陥ることになる。パプアニューギニアとフィジー以外の南太平洋の島国の完全な自立は難しいとの指摘もあり※8、島嶼国の進むべき明確な方向は見えない。すでに同じ南太平洋に浮かぶナウル共和国のように財政的に破綻状況にある国もある。本年8月タラワにおいて、台湾との国交樹立後初めてのキリバス政府主催による日本、豪州、台湾、UNDP等との援助国会合が行われ、キリバスへの援助状況の報告、調整についての協議が行われた。今後も引き続き、日本を始めとする援助国は開発と保全をどのように行っていくかを模索する状況が続くことが予想される。(了)

※1 キリバスはオーストラリアドルを使用しており独自通貨発行はしていない。

※2 2000年SPC(South Pacific Community)による。キリバスにおいては正確な統計情報は乏しく、最新のアジア開発銀行(ADB)による2003年の推計人口は約8.9万人、同年の世銀のデータでは9.6万人となっている。

※3 Air Kiribatiによるタラワ-スバ間の空路は収益悪化により本年廃線となった。

※4 政府機関紙RMAT2004年8月20日付

※5 キリバス・ウエケラ紙2003年12月5日号.p6

※6 2004年8月9日Pacific Island Forum, "Post Forum Dialogue -Forum Chair's Statement"、同年8月18日「環境と開発に関するアジア・太平洋議員会合」でのフィジー首相演説、9月28日キリバス大統領による国連総会での演説等

※7 1985-2003年の間に約4割増加。ADB調べ。

※8 Helen Hughes「Aid Has Failed the Pacific」ISSUE ANALYSIS No.33 2003年3月7日,p3-4

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