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第62号(2003.03.05発行)

第62号(2003.03.05 発行)

舶用ベンチャー企業への期待

ジェトロ・ニューヨークセンター舶用機械部◆吉田正彦

米国は世界最大の海上貿易国でありながら、2000年の商船建造量は総トン数ベースで世界全体の1%未満と小さい。しかしながら、米国では非常に多くのベンチャー企業が、舶用燃料電池推進システムを始め、次々と新しい分野での技術開発にしのぎを削っている。舶用機器市場は成熟市場といわれるが、経済性や機能面で革新的な技術が開発されれば新たな市場が拓かれる可能性がある分野が多数存在する。わが国でも舶用ベンチャーを活性化するための取り組みが必要ではなかろうか。

米国の舶用工業

米国は、世界最大の貿易国にして最大の海上貿易国※1である。しかも米国の国際貿易については、今後もキューバを除く南北アメリカ34カ国を対象とする米州自由貿易地域(FTAA)創設交渉等により、高い成長率を続けるものと見られている。

一方、米国の商船隊はといえば、米国籍船の合計船腹量は載貨重量トンベースで世界第12位(1,000総トン以上の船舶を対象)であるものの、実質支配船の船腹量は世界第4位の海運国である※2(米国運輸省の資料による)。この海運を支える造船・舶用工業に目を転じると、2000年の商船建造量(100総トン以上の船舶を対象)は総トン数ベースで世界全体の1%未満※3であり、また、舶用工業については、ガスタービン等特殊な機器を除けば主として米国造船業向けに機器の供給を行ってきたことから、市場が極めて限定されてきている。しかしながら、毎年ニューオリンズで開催される国際作業船ショーには約900社が参加する等、米国の舶用機器メーカの裾野は極めて広く、また、技術開発を通じて新規ニーズに応え、新たな市場を作り出そうとする米国企業のベンチャー魂は、舶用機器市場の分野でも生きている。

燃料電池推進船

ウォータータクシーの写真
2001年にカリフォルニア州で実証実験が行われた燃料電池推進のWater Taxi

このような中で最も注目されるのは、やはり次世代の推進システムと目される燃料電池関連のベンチャーであろう。基本的に水素を燃料とする燃料電池は、無公害、高効率を特徴としており、大気汚染の改善や地球温暖化の抑制の観点から極めて魅力的なエネルギー源である。このため、例えばアイスランドでは、今後30~40年間ですべての公共交通機関や漁船を含む船舶を燃料電池推進化するというプログラムを昨年発表しており、米国でもハワイ州やカリフォルニア州が燃料電池のバス等への導入を積極的に検討している。また、船舶については、船内配置やメンテナンスの容易な電気推進システムとの組合せにより、船舶の形態を大幅に変えることも期待される。

米国では、1月28日に行われたブッシュ大統領の一般教書演説において、内政政策の4本柱の一つとして「エネルギー自給体制の促進と環境改善」が謳われ、「終わりのない法規制によってではなく、技術革新によって環境問題を改善する」として、燃料電池開発とその実用化のための政府支援の強化(燃料電池車の開発に向けた12億ドル基金の創設等)が提案された。米国運輸省でも、2003年研究開発計画において、市街地バスと船舶(150人乗コミューターフェリーの設計が進んでおり、将来サンフランシスコ湾に就航予定)に燃料電池を適用すべく実証実験等を進めている。

この移動体向けの燃料電池に関して世界の先頭を走っているのはカナダのバラード社である。同社は、新しい高効率・低価格の高分子膜の燃料電池への適用を考案し注目を集めた。1987年最初に市販した燃料電池は小型潜水艇用の2kW出力のものであり、民生用と英国海軍向けに販売された。その後、同じものをダイムラー・ベンツ(現ダイムラー・クライスラー)にリースすることにより、自動車業界へも食い込んでいった。同社は現在では市場の大きい自動車用燃料電池開発に注力しているが、船舶用としても、ドイツ海軍向けに潜水艦への燃料電池の適用研究を進めているハーランドウルフ造船所に対し、評価用として高分子膜型燃料電池を納入している。

一方、この燃料電池向けの水素貯蔵装置については、圧縮された水素ガスを高圧ボンベに貯蔵する方法(バス等で採用)や、冷却して液体となった水素を貯蔵する方法(1993年に設立されたベンチャー企業SIERRALOBO社等が舶用システムを実用化中)等様々な方法がある。現在安全性や燃料の積載効率等の面から船舶向けの燃料貯蔵方式として注目され、米国運輸省海事局等が研究を支援しているのは、水素を他の物質との化合物の形態で貯蔵する方法であるが、この研究を行っているMillenniumCell社もまた、1998年に設立されたベンチャー企業である。

また、この燃料電池と組み合わせる小型・高効率の舶用電気推進システムとして期待される高温超伝導モーターの開発を行っているAmericanSuperconductor社(現在は5,000kWの舶用高温超伝導モーターを製作中)もまた、1987年設立のベンチャー企業である。

舶用ベンチャー企業

このようにベンチャー企業が活発な動きを見せているのは成長分野である燃料電池関連分野だけではない。例えばPinpointSystems International社(1992年設立、現在は同社の事業部門であるTactronics)は、コンピュータベースで他の航海機器とのシステム化の面で画期的に優れた航行支援システム等の開発、製造と船舶の一生を通じた技術支援サービスにより成長を続けている。また、高効率で移動が容易な海洋ゴミ回収装置の開発、製造で急成長を遂げたAquatic WeedHarvester社(1970年代末設立、現United MarineInternational社)等、そこに共通するのは、技術開発の推進とそれによる新たな市場の創造である。

舶用機器市場は成熟市場といわれているが、バラスト水中の有害越境生物の駆除技術、グレー水(船上の生活廃水)の浄化技術、荒天下での流出油除去技術、コンテナの電子封印と自動通関システムの統合による高セキュリティかつ高効率の物流システムの構築、外航海運貨物を効率よく国内河川輸送するための荷役・輸送システム等、安価で効率的な技術が開発されれば新たな市場が拓かれる可能性がある分野が多数展開されつつある。

米国は、日本も手本とした中小企業の革新的研究支援プログラム(SBIR)等を始めとして、連邦及び地方政府等による中小企業の研究開発支援や研究開発成果の事業化を支援するための施策が手厚いという面もあるが、1997年の日本の新規起業数は米国の1/8しかなく、官民共に新規起業に関する取り組みが乏しいといえる。必ずしも本当の起業である必要は無く社内ベンチャーであっても構わないが、社会ニーズに応え新たな市場を開拓すべくわが国においても舶用ベンチャーを活性化するための取り組みが必要ではないかと考える。(了)

※1 国連貿易開発会議(UNCTAD)の1999年資料によれば、金額ベースで全世界の海上貿易量の15.3%が米国関連(ちなみに日本は3位で6.4%)

※2 日本船籍の合計船腹量第13位、実質支配船第2位(米国運輸省資料)

※3 韓国40.6%、日本38.9%、中国3.2%

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