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オーシャンニューズレター

第40号(2002.04.05発行)

第40号(2002.04.05 発行)

日本造船は今やどこへ向かうべきか

International Marine Engineer Consultant◆キース・ウィルソン

1950年代半ばから35年余にわたって、日本は世界の造船国のトップに立ってきたが、いまや安価な労働力を武器にした新興造船国を前に船価競争で苦戦を強いられている。とはいえ、いたずらな建造コストのダウンについては慎重であるべきであり、むしろ、これからは高品質と高信頼で、ふたたび世界のリーダーとなるべきだ。

誰が何を知らねばならないか

将来を予測するのは簡単ではないが、こと造船に関しては、至難の技となることがある。造船需要予測が目も当てられないほど外れることがあるのは、周知の事実である。しかし、遠い将来を予測する前に、最近何が起こっていたかを考察する必要がある。過去の教訓から、より良い未来を築くことができるが、それは教訓を学び、理解し、その意味を受け入れるだけの強さがわれわれにあってこそ可能なのだ。

1950年代半ばに、日本が、造船所と労働者のひたむきな努力のおかげで、世界の造船国のトップに立ち、その後35年余にわたり首位を守ってきた。そこに、韓国が登場する。巨大な新設造船所と、安価で無尽蔵とも思える労働力で日本からトップの座を奪った。今日、中国の工業化の足取りが早まるにつれ、この大国は同じ道をたどり、韓国を脅かそうとしている。これらの状況における最大の変化は、ここ10年間の新造船価の下落である。例えば、1990年代始めにはVLCCの新造に9,500万ドルかかった。しかし2001年には大幅なウォン安が作用したこともあり同じ船が7,000万ドル余りで購入できた。大型資本プロジェクトでこのように大幅な価格低下があった産業はまず類を見ない。今後の造船需要の見直しはともかくとして、受注競争は一層厳しく、船価はさらに下落し、造船所、エンジン製造者、舶用機器サプライヤーに損失が出るだろう。

このシナリオをさらに追求する前に、船舶オペレーターの見地から最近の状況をもっと詳しく考察する必要がある。何故ならば結局のところ、造船所や機関工場の製品のエンドユーザーは船舶オペレーターであるから。

欧亜航路を運航する高速定期貨物船にエンジニアとして乗り組んだ筆者の10年間の経験から言わせてもらえば、すべての船は、横揺れや縦揺れ(時には両方の組み合わせ)にさらされながら80~85%の時間を海上ですごす。荒い海象における船体の性能を模型・水槽試験により確認し、設計段階でチェックできる船殻に比べて、エンジンは荒い海象で受ける高負荷の変動を模擬実験で確認することは不可能であり、これを計算上でシミュレートするコンピューター・プログラムも存在しない。

競争の激化という市場の圧力が、いわゆる「建造コストのダウン」現象を生み、最近の船舶設計は、もちろん規則内ではあるが、ぎりぎりの線まで切り詰められたものになっている。その結果、船舶オペレーターの立場からは、設計に荒天下の運航に伴う通常範囲を超える消耗の余地がほとんど、または、まったく残されていないことになる。「温室効果」がもたらす天候パターンの変化、すなわち暴風の大型化、激化が心配される所以である。

■世界地域別にみた船舶竣工量の推移
世界地域別にみた船舶竣工量の推移
(注)Lloyd'sRegister資料から作成。対象は100総トン以上の船舶。

「建造コストのダウン」のしわ寄せ

建造中の二重船体構造(ダブルハル)船
建造中の二重船体構造(ダブルハル)船

今日の大型船に搭載される2ストローク・エンジンのメーカーは、顧客である造船所から値下げの圧力を受け、自分達のコスト構造に合うように、オリジナル設計に小規模な修正を加えることがある。エンジンのある部分にこのような修正を加えた場合、エンジンの別の部分で狂いが出てくるが、それは考慮されない。そのため、信頼性は低下する。加えて、安価な、時に品質の劣る部品が使用され、さらに信頼性は低下する。

このような慣行がエンジンの故障につながることは今日では明らかであり、本来払う必要のない修理費を負担し、チャーター運賃を失って、オペレーターにとって高い出費につくだけで終わればまだ運のいいほうである。過去5年間に、品質に問題のある安い部品、または十分な品質管理の欠如によるエンジンの故障で、機関室職員が重傷を負う事故も発生している。「建造コストのダウン」プロセスがこのまま進行すれば、機関室で働くエンジニアの死亡事故が発生するのもそう遠い将来のことではない、という不安がオペレーターの間で広がっている。

悪者は誰だろう。エンジン・メーカーは「コストダウン」プロセスに押しやった造船所を責め、造船所は船価を下げるように圧力をかけた発注者と船主を責めるであろう。

ところがである。船主といえば一昔前なられっきとした一海運会社を指したものであるが、今日では銀行、融資会社、商社、場合によっては造船会社が船の所有権を保持しており、彼らには技術や安全面での関心は皆無で、もっぱらその投資が早く利益を生むよう短期的視野しか持たず、最大限の積載能力に最も低い船価を求める。

船主の船舶に対し、日々その運航に責任を持つ船舶オペレーターは何よりも信頼性と安全性を求めているが、設計・建造における「コストダウン」の過程で、これらのクオリティがある程度犠牲になっているかもしれないことをもちろん知っている。そういうわけで、修理費と不稼働損失により運航コストが上昇し、長期的に見てあまりよい投資ではないように思い始めている。今日、船舶オペレーターの多くが、取り返しのつかない事故が起こる前に、造船所とエンジンメーカーにこの種の圧力をかけるのをやめる時機が来たと強く感じている。

船舶オペレーターは、これからは、船価と船舶の生涯を通じたトータルなコストについて、また「建造コストのダウン」の行きつく先について慎重に考えてもらいたいと考えている。多くのメジャーな船舶オペレーターは、今日、品質が向上し、信頼性と安全性が増すことが確実ならば船価(costprice)に10%上乗せしてもかまわないと考えている。

日本造船業の選択

かつて日本で建造される船舶はその品質の高さも特徴の一つであったが、残念ながら品質は低下してしまった。では、日本の造船会社の進むべき方向はどちらだろう。

船舶オペレーターの立場から言えば、船価が割高になろうとも、品質を高めることに道がある。韓国や、中国の大型競争相手にしばらくは受注を奪われるだろうが、日本が先頭に立って、船舶の信頼性と安全性への回帰を実現することができる。そうすれば、他の国々もこれに従うしかない。さもなければ品質で勝負する新しい船舶時代にマーケット・シェアを失うことになるからである。

欧州地域の造船所の例を見れば、これからの可能性が幾分見えてくる。欧州造船所は、相当以前に多くの船種について東アジアの造船所との競争をあきらめ、高品質スタイルの船舶(例えばクルーズ船)や、より特殊な種類の船舶(海底油田支援船など)に的を絞った。その結果は世界の需要の90%以上が欧州建造なのだ。

同時多発テロ後も堅調なコンテナ船需要にしても船腹過剰感が心配される。このようななかで船価競争がさらに「建造コストのダウン」のプロセスにつながるならば、最後に泣きを見るのは再び船舶オペレーターである。品質は高く、しかし複雑ではなく、というのが、これからの道であるべきだ。今日、一部の船種で、乗組員が搭載されている機器や電子システムを完全に理解していないのに、行き過ぎた「スマート設計」が適用されていると考えられている場合もある。例えば、単純なバルクキャリアに関して言えば、質実剛健なシンプル設計が今の時代に合っている。「余計なお飾り」は少なく、品質は高く、というのがこの種の船舶に真に必要とされており、優秀な造船所ならそれに気づくであろう。

「コストダウン」船を廉価で売る世間の流れに逆らって、品質の高い船を割高で建造し、販売するのは容易なことではない。その道を日本が取るとすると当然のことながら建造キャパシティの削減を伴うからだ。新船建造に融資する人たちは、目先の利益にとらわれず、長い目で見た方が賢明であろう。船舶に比べて耐用年数の短い航空機や自動車の初期投資額は、企業そして個人にとって、比較的大きいのである。それならば、耐用年数が20年の船舶の初期投資がさらに大きくても当然ではないだろうか。わずかな船価の上乗せで、品質を高める道を歩もうとする造船所は、この諺を念頭に置いてほしい。「虎穴に入らずんば、虎児を得ず」である。(了)

  スマート設計=超自動化、超省力化などを志向した設計

●本稿は「SHIPBUILDING-WHERE TONOW?」のタイトルのもと Ship & OceanNewsletterに特別寄稿いただいたものです。

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