Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第23号(2001.07.20発行)

第23号(2001.07.20 発行)

海と川
川と海のあるべき姿とは?
~海と陸を結ぶ通路として、川が果たすべき役割り~

(財)リバーフロント整備センター理事長◆松田芳夫

年間に海へ注ぐ河川水は38兆m3という驚くべき総量に上り、しかもそのほとんどが、海から蒸発した水が雨となって地上に降り注いだものである。このように膨大な水が、常に陸と海とを循環していることによって、河川が抱えているさまざまな問題も解決されぬまま海に注ぎ、その結果、海に深刻な影響を及ぼしている。21世紀をむかえ、かつてのような快適な海をとり戻すには川と海の関係を真剣に見直すことが必要である。

1. 川は海が育んでいる

一般的に陸地であれば川があり、川の流れは陸から海への一方通行である。水は高い処から低い処へ流れるので、川が海へ流れ込むというのは当り前のように思えるが、よく考えてみると陸地には陸地からの水の蒸発量以上の降雨があるということ、すなわち海から大気を介して水が供給されていることを示しているのである(表1)。

■表1地球上に存在する水の量
地球上に存在する水の量
出典:「日本の水資源」(国土庁)平成11年版

地球上に存在する水の量は、表に示すようにその大部分が海水であり、わずかな淡水もそのほとんどが氷と地下水の形態となっている。人間が容易に接近できる淡水源である湖沼と湿地の水は地球上の水の総量のわずか0.007%にすぎず、河川の水はさらに少なく、0.00014%の2兆m3にすぎない。しかしながら、水が蒸発して水蒸気や雲となり、雨となって再び地上や海面に帰ってくるという"水の循環"の観点から見ると事態はすっかり違ってくる(図1)。図に示すように、一年当たりの水の蒸発量は海から425兆m3、陸から71兆m3の計496兆m3であるが、これは表に示す空気中の水分13兆m3の38倍という大きな値になる。従って空気中の水分は10日で新しく入れ替わっていることになる。

■図1(単位:兆m3 /年)
水の循環
イラスト:古岡修一データ:中沢弌仁著「水資源の科学」1991より

同様に河川についても、存在量2兆m3に対し、一年間に海へ注ぐ河川水の総量は図に示すように38兆m3であるから年間に存在量の19回分が流れてゆき、河川水の河川内における滞留日数は365日/19回=19日ということになり、河川の水はわずか20日間くらいで新しく入れ替わっていることになる。

空気中の水分や河川の水は、その存在量はわずかであっても循環して常に新しく入れ替わるところに最大の特色がある。そして陸から海へという川の流れを維持しているのは、元をただせば海から蒸発して陸へ供給される水なのである。

2.海と陸を結ぶ通路としての川

重力の作用で川の水は高い処から低い処へ最終的には海を目指して流れていくのであるが、その過程で流域の山地を削り土砂を獲得して川の流れに取り込み、あるいは流域の土地にたまっている有機物や人間活動の結果として生み出された化学物質や廃棄物なども水の流れに溶かしあるいは運んでいく。川は重力の助けにより、陸地の水ばかりか、土砂その他の物質を海へ運んでいく通路の役目を果たしている。

最近、注目されている川の働きに自然の生物の通路というのがある。昔から魚類が海と川を往来していることはよく知られていた。しかし魚に限らず、植物や鳥類や昆虫も、さらにはカエルや大型の哺乳類の動物なども山地と海とを結ぶ通路としての河川に依存していることがわかってきた。すなわち川は山と海とを結ぶ"生き物の道"でもある。

人間も川を通路として使う。近年、鉄道や自動車交通の普及で衰退していた河川舟運の復活への期待が高まってきた。江戸時代には盛んであったのだが、川が浅くて急流であるとか、舟航距離がせいぜい数十kmと短いとかの理由ですたれていたのである。エネルギー消費が少ないなどの利点もあり、貨物輸送は未知数であるにしても、観光や遊覧を主目的にその活性化を図りたいものである。

3. 河口と干潟

わが国は地形が複雑で海岸も非常にいりくんでいる。海岸線の総延長は3万5千kmに達し、これは大国アメリカの2万km余を大きく上まわる。したがって、入江、内湾、内海、島々が多く、外海からの潮流、波浪などの外力から遮断されているので、穏やかな水域が広く、長年の間に流入河川からの堆積物により浅い海となっている。

半陸化して干潮時には姿を表す干潟も多く、カニや貝などの生物の楽園となり、その前面の浅い海は海苔、カキ、ホタテ貝などの養殖の場となっている。また、川が海へ流入する河口域は海からの塩水と川からの淡水が混じったいわゆる"汽水域"となっており、ヤマトシジミなど特徴のある生物がすみついている。

近年、これらの干潟や河口域の重要性が環境保護の立場から強く叫ばれており、有明海の諫早干拓、名古屋港の藤前干潟のゴミ処理場、東京湾市川市の三番瀬の埋立など事業が頓挫して社会的問題となっている。

4. 海岸侵食と海岸線の後退

陸と海の接線である海岸は、岩礁や海食崖、内湾の泥浜、港湾や漁港などの人工海岸など色々あるが、海岸というイメージを連想させるのは白砂青松の砂浜海岸であろう。干潟などのヘドロ質の海岸と異なり、清潔で美しく、海水浴場となり、寝ころんで肌に大地の感触を直接味わうことのできる貴重な場であった。

この砂浜海岸が砂防工事やダムの建設による河川からの土砂の供給量の減少あるいは皮肉にも侵食海岸の侵食防止工事の影響もあり急速に失われつつある。約1万kmの砂浜海岸が明治以来およそ百年で平均8m後退したというデータもある。現在、貯水池にたまった土砂をダムからの放水にあわせて流し出すとか、砂防ダムをスリット構造にして土砂を全部ため込むのではなく、岩石はとどめても砂礫は下流へ流してやるとか、種々の試みがなされつつある。

5.海と川の関係をあるべき姿に戻す

21世紀をむかえ、川と海との少々乱れた関係をできるだけ本来の姿に近づけようという努力が必要である。すなわち、(1)海岸域への土砂の供給を確保し、白砂青松の砂浜海岸の回復を図り、人と海との接触の機会を増やす。(2)自然の干潟や河口域を可能な限り保全し、人工化された区域についてはその再自然化を工夫する。(3)沿岸域と海岸の汚染を改善するため、流入河川の水質改善にさらに努力し、海洋へのゴミの投棄・流出を防止する。(了)

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