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オーシャンニューズレター

第21号(2001.06.20発行)

第21号(2001.06.20 発行)

JICA水産研修センターの活動と今後の水産国際協力のあり方

国際協力事業団神奈川国際水産研修センター所長◆佐々木直義

長い伝統と蓄積を誇る日本の水産業が危機的状況に置かれている中で、日本の人材や経験による水産技術協力は次第に現場型の技術研修からソフト型セミナー研修に移りつつある。日本は環境と調和した資源管理と増養殖振興を図り、それにもとづく人材養成と国際協力が不可欠である。

神奈川国際水産研修センターは、1961(昭和36)年にJICAの前身の一つである(社)アジア協会の三崎水産研修会館として発足し、1974(昭和49)年に現名称に改称、現在地に移転・拡充されて今日に至っている。そして来年10月には横浜みなとみらい地区に横浜国際センターとして移転する予定である。

約40年間で世界100カ国以上、約2,000名の研修実績

三浦半島の相模湾側、横須賀市長井の漁港脇に立地する当センターは、約3,000m2、4階建てで、4研修室、宿泊施設(33シングルルーム)、図書資料室のほか、食堂、ロビー等を持つ。1961(昭和36)年度以降、1999(平成11)年度までの約40年間における研修員の受け入れ実績は、24コース、世界109カ国、1,812名にのぼる。研修員は30~40才台の研究者、技術者、管理担当者で、本国に帰還して水産関係の行政および研究における中枢の立場と地位につく人材が多い。

1999(平成11)年度に実施したコースの例を紹介する。まず、「漁獲物処理」コースは、6月1日~9月5日の3カ月間、定員8名で、鮮度測定・保持、冷蔵・氷蔵・冷凍、塩干物、缶詰、練り製品、衛生管理をテーマに、講義73時間、実習84時間、研修旅行39時間、計196時間というもので、昨今のHACCP(※1)やISO (※2)の国際スタンダード化にともない、先進国への輸出志向の途上国では研修要望が強くなってきている。また、「水産開発セミナー」コースでは、途上国で顕在化しつつある環境被害に対応できる人材の育成を目的としており、環境汚染事例研究、環境被害の社会経済的分析、また逆に水産が環境管理に果たす役割や法整備などをテーマにしている。講義は132時間、研修旅行が46時間という構成で、近年では"沿岸域管理"も重要なテーマの一つになっている。

こうした当センターが今後基本的に実施すべき内容を整理すると次のようになろう。

(1)水産と観光、環境、農業、森林等の資源管理機関の連携協力。(2)国、州・県、市町村、民間、NGO等関係機関のネットワーク化。(3)漁村社会への支援(女性と開発、住民参加型資源管理、生活改善活動)と人材養成。(4)水産統計データ収集分析。(5)食糧の安全性および付加価値(一次・二次加工、品質管理、浪費・無駄の減少)。(6)食糧増産と持続的な水産開発(淡水、海水・汽水増養殖、discardやby-catchの減少)。(7)環境に優しい漁業技術(低エネルギー、低コスト、低インパクト)と管理(漁業許可、禁漁、放流等)。(8)他セクターとの協調(産業・生活排水処理、干潟の保全、サンゴ礁やマングローブの保全)。

女性指導者養成セミナーや熱帯域沿岸資源管理セミナーも

当センターがミレニアムの先駆けとして取り組んでいる事例を紹介する。まず、「漁村における女性指導者養成セミナー」で、漁村における女性の役割を見直し、女性の意思決定プロセスへの参加や資本・技術・情報へのアクセス能力および体制整備を図るものである。二つめは「熱帯域沿岸資源管理セミナー」コースで、水産、環境、観光等の各セクターがどのようにお互いに補完し協力し支援し合うかを考える。

昨年4月に南太平洋フォーラム(SPF)首脳会議が九州、沖縄において開催され、「地域の生物多様性が育む貴重な資源を未来の世代に確実に引き継いでいくための持続的沿岸資源管理の重要性」が『太平洋環境声明』に謳われている。しかし、島嶼国の沿岸域は生物相は多いが資源量は少ない。その上、ダイナマイト漁法、毒漁法、網・潜水漁法等により乱獲状態である。そこで、漁獲サイズ制限、禁漁等の措置による資源管理が必要となるが、他方で漁民の現金収入を代替する新規事業が不可欠となる。その際に、環境との両立や観光開発との関係が重要となり、沿岸域の多面的利用計画の策定とその円滑な実行のための人材養成が肝要となる。同セミナーでは沖縄県と東京都小笠原支庁の協同参画による事例研究も組み込む予定である。

もう一つの特色ある事業にペヘレイ里帰りプロジェクトがある。ペヘレイはアルゼンチン原産の淡水魚で、1966年に同国在住日系人によって日本に持ち込まれ、増養殖技術が確立された。そして今年3月、ペヘレイの受精卵をアルゼンチンへ里帰りさせ、親魚養成、種苗生産技術を確立させるというプロジェクトを提案した。この事業は、横浜国際センターの開所に花をそえる事業といえよう。

水産研修を通じた国際協力のあり方

わが国は世界最大の水産物輸入国であり有数の水産物消費国でありながら、漁獲量は年々減少し、漁業者の数も減りつづけ高齢化している。そうした中で、わが国が水産国際協力を進めていくためには、まず自国の水産業の活性化が不可欠である。そのため、技術開発、試験研究、事業推進のために投資を増やし、若い人材が水産分野での国際協力へ志向できるような環境を整えることが重要である。また、環境保全と調和し科学的手法による資源管理と増養殖のための国際協力を目指すべきで、新設予定のJICA横浜国際センターは、当センターのこれまでの実績を踏まえて、水産協力にかかる情報発信、国際的人材育成の拠点となるよう努力してゆかねばならない。早晩、研修現場をわが国が技術協力した国々に求め、研修する側にそれらの国を含めた外国人専門家を登用する時代の到来が予想されるので、ますます高いレベルのノウハウ、マネジメント能力に優れた人材を、われわれも育ててゆかなければならない。(了)

■地域別研修員受入実績1961(昭和36)~1999(平成11)年度。カッコ内は人数
地域名受け入れ実績人数の多い上位5カ国1、2名だけでも受け入れた実績のある国
アジア地域タイ(120)、インドネシア(95)、フィリピン(89)、マレーシア(85)、スリランカ(80)ネパール(1)
中近東地域エジプト(39)、イラン(36)、トルコ(35)、モロッコ(24)、チュニジア(14)イラク(1)、クエート(1)、カタール(2)、パレスチナ(2)
アフリカ地域ケニア(37)、ナイジェリア(33)、タンザニア(29)、セネガル(25)、ペナン(18)カーボヴェルデ(1)、マダガスカル(2)、象牙海岸(2)
ヨーロッパ地域ユーゴスラビア(2)、ポルトガル(1)、マルタ(1)<3カ国4名のみ>(左欄のとおり)
中南米地域メキシコ(81)、ペルー(80)、ブラジル(47)、コロンビア(43)、チリ(27)アンティグア(1)、バルバドス(1)、ベリーズ(1)、グァテマラ(2)、セント・ルシア(2)、スリナム(2)、トリニダード・トバゴ(2)
オセアニア地域パプアニューギニア(53)、フイジー(37)、トンガ(14)、キリバツ(10)、ソロモン諸島(10)ニウエ(1)、ヴァヌアツ(2)

地域別研修員受入実績

■年度別研修員受入実績
コース名/年度1961~8990919293949596979899合計
沿岸漁具漁法普及359(61~78年度)          359
沿岸漁具漁法実技194(79~89年度)          194
沿岸漁業技術 12111298     52
沿岸漁業訓練普及      8776 28
沿岸漁具漁法普及理論138(78~89年度)          138
漁具漁法学 88769     38
漁具開発設計      9877738
漁業協同組合154(74~89年度)9857      183
漁業協同組合(インテンシブ)     7810791051
養殖一般117(77~89年度)99999109810 199
小型漁船の船体・機関保守60(82~89年度)9577778797133
水産食品加工  667      19
漁獲物処理     67668841
水産食品品質保証     610778846
水産開発セミナー     787710948
水産資源管理セミナー      85751136
漁港及び流通施設計画管理セミナー      7564931
造船経営管理セミナー       979833
船舶安全・海洋汚染防止       2020192180
上水道供給システム維持管理       545 14
港湾工学II         171734
海水養殖          66
淡水養殖          66
持続的資源利用のための沿岸漁業          55
合計1,022(61~89年度)4747464559821061001261321,812

※1HACCP=Hazard Analysis and Critical ControlPoint(危害分析・重要管理点:食品の安全性を高めるための新しい考え方の食品衛生管理システム)

※2ISO=International StandardOrganization(国際標準化機構)

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