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現地調査報告③「ミャンマー現地調査報告」

2017.06.08

調査実施者:石川和雅氏
実施期間:第1回2016年5月11日~24日/第2回2016年12月11日~24日


I. ミャンマー・マンダレーにおける多宗教混住の現状と課題

1.背景
 ミャンマー第二の都市マンダレーでは、2012年以来、宗教を異にする住民間の緊張が高まっている。背景には、同時期に国内各地で頻発した仏教徒過激派によるイスラーム教徒住民への暴力事件や、ヘイトスピーチがある。2014年7月には、マンダレーでも大規模な暴動事件が発生、2人が死亡したほか、多くの傷害事件や放火が発生した。その後、住民はどのように状況を認識し、対策を行なっているのか。現状を把握するための調査を実施した。

2.マンダレーにおける多宗教混住の歴史的背景と住民の認識
 マンダレーは1850年代に、当時のミャンマー王国の首都として建設された都市である。水運を利用した商業都市であり、市街地には当時からヨーロッパ人、インド人、イラン人、中国人など、世界各地からの商人が混住した。そのため、マンダレーは古くから多様な宗教が共存してきた都市であるという歴史叙述が、在地の文化人によってもなされている。
 このような認識をもとに、古くからの住民の間では、一連の事件を住民相互の衝突ではなく、政治的な目的をもった外部の教唆者による事件だと見なしている。ミャンマー国内の民間メディアも、事件当初からそのような観点から報道していた。

3.住民らによる信頼構築
 暴動事件の再発や住民間の相互不信の醸成を防ぐための取り組みとしては、宗教の枠を超えた活動が試みられている。「全宗教の融和」を掲げ、仏教徒、キリスト教徒、イスラーム、ヒンドゥーなど、市内の主要宗教の指導者らが合同して社会事業や相互理解のための対話を行うものである。同様の活動は、マンダレーのみならず全国各地でも行なわれている。ただし、全国規模の統一組織が存在するわけではなく、小規模な組織やネットワークが多数形成されているのが現状である。

4.今後の課題
 宗教問題とは別に、マンダレーの地震リスクが指摘されている。ミャンマー地震委員会によると、マンダレー直下にはザガイン断層という活断層が存在し、巨大地震発生の可能性がある。しかし、都市レベルでの防災対策はほとんど行われおらず、耐震基準に合致した避難設備等が圧倒的に不足している。
 そこで、住民間の信頼構築と、防災能力の向上とを組み合わせた支援が有意義である。都市の防災計画を実施する際、「全宗教の融和」活動と連動し、住民参加による事業実施を行うことで、2つの課題に対処できると考える。



モスクのある街並み(マンダレー市)
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道路舗装工事(マンダレー市)
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木造家屋が立ち並ぶ街区(マンダレー市)
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II. ミャンマーにおける歴史叙述の現状と課題

1.背景と目的
 ミャンマーにおける自国史の歴史叙述をめぐっては、軍政期以来、著しい偏りが見られることが指摘されてきた。ビルマ族仏教徒のみに視野が限定され、仏教以外の宗教や少数民族については言及がなされないというものである。しかし、民主化を進める上では、民族的・宗教的多様性を視野に収めた新たな自国史が必要となる。そこで、NLD政権下で歴史叙述がどのように展開しているのか、現状を調査した。

2.『連邦の一員であるムスリム』の発刊
 本書はミンテインという作家が著した、ミャンマーにおけるイスラーム教徒の通史である。NLD政権発足後の2016年8月に刊行された。王朝国家の時代から植民地下の独立闘争を経て現代に至るまで、国内のイスラーム教徒がどのように国家に貢献してきたかを紹介しており、少数民族政党の代表など各界から多くの推薦文を集めた。イスラーム教徒を主題とした本としては画期的なことに、市内の一般書店でも流通したという。

3.反論本の発刊
 これに対し、イスラーム教徒の脅威を説く「マバタ(民族と宗教を守る会)」が、反論本を出版した。同会が発行する月刊誌上の連載記事を一冊にまとめた『偽りの歴史叙述による侮辱』と題する本で、2016年12月に出版された。本書は、歴史的にイスラーム教徒がミャンマー国内に居住していたこと自体は否定しないが、ミャンマーに対する簒奪の意志や良からぬ企みを抱く人々であったと強調する。したがって、仏教徒と同格の連邦構成員と見なすべきではないと論じる。

4.シンガポール・アジア文明博物館におけるミャンマー展示会
 2016年12月から17年3月にかけて、シンガポールのアジア文明博物館では、ミャンマー国立博物館の収蔵品を紹介する特別展Cities & Kingsが開催された。同館は、アジアの諸文明間の歴史的交流をテーマとする博物館であり、ミャンマーの歴史をその文脈で紹介した点が画期的である。南インドやイスラーム文化圏、モン族やシャン族などとの文化的交流を経てミャンマー史が織りなされてきたとする歴史観に立脚して展示会図録が編集されており、旧来型のミャンマー国内における国史叙述とは一線を画している。
 国史叙述は、今後もミャンマー国内ではセンシティブな問題であり続けるだろう。その分、国外におけるミャンマー史研究が重要性をもつ。国際的な研究体制の構築と、保護体制が確立されていない宗教的・民族的マイノリティの文化遺産に対する記録作成と基本調査、ミャンマー国内の研究者との交流拡充が求められる。



アジア文明博物館(シンガポール)
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特別展Cities & Kings のポスター
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