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オヨーン・サンジャースレン前モンゴル国自然環境・グリーン開発大臣講演会
「民主化25年のモンゴル:教訓と展望」サマリー

2015.02.20

概要

笹川平和財団は「アジアオピニオンリーダー交流」事業オヨーン・サンジャースレン議員の一環として、モンゴル国よりオヨーン・サンジャースレン議員(前モンゴル自然環境・グリーン開発大臣、元外務大臣)をお招きし、、「民主化25年のモンゴル:教訓と展望」と題する講演会を2月17日、都内にて開催致しました。またモデレーターとして、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構の小長谷有紀理事をお招きしました。講演でオヨーン議員は、民主化後のモンゴル経済の推移、第三の隣国政策を中心とする対外政策、そして環境政策についての見解を述べられました。



モンゴル経済の推移

モンゴルは中国、ロシアという大国に囲まれた内陸国家で、人口も300万人と少ないが、天然資源が豊富で、対外直接投資の受け入れをはじめとする貿易条件の面で、魅力的な投資環境を実現しており、近年では世界でも有数の経済成長率を達成している。しかしながら90年4月の複数政党制と市場経済の導入から25年、順調な道のりを歩んできたわけではなかった。民主化直後、モンゴルは孤立し、経済成長率は二桁のマイナスに陥り、インフレ率も一時は350%にも達した。小国の経済成長は輸出産業の成否にかかっているが、90年代は中国の経済成長の時期とも重なり、カシミヤや畜産業を除き、中国との競争にモンゴルが勝つことは困難であった。90年代の後半からは少しずつ経済も安定、成長軌道に乗せることに成功し、近年も高成長を続けている。 この高成長の最大の要因は金や銅をはじめとする鉱業分野にある。たとえばモンゴル最大級のタバントルゴイ銅山は40年も前に発見されたが、インフラ、投資環境が整備されておらず、つい最近までモンゴル経済に貢献することがなかった。しかし2000年以降の金・銅の国際価格の高騰とモンゴル及び周辺部におけるインフラ、投資環境の整備が進み、モン講演中のオヨーン議員ゴル経済は大きく成長した。モンゴルの国家予算は、民主化後90年代末には約3億ドルであったが、2012年度には20倍の60億ドルとなっている。このことからも、その成長の度合いが分かるだろう。しかしこの高成長に満足しているわけではない。高い伸び率はベースが低かっただけであり、モンゴルはこれからも道路や電気などのインフラ、学校、病院などの建設を進めなければならない。特に首都ウランバートルの人口の半分の20万世帯が水道や暖房が整備されていないゲル地区に居住している。多くが暖を取るのに安価な低品位炭を使用しており、それが大気汚染の原因ともなっている。またモンゴルの貧困率はここ数年、改善しているものの、未だ4人に1人が絶対貧困水準以下に生きている。格差も大きな問題となっている。 モンゴルが過去の誤りから学んでいるということを示すひとつの例を紹介したい。モンゴルは90年代に統制経済から自由経済に舵をきり、市場を開放した。投資環境も整備し、経済には国家が介入せず、全てを市場に任せるという方針をとった。鉱業分野においても同様で、政府はモンゴル人、外国人の区別なくライセンスを売っていた。しかしその結果、モンゴルから富は流出し、規制すべきところも市場に任せたため、たとえば環境汚染なども進んでしまった。 かかる状況に鑑み、政府は規制強化に乗り出し、例えば鉱業分野においては、超過利潤税を導入、一定の条件を満たした場合(金1oz.が500ドル、銅1トンが2,600ドルを超える場合)、超過売上分に68%の税率をかける措置をとった。さらに2008年の選挙の際には、二大政党はバラマキに走り、国民に対し実行不可能な約束をした。ある政党は国民に1,000ドル配布するとも約束をした。しかし、約束した額の配布はできず、国民に不興を買ったのみならず、政府は多額の債務を抱えることとなった。 民主化直会場の様子後のレッセフェールから、大きく振り子が振れ、過度の政府介入と規制強化を図ったことで、外資は途絶え、結果としてモンゴル経済は冷え込んでしまった。このことから、政府は再度規制を緩めることとした。新投資法が導入され、評判の悪かった超過利潤税は2-3年で廃止、代わりにロイヤリティのスライド制というより穏当な仕組みが導入された。また2012年の選挙前には手当等の「バラマキ公約」の禁止が法制化され、予算以上の公約を掲げる政党は、政党登録ができなくなる仕組みも導入された。このようにモンゴルは失敗から学んできたのである。



モンゴルの対外政策

ここで話題を転じて、モンゴルの対外政策、特に第三の隣国政策についてお話したい。20世紀の大半をモンゴルはソ連に依存する政策を採ってきた。それ以前も満州族による支配を200年あまりにわたり受けてきた。この経験から一国に依存しすぎてはいけないという教訓を得たのである。もちろん直接国境を接するロシア、中国との関係は重要であるが、それだけでなく、第三の隣国を西に東に求めることでバランスを取るというのが第三の隣国政策の要諦である。1994年以降に本格的に取り組みを始めたこの政策のもと、日本、米国、欧州連合を第三の隣国として重視することとなった。現在ではこの政策をさらに拡大し、カナダや豪州とも関係を深化させている。しかし戦略的パートナーシップの関係にある国はわずかであり、その中に日本が入っている。日本とは1972年に国交を樹立している。つい先頃モデレーターの小長谷有紀氏も国交樹立40周年を祝ったところである。日本の積極的な支援にモンゴル国民は深く感謝している。 またモンゴルは小国ではあるが、国連などの場においても、例えばPKO協力としてスーダン、シエラレオネ、アフガニスタンなどで積極的に協力をしている。また北東アジアでは仲介者の役割を担えるのではないかと考えている。モンゴルは六者協議の正式なメンバーではないが、北朝鮮との対話促進に貢献しているし、非伝統的安全保障の分野においても、積極的に協力をしている。また1992年に「一国非核の地位」を宣言した。この宣言によって150万平方メートルという広大な地域が非核地帯となっている。



モンゴルの環境政策

最後に地質学を専門とし、環境大臣を務めたというキャリアから、モンゴルの環境政策についてお話したい。先にもお話した通り、モンゴルの人口の4分の1は(半)遊牧民族である。人口は300万人だが、家畜は5,000万頭を数え、増加傾向にある。モンゴルは雨量が少なく、森林面積も全土の8%にすぎない。牧地は脆弱な状態にある。またモンゴルは二酸化炭素の排出量は少ないにもかかわらず、気候変動の影響を大きく受けている。世界の平均気温は0.7-0.8℃上昇しているが、同じ期間にモンゴルの平均気温は2.14℃上昇している。もともとモンゴルは寒いのだから、結構なことではないかという人もいるが、生態系への影響は甚大である。モンゴルには永久凍土や氷河もあるが、気温上昇によって、土砂崩れ等が発生、土壌劣化も進んでいる。 モンゴル政府としては、私が自然環境・グリーン開発大臣在任時に、「グリーン開発戦略」を採択し、グリーンな成長を目指す旨、表明している。2030年にはエネルギー需要が4倍になるとの推計もあり、また住宅着工件数も順調に増えている。これらの新しい住宅が暖房に使用するであろう低品位炭による大気汚染が悪化する恐れがあるため、政府としては現在、8%のシェアしかない再生可能エネルギーを拡大させていきたいと考えている。もちろん石炭を使うほうが安価であるが、水力、風力、太陽光などの普及拡大は重要である。質疑応答の様子つい最近も風力発電(50MW) の施設が、ウランバートルの電力網と接続した。 民主化から25年、モンゴルは着実に持続可能な社会の建設に向かっている。しかし法制度を変えるのは容易だが、人々の意識を変えるのは難しい。「馬に乗って世界を征服するのはたやすい。しかし馬から降りて支配するのは難しい」というチンギス・ハーンの言葉もある。意識を変えるという点において、日本人の勤勉さを学びたいと考えている。悪魔は細部に宿るというが、モンゴルはまさに、キメの細かい実践を進めていく段階に入ったと考えている。何よりも国民の生活を向上させていく、このことが我々の目指す最大の目標である。

以上




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「アジアオピニオンリーダー交流」事業

2015年2月17日(火)開催オヨーン・サンジャースレン議員講演会「民主化25年のモンゴル:教訓と展望」