在米日本人研究者からのアメリカ便り

米国とハイチを繋げる Black Lives Matter

2020年10月1日

相沢 伸広 
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授、ウッドロー・ウィルソン・センター・ジャパン・スカラー

インドネシア/タイ政治、都市化と政治、東南アジア華僑等が専門
京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科にて博士号取得

 プロテニスの全米オープン優勝を果たした大坂なおみ選手は、大会を通じて Black Lives Matter がより多くの人々によって議論されるよう積極的に発信した。大坂選手の発信で、議論の広がりは確かなものとなり、米国の社会が抱える深刻な人種問題の現実について、世界中のテニスファンがこれまで以上に正視するきっかけを作った。もっとも、彼女の功績はそこだけに留まらない。見落とされがちではあるが、大坂選手は、多くの人がハイチの歴史についても目を向けるよう、静かに、そして繰り返し発信していた。

 2020年8月27日、ニューヨークで行われたWestern and Southern Open において、大坂選手は勝ち進んでいた準決勝参加への取りやめの意を示した。それは米国で相次ぐ警官による黒人銃撃に対する、彼女の抗議行動の一環であった。インタビューにおいて抗議の意図について問われた時、彼女がテニス界で声を上げる理由を説明するくだりの中に、次のやりとりがあった。

 インタビュアー: お父様はハイチからの黒人、お母様が日本からのアジア人ですが、ご両親の反応はどうでしたか?
 (How was your parent’s reaction, Your father is Black from Haiti and your mother is Asian from Japan)

 大坂選手:(中略)そう、私と父はハイチ人です。ですから私たちはこうするものなのです、血筋なので。
 (Me and my Dad is Haitian, We do This, it‘s in my blood.)

 インタビュアー:「私たちはこうするものなの」とはどういう意味?
 (What do you mean “We do this")

 大坂選手:まぁ、ハイチの歴史が。。
 (I mean, the History of Haiti..)

 インタビュアーは「ハイチの歴史」についてさらに、What do you mean by History of Haiti? と問いを重ねることはなかった。You speak out, you protest, you’ll be heard と言葉を継いで、話題を転換した1

 上記のインタビューで大坂選手は「ハイチの歴史」が「不正義に対し人々が立ち上がる」歴史であると示唆した。これは米国で浸透している歴史観ではないかもしれない。1950年代−70年代のハイチを知る世代にとって「ハイチの歴史」といえば、「残忍な独裁政権」の歴史であり Papa Doc のニックネームで知られたフランソワ・デュヴァリエ(François Duvalier)大統領であろう。1990年代以降、ハイチを象徴してきたのは「貧困の歴史」であり、とりわけ2010年ハイチ大地震の惨状と進まない復興であろう。しかし、大坂なおみが語った「ハイチの歴史」は「独裁の歴史」でも、「貧困の歴史」でもないことは明らかであった。

 ただ、私のように、日本で育ち、東南アジアを専門とする人間にとって、「ハイチの歴史」はいわゆる「西インド」における植民地独立運動の歴史として「東インド」との比較の上で必ず参照する 歴史であり、広域の「アメリカ史」を学ぶ上で避けて通れないものである2。それは、日本人には十分に知られていないが、アジアの近代史を理解する上で、フィリピン革命が明治維新や辛亥革命と同様に避けて通れないものであるのと近い。

 「ハイチの歴史」を傑出したものと理解するには、フランス革命と呼応しつつもフランスに先駆けて、またフランス革命の平等の精神をより純粋な形で市民革命に結びつけたこと。植民地を経験した国として、黒人奴隷解放、奴隷制禁止を初めて達成したこと。ハイチにおける闘いが、大西洋の奴隷貿易の終わりの一つの契機となったことを挙げるだけでも十分であろう3

 大坂選手が米国のBLM運動の文脈で「ハイチの歴史」に言及したのは、差別や不正義に立ち上がってきた「ハイチの歴史」がいわば象徴的な意味で、米国のBLM運動に希望をもたらすものでもあるというメッセージと考えられる。その上、米国史とハイチ史が密接に絡み合っていること、米国における黒人差別の歴 史を理解するためには、より広域のアメリカ史にも、目を向けるべきだという点を気づかせるメッセージでもあったと受け止められる。

 2020年のBLM運動の火付けとなったのは警察官によるジョージ・フロイド氏の窒息死であった。この警察行為に対する抗議行動が全米に広がり、一部の街頭デモの中には過激化するものもあった。通常であれば、このような事態に際しては各州知事の命令を通じて州兵が対応する。ところが、トランプ大統領は場合によっては1807年制定の「Insurrection Act(反乱法)」を発動し、大統領の命令を通じて陸軍を投入することを検討すると述べ、火に油を注いだ。トランプ大統領のこうした反乱法の適用は、時代錯誤だと批判されたが、まさにここで反乱法が制定された時代、ハイチの歴史は米国史に深く関わっていた。

 フランス植民地であったサン・ドマンでは、1791年からの長年にわたる闘争を経て奴隷解放が実現し、1804 年に黒人によるハイチ共和国が建国された。カリブ海域でも最も豊かな植民地でもあったサン・ドマンにおける革命運動は、植民地独立の機運をもたらすとともに、白人植民者を震撼させるものでもあった。 1776 年に英国より独立した米国としては、同じ独立国の仲間入りを果たしたハイチを祝福し連帯すべきだという声もあったが、それ以上に、この脱植民地運動を、奴隷制度を崩壊させる契機として警戒する声は強かった。ハイチの独立運動は、いわば米国の建国の理念と呼応する形で、米国における黒人奴隷の自由と権利を「目覚めさせる」ものであった。その意味で、かつてBLM運動はハイチから米国にと広がっていったのだといえよう。

 この理念の広がりを、黒人奴隷を囲っていた白人プランテーション経営者たちは、脅威として捉えた4。米国がその自由と独立を掲げた政治的理念と、人種差別的な自画像の間で揺れている時期に制定される中、当時の大統領ジェファーソンは南部諸州のプランテーション・オーナーが抱く危機感を体現する政策をとった。ハイチ建国を否定し、通商関係を停止し、ハイチを経済危機に追い込み、黒人政権の正当性を否定したのであった。

 2020年のBLM運動を米国から世界に広げる上で、ハイチの歴史に言及する大坂選手が、2世紀以上前にはBLM運動がハイチから世界に広がったことを意識していたとしても不思議ではない。全米オープン中にもソルトレークシティにおいて夫婦喧嘩中の男性に対して、近隣の通報を受けた警察が警察犬を発動させ、噛み押さえる事件があった。この事件もまた、ハイチの歴史を知るものにとっては、サン・ドマン(ハイチ)におけるフランス当局による奴隷取り締まりを想起させるものであり、改めてBLM運動を語る上でハイチの歴史との連関を理解することの必要性を再確認させられた5

 BLM運動の狭義の達成目標は警察改革であるが、根源には歴史問題がある。BLM運動が高まりを見せると、歴史教育を巡ってヴァージニア州の公立小学校でも即座にPTA会議が開かれた。そこでは、BLM運動について人種差別について、どのような教材を用いて誰が教えるつもりなのか、といった質疑に止まらず、そもそも教員の人種比率がおかしいので是正する措置を取るべきだ、いや公立学校の教員は即座には変えられない、とい った緊張感の高いやり取りが繰り返された。

 歴史教育のあり方が問われたのは公立学校だけではなかった。公立図書館もまた、その最前線に位置付けられ、アーリントン郡やフェアファックス郡の図書館は通常利用が制限される中、オンラインで人種差別廃絶特集を組み、積極的な(とりわけ子供向けの)情報発信の拠点となった6

 歴史問題の議論が活発化する中で、学校でも公立図書館でも一つの物足りなさがあるとすれば、それは題材がアメリカ合衆国史に限られていたということである。BLMはあくまで「米国固有の歴史」問題であるという前提で、学校や図書館では議論されていた。Harriet Tubman(奴隷解放や女性解放の運動家), W. E. B. Dubois(社会学者、公民権運動家)、あるいはMartin Luther King Jr.について学ぶ機会は一気に増えたが、Toussaint Louverture(ハイチ独里運動の指導者)や、Jean Jacques Dessalines(同じくハイチ独立運動の指導者で後の初代皇帝)について学ぶ機会は増えていない。

 ただ、人種差別の文脈で、African AmericanよりBlack American, Black Peopleの問題であるという語法がより正確だという主張には、米国に住む黒人の一定数が、中米、南米出自の黒人だという理由があり、「アフリカ」で括られるのを是としなかった経緯があり、運動の最も重要な語法をめぐる論拠は米国を超えたところに設定されていた。African American Lives MatterではなくBlack Lives Matterであるがゆえに、在米のハイチ人やジャマイカ人も、連帯性を持って米国でのBLM運動に参加しやすくなっていた。

 大統領選挙前という文脈を考えると、BLM運動は米国の自画像を問う運動として米国の特殊な問題として切り取られがちである。しかし、かつて 18 世紀から 19 世紀の変わり目において、ハイチに端を発した BLM 運動が、米国やその他の国の建国の理念を問うた過去を理解することで、米国がより広いアメリカ史の一部に組み込まれた国であることを再認識させてくれる。

 米国社会の分断が深化している時だけに、BLM運動は、その苛烈な側面、すなわち南部諸州の英雄像を引き倒し、ジェファーソンやワシントン、ウィルソンといった過去の大統領の名前を削除することに注目が集まるほど、反作用を生む。その結果、BLM運動は米国社会をさらに分断させる「キャンセルカルチャー」と揶揄され、その意義が矮小化される。それはかつてジェファーソン大統領がハイチ革命に対して「アメリカが世界に向けて発信した理念と真向から矛盾する政策を採用」7した過去を彷彿とさせる。

 それゆえに、大坂選手のハイチの歴史への言及は控え目であるが、対照的にBLM運動が持つ連帯のメッセージを打ち出すことに成功している。大坂選手は常にインタビューで「米国人であるとは思ったことがない」と語る。しかし、だからと言って大坂選手に対して「外国人は黙れ」といった形で彼女を議論から排除する声を米国で聞いたことはない。国籍が日本であるからといって、BLM運動への参加資格を剥奪する声もきかない。その意味で、BLM運動は多くの人を繋げ、包摂する運動であり、それゆえに米国を超えて広がったのであろう。

 大坂選手が歴史を問い、米国内の黒人間(例えばBlack AmericansとBlack Caribbean Americans)そして米国と他の国々との強い紐帯を再認識させ、その努力に多くの人達が極めて強く共鳴している様子を見ると、一部で分断を深めつつも、他方で確実に世界との繋がりを作り出し続ける米国社会は盤石でもある、と感じる。

(了)
1 “Naomi Osaka Interview with ESPN following BLM Boycott” YouTube, August 28, 2020.
<https://www.youtube.com/watch?v=bk5o5tTwIoo&feature=youtu.be>(2020年9月24日参照)
2 ハイチの歴史を世界中に知らしめた名著として外せないのは、C L R ジェームス『ブラック・ジャコバン-トゥーサン・ルーヴェルチュールハイチ革命』 青木芳夫監訳、大村書店 1991 年。なお、米国において
3 ハイチの革命史を包括的に扱っているものとして、Julia Gaffield, Haitian Connections in the Atlantic World: Recognition after Revolution, UNC Press, 2015.
4  “The United States and the Haitian Revolution, 1791–1804” Department of State, United States of America <https://history.state.gov/milestones/1784-1800/haitian-rev>(2020年9月24日参照)
5 Tyler D. Parry “Police still use attack dogs against Black Americans” The Washington Post, September 2, 2020. <https://www.washingtonpost.com/outlook/2020/09/02/police-still-use-attack-dogs-against-black-americans/>(2020年9月24日参照)
6 もっとも、こうした取り組みを仕掛ける中で、「本の選定を巡って黒人作家だけでなく白人作家も取り上げなければおかしい」と主張した評議員が辞任圧力を受けることもあった。
Emily Leayman ”Remarks On LGBTQ+, BLM Books Bring Calls To Oust Library Trustee” Patch, August 25, 2020. <https://patch.com/virginia/burke/library-trustee-faces-backlash-remarks-diverse-titles>(2020年9月24日参照)
7  Michael Zuckerman, ‘The Power of Blackness: Thomas Jefferson and the Revolution in Saint-Domingue,’ in Almost Chosen People: Oblique Biographies in the American Grain, University of California Press, 1993.
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