在米日本人研究者からのアメリカ便り

脅威かヒーローか?-コロナ禍と米国の外国人労働者

2020年8月28日

相沢 伸広 
九州大学大学院比較社会文化研究院准教授、ウッドロー・ウィルソン・センター・ジャパン・スカラー

インドネシア/タイ政治、都市化と政治、東南アジア華僑等が専門
京都大学大学院アジアアフリカ地域研究研究科にて博士号取得

 コロナウイルスの発生以来、ワシントンDCのシンクタンクコミュニティの様子は様変わりした。セミナー、研究会、食事会で交わされる議論は、自宅やサマーハウスからのZoomミーティング、ウェビナーに切り替わった。世界中の政府職員や専門家の往来も停止し、大統領選挙の年とは思えないほど、人の賑わいは失われた。BLMのデモンストレーションが、一時的に街に活力と賑わいをもたらしたが、略奪・破壊行為を恐れた各店舗が板張りを施したがゆえに、街の雰囲気はさながら市街戦後のようであった。

 一方で、ワシントンDCのロックダウン期間は、建設ラッシュ期間でもあった。利用者が一気に減ったメトロはこれを機に一部区間を全面停止し、駅の大改修を行っている。交通量が減った高速道路の工事は常態化し、居住住宅の建設も堅調である。多くのラティーノ系建設労働者が街全体の大改修に駆り出され、一部はアマゾン・フレックス制度を利用して配送員として収入の確保を図っている。

 トランプ政権は発足以来、一貫して外国人に厳しい移民政策を取り続けてきた。政権4年目にして移民政策の集大成となるこの時期にコロナ禍が重なったことは、さらなる引き締めの絶好の追い風になると思われていた。しかし、ここ数ヶ月の移民政策の変化をつぶさに見ると、コロナ禍が思わぬ方向に作用していることがわかる。

 トランプ大統領は米国の労働市場から外国人を締め出すとの大統領布告を大々的に喧伝しながら、実務レベルでは締め出しを最小限に抑えている。これまで一貫して差別的な発言をしてきた、メキシコ人、及びラテンアメリカからの移民を、掌を返してEssential Workerとして持ち上げ、農業従事者に積極的に入国の門戸を開いている。

 新型コロナウイルスの蔓延後、2020年4月22日に発令された(6月22日に年末まで延長)大統領布告「2019年新型コロナウイルスに伴う経済復興において、米国労働市場のリスクとなる非移民ビザによる米国入国の停止・制限措置」1は、外国人高度人材の就労に関わる人や組織に大きなショックを与えた。対象となった非移民ヴィザの中でも、とりわけ年間6万5千人(及び米国大学卒業生対象追加枠2万人)の高度人材に与えられていたH−1Bヴィザの取得は、多くの外国人が将来の米国市民権を得る道程である。そのH−1Bヴィザの取得者の実に7割をインド人のITエンジニアらが占める。

 2019年に最も多くのH−1Bヴィザ取得者を雇用したのはAmazonとGoogleであった。こうした外国人プロフェッショナルに米国移民の門戸を閉ざす行為は、「アメリカン・ドリームの終焉」を宣言するものであり、米国のソフトパワーを自ら傷つける措置として繰り返し非難された2。外国人の専門職を頼る米国企業Cognizantや、Infosysといったインド企業も批判の声を挙げ、政府の対応は優秀な人材をイギリスやカナダなど他国に流す行為であり、経済的な自傷行為であると批判した。ワシントンポストも米国渡航が急遽叶わなくなり別離することになったインド人家族の不遇を報じた3。米国の成長企業を支えてきたインド人移民は、一夜にして「米国経済復興へのリスク」と位置づけられた。コロナ禍前のトランプ大統領最後の外遊はインドであった。その時、首脳会談においてインド側が提示した主要アジェンダの一つが、H−1Bヴィザの改変を防ぐことにあったことを踏まえると、今回の大統領布告は、米印関係にも禍根を残すものとなった。

 ただ、興味深いことに、これほどの反対意見を喚起しながら強引に進めた大統領布告であったにも関わらず、実施された政策との間には、いくつか重要なギャップが認められる。移民政策を通じて「偉大な米国を取り戻す」ためには、米国社会が「本来ある形を取り戻す」ためには外国人排除しかないという社会政策のロジックと、外国人労働者なしには米国経済が立ち行かないという経済政策のロジックが交差する現実がそこには現れていた。二点気づいた点を指摘したい。

 第一に、ヴィザ制限にかかる大統領布告の施行対象が、当初危惧されていたより狭く抑えられていた事実である。移民法務を専門とする法律事務所によれば、新型コロナウイルスの感染拡大後、政権がH−1Bヴィザに手を付けるとの噂が絶えず立ち、各企業、とりわけH−1Bヴィザ業務を担当するGlobal Human Resources部門の担当者らはショックに備えていた。既にトランプ政権発足以来、H−1Bヴィザ発給数は漸次的に制限され、配偶者の就労が不可になるなど、実質的な締め付けは既に進んでいた。もっとも危惧されていたのは、既にヴィザを保有し米国内で就業している外国人人材のヴィザが何らかの形で奪われることにあった。米国の政府判断が不安視される中で、最終的に適応対象が布告時点で国外に滞在している者に限られ、怖れていた米国内にいる外国人のヴィザ停止、滞在制限、強制退去につながる措置は回避された。布告の額面通り「米国の労働市場を外国人から守る」とするならば、より強い措置も想定されていた。我々外国人からすれば、厳しい布告であったが、米国企業の視点からすると、想定された中でも最も弱い政策選択であり、最悪の事態を想定していた担当者たちから見れば、肩透かしですらあった。

 第二に、同じ外国人に対する政策と言っても、外国人農業従事者に対するヴィザ政策に焦点を当てるか、高度人材H−1Bヴィザに焦点を当てるかで大きく米国の移民政策の流れの印象が変わる。新型コロナウイルス拡大によって混乱した米国の労働市場対策としてトランプ政権が最初に行ったことは、厳密には外国人を締め出すことではなく、国内に引き留めておく政策であった。その最大の目的は、緊急事態下でも食料サプライチェーンを機能させる農業作業労働者、食肉加工労働者、そして、春の収穫シーズンに必要な季節労働者等を確保することであった。しかし問題となったのは、彼らに十分なウイルス予防策が講じられず、劣悪な環境下での作業を強いたため、感染率が上昇したことにあった4。農業分野の感染死亡率は業種別でトップである。

 4月に入って、いよいよ加工工場の労働者に死者が発生するケースが頻出し、大手企業も含めて工場稼働率が下がっていく中で、流通市場における食肉等の供給は減じていた。組合は労働者の感染の危険性を顧みずに操業を続ける企業の対応に強い不満を訴え、各州知事に、対策を怠る企業に対する操業停止命令を出すよう迫っていた。とりわけ食肉サプライチェーンの崩壊は一歩手前であった。

 そのような状況下で大統領は4月28日に「新型コロナウイルスによって生じた国家非常事態時における国防生産法に基づく食料サプライチェーンにかかる行政令」に署名した5。連邦政府として、食品加工の保護に本気に乗り出したというシグナル効果が発揮され、州によっては州知事のイニシアティヴで、民事訴訟の免責を州令で認めるなど、食品加工業の追い風となるよう法整備を進め稼働率はこの後一気に回復した。

 問題は、外国人労働者である。それまでメキシコ人を指して、犯罪者、レイプ犯、薬売人などと散々悪態を吐いてきた大統領も、この文脈では掌を返したように、「彼らは『Essential Workers』である」と持ち上げた。「外国人労働者から労働市場を守る」と謳った4月22日の大統領布告に、農業労働者用のヴィザであるH−2A、H-2Bは含まれていない。むしろ、ヴィザ発給、延長手続きの簡素化が別途措置されている。

 もっとも、ヴィザの発給簡素化を含め、メキシコ人労働者はこれら一連の対応を快く思ってはいなかった。ヴィザの発給の簡素化は一見労働者の利益になるが、それ以上に企業の利益であった。労働者の供給ルートが開かれているということは、既存の労働者の待遇改善にかかる交渉能力を削ぐものであった。防疫措置を徹底せずに外国人労働者をEssential Workerと持ち上げ、半ば強制的に働かせる構造は、同じくEssential Workerとして讃えられた医療従事者とは、あまりに異なるものであった6

 メキシコ人への対応の酷さが変わらないにせよ、コロナ禍を通じて米国の現在の移民政策は、排除一辺倒からやや方向が転換してきた兆しが見える。その点を考慮すると、大統領布告の威勢の良い掛け声は、外国人に依存する経済運営を認める政策転換に気づかれないよう、国民の目眩しの目的があったのではないかとも解釈できる。H−1Bヴィザの影響を受けたインド人はしたがって、いわば流れ弾に当たったようなものである。

 The New YorkerのBlitzer記者によれば、トランプ大統領は移民政策を初めてその公約の中心に掲げ、勝利した大統領であった。それまで知名度だけでポリシーなど存在しないと思われた泡沫候補が2016年8月にフェニックスで行った移民政策のスピーチ(スティーブン・ミラーが執筆)を通じて、共和党保守が担げる「ポリシーのある」候補に変身した経緯がある7。それだけに、2020年11月の大統領選挙を戦う上でも、移民政策の成果をアピールすることは必要不可欠であろう。ただし、コロナ禍を経て、政策に変化が出てきただけに、2016年と同じトーンになるかは疑わしい。非常事態宣言下にあっても全米の消費者の元に食料が届いたのは、メキシコ人労働者の犠牲の上に成り立っており、株高に沸く米国の大企業の経営やテレワークへの移行において、いかに米国経済がインド人をはじめとするH−1B ヴィザの高度人材に支えられたのか、この辺りの「成果」は威勢の良い大統領の排外的なナラティヴとは相性が良くない。移民政策を形作る社会政策と経済政策の歪みが今回の大統領布告で顕在化したと言えよう。

 今後、大統領選挙に向けて、移民政策の成果をどのようにまとめて行くのか、トランプ政権にとっては大きな課題となる。前回の大統領選挙の際に移民政策を一つのプラットフォームとして選択し、今回コロナ禍で政策対応を求められた以上、避けられないクエスチョンである。バイデン陣営も、移民政策が争点となることを織り込んで着々と準備を進めている。“Biden Plan for Securing our Values as a Nation of Immigrants8”としてマニフェストを掲げ、とりわけ、ヒスパニック・コミュニティの支持を固めるために、Valueを前面に掲げた移民政策を実施することをアピールしている。

 大統領選の文脈においても、移民政策が社会政策のロジックと、経済政策のロジックの間で揺れるのは必至であり、選挙後にどのようなバランスに落ち着くのか、その点が米国の長期的な移民政策の趨勢を決するであろう。
 

(了)
1 “Proclamation Suspending Entry of Immigrants Who Present Risk to the United States Labor Market During the Economic Recovery Following the Covid-19 Outbreak” White House, April 22, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/proclamation-suspending-entry-immigrants-present-risk-u-s-labor-market-economic-recovery-following-covid-19-outbreak/>(2020年8月18日参照)
2 インドのメディアはとりわけ、「アメリカン・ドリームの終わり」という言葉を多用した。
Ramesh Susarla Anantapur, “American dream shattered” The Hindu, July 12, 2020. <https://www.thehindu.com/news/national/andhra-pradesh/american-dream-shattered/article32060055.ece>(2020年8月18日参照)
Rekha Dixit “American dream goes distant: Trump's plans on H1B visa have Indians on tenterhooks” The Week, June 22, 2020. <https://www.theweek.in/news/world/2020/06/22/american-dream-goes-distant-trumps-plans-on-h1b-visa-have-indians-on-tenterhooks.html>(2020年8月18日参照)
3 Emily Schmall and Sophia Tareen “First coronavirus then Trump order split Indian families” The Washington Post, July 3, 2020. <https://www.washingtonpost.com/world/asia_pacific/first-coronavirus-then-trump-order-split-indian-families/2020/07/03/1d6c29b8-bceb-11ea-97c1-6cf116ffe26c_story.html>(2020年8月18日参照)
4 Fielding-Miller, Sundaram, Browlerの研究によれば、全米の地方部で死亡率が高いのは、1.非英語話者、2.農業従事者、3.貧困状態にある者である。メキシコ人農業労働者は全てに当てはまる。
Rebecca K Fielding-Miller, Maria E Sundaram, Kimberly Brouwer “Social determinants of COVID-19 mortality at the county level” medRxiv, July 1, 2020. <https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.05.03.20089698v2>(2020年8月18日参照)
5 “Executive Order on Delegating Authority Under the DPA(Defense Protection Act)with Respect to Food Supply Chain Resources During the National Emergency Caused by the Outbreak of COVID-19” White House, April 28, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/executive-order-delegating-authority-dpa-respect-food-supply-chain-resources-national-emergency-caused-outbreak-covid-19/>(2020年8月18日参照).
企業が期待し、労働者が懸念した、農務長官の権限強化や企業の免責条項は明記されていなかったものの(例えば、州の保健当局が閉鎖命令を出した食肉加工工場を連邦政府の命令で覆す権限、労働者がウイルスに感染して死亡したとしても、企業は免責される等)、操業の停止権限や免責条例の制定権限を持つ州政府を動かすには効果を発揮した。
6 PBSで放送されたドキュメンタリー “COVID’S Hidden Toll” が大変参考になる。“COVID’S Hidden Toll” PBS, July 21, 2020. <https://www.pbs.org/wgbh/frontline/film/covids-hidden-toll/>(2020年8月18日参照)
7 Jonathan Blitzer, “How Stephen Miller Manipulates Donald Trump to Further His Immigration Obsession”, The New Yorker, February 21, 2020. <https://www.newyorker.com/magazine/2020/03/02/how-stephen-miller-manipulates-donald-trump-to-further-his-immigration-obsession>(2020年8月18日参照)
8  “Biden Plan for Securing our Values as a Nation of Immigrants” BIDENHARRIS, <https://joebiden.com/immigration/>(2020年8月26日参照)
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