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論考 2018/07/26

米朝首脳会談再考と日朝の構図
―ジョージ・W・ブッシュ政権期との比較から―

渡辺将人(北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授)

 北朝鮮外交は、長く深く関係した者ほど懐疑的になる。合意が反故にされる「裏切りの歴史(history of cheating)」の反復が、現場のトラウマの原因だ。交渉過程が険しい道だったときほど、積み重ねた苦心の合意が一瞬で崩れ去る徒労感はなかなか消えない。米朝枠組み合意(1994年)、6者協議の合意(2005年)と、落胆を何度も当事者として味わうと「どうせ北朝鮮は動かない」とシニカルにもなる。6者合意までの長丁場の交渉を北京で見届けた翌年、別取材で居合わせた平壌から今度は7発のミサイル発射を現地速報するはめになった経験がある筆者としても、この懐疑的な心理は理解できる。

 しかしそれでもなお、外交の相場感に縛られないトランプ大統領に国際社会の期待感も募った。だが、6・12米朝首脳会談の合意は、非核化の検証に具体性が伴わず(過去の合意と比べむしろ後退)、案の定米専門家筋の反応も芳しくなかった。首脳レベルで合意を「紙」に持ち込んだのは初めてであり、過去合意と同列評価できないのも事実だ。だが、落胆感は訪朝を重ねるポンペオ国務長官以下すべて、つまり大統領を除くトランプ政権全層に漂っているという。

 他方、米朝関係史上、アメリカが北朝鮮の存在を事実上「承認」したことは異変であった。朝鮮戦争はアメリカでは「忘れられた戦争」であるが、北朝鮮は国を挙げて「米帝」と臨戦態勢にある。1950年代で時計の針が止まっている国からのアメリカへの罵りと挑発は一方通行で、米朝関係は常に非対称だった。両国の国旗を背に米朝首脳が握手するだけで、北朝鮮には悲願の一里塚である。北朝鮮側にとっては、制御が及ばない海外メディアの生中継に指導者をさらすリスクを受け入れる価値は大いにあった。

アメリカ国内の評価の「錯綜」

 アメリカ国内の世論は、歴史的会談は評価するが非核化に関しては悲観的という捻れた反応を示している。APとシカゴ大学全米世論調査センター(NORC)の6月21日発表の調査1では、55%がトランプの北朝鮮外交を評価しつつ、同時に52%が米朝交渉での核放棄実現には可能性無しとしている。大統領支持率とも継続的な連動兆候がない。ギャラップ調査2では、米朝会談の週(6月11日~17日)こそ支持率45%と就任時以来の高さを記録したが、翌週には41%に落ち込み7月中旬現在も回復していない。

 超党派の外交・不拡散政策専門家は、米朝首脳会談の合意に、現時点ではCVID(完全かつ検証可能で不可逆的な非核化)の水準で落第点を与えている。これとは別に、民主党内では2つの要因が否定的評価の原因となっている。第1に何より「党派性」要因だ。議会指導部から末端まで、中間選挙を意識し、「反トランプ」で米朝会談を「失敗」と定義する動力だ。だがあくまで党派要因だ。民主党大統領が同じ会談をしたら賛美していたに違いない。第2に「人権」要因である。リベラル派は軍事攻撃回避の点では会談開催は評価しているが、権威主義体制の「追認」には批判的で、後段のポイントではリベラルホークとも問題意識は重なる。しかし、朝鮮戦争終結に持ち込めるならば、「ワシントンにしがらみのないトランプらしい思い切った外交」と評価するリベラル系知識人も少数存在し、リベラル派内でも政治家とアカデミアの間に一定の温度差がある(イラク戦争に原理的アカデミック・リアリストが反対した、共和党側のかつての「リアリスト内分裂」にも一部類似している)。

 他方、共和党内も複雑で、米朝会談直前の中止騒動で、「中止が妥当」と評価していたはずの議会幹部らは一転、会談後は静観ないしは一定の評価を迫られている。第1に、「オバマ神話潰し」への効果だ。オバマ政権が「戦略的忍耐」として北朝鮮政策で慎重策に徹したのは、成果の見積もりの低さと共に、無闇に中国に借りを作らない意図もあった。だが、棚上げ策の間に北朝鮮が核・ミサイル開発を進めたとの批判には理がある。本来、地元利益に密着した中間選挙の投票に外交が直結する割合は小さいが、「オバマが避けた難題にトランプが果敢に立ち向かう」構図は共和党支持者に心地よい。トランプのノーベル賞「意欲」も、期待感だけで受賞してしまったオバマへのあてつけだ。オバマ前大統領の回顧録を仕上げる筆も止まっているに違いない。トランプ政権の米朝外交の行方が、オバマ外交の総括の仕方に相対的に影響を与えることは必至だからだ。

 第2に付随的であるが、米メディアの米朝交渉への一喜一憂が報道枠を奪い、「ロシア疑惑」から有権者の目を逸らす間接効果である。そして第3に「アメリカ・ファースト」要因だ。財政政策では共和党内で反トランプ急先鋒派のリバタリアンが、北朝鮮政策ではトランプ支持に回っているのは興味深い。軍事攻撃回避への評価と在韓米軍縮小への期待感からだ。トランプの「負担」中心の同盟観(中山論考 参照)3への共鳴と言える。ランド・ポール上院議員は「米朝会談でボルトンはお子様席に座っていてくれればいい」とポンペオ路線を評価し、ボルトン補佐官を脇に追いやることにあからさまな期待感を示した。

ジョージ・W・ブッシュ政権期を振り返って

 北朝鮮は、交渉そのものよりも、国際情勢など外部環境で受動的に動く性質がある。1990年の金丸訪朝団は、北朝鮮の米ソ冷戦終焉への焦り、また2002年の小泉訪朝と拉致問題の謝罪は、9・11後のアメリカの強硬路線への怯えが引き金だった。アメリカ歴代政権の政策担当は超党派で、大統領を北朝鮮と対等の土俵に上げることを最悪の選択と信じてきた。「外交常識」に沿わないトランプ政権の誕生があったからこそ米朝会談が実現したと言える。

 だが、トランプ大統領のリスクは会談そのものよりも会見に潜んでいる。その饒舌は選挙では武器だが外交では命取りになりかねない。国内演説では、怒らせたい仮想敵と喜ばせたい支持層の計算で成功している。天性の「煽り屋」とも言える。だが、外交では敵の敵は味方程度の方程式では済まない。2国間争点、あるいは支持者向け発言のつもりが、波状的に多国間や他の2国間関係に影響しかねず、ブレーキ意識は必須だ。生中継では尚更である。だが、シンガポールでも報道官は大統領の饒舌を制止できず延長を放置した。関係者の度肝を抜いたのは、米韓軍事演習中止の発言であった。「同盟」にはさすがにマイナス、というのが日本の政府関係者の総括だ。思わぬ場外乱闘で怪我をしたようなものだ。「積み上げてきたものが崩れていく。現場で細かく詰めても水の泡」と落胆の声が漏れ聞こえる。韓国も米朝会談の1か月前、超党派米連邦議員団をソウルに招き、半島の非核化と共に米韓同盟の強化も確認しあった矢先だった。訪韓した共和党下院議員らは、完全に自分の党の大統領に顔を潰された格好である。

 トランプ政権は北朝鮮への経済支援と非核化の費用を公費で払う意志はなく、韓国など関係国頼みであるが、これは米朝枠組み合意における軽水炉供給と同様の展開だ。ジョージ・W・ブッシュ政権期(以下ブッシュ政権)、日本は、拉致問題が未解決では国内世論が経済支援を認めないという論理で通し、これは6者協議の場では効果的だった。ただ米側の不拡散専門家に「日本は非核化への本気度が低い」との誤解を与える副作用もあった。それに学んでか、今回日本は経済支援と切り分け、非核化費用は負担の構えを見せている。

 北朝鮮外交には「バイ(2国間)とマルチ(多国間)の反比例」の法則があるとされる。2国間交渉が有利だと考える北朝鮮側の意向もあり、北朝鮮外交は「仕込み」の段階では常にバイで極秘裏に進む。バイが進展すると、マルチの協調体制は有名無実化する。だが、バイの急進展は一定ラインで止まる。関係国の内外で拙速な展開への牽制が起動するからだ。案の定、ロシアが6者的枠組の復活を望んでいる気配だ。たしかに、6者協議はおおっぴらにできない2国間接触を非公式に行なう便利な隠れ蓑的な装置ではあった。

 だが、6者協議は議長国の中国主導の枠組みでもある。ブッシュ政権期、中朝首脳間の隙間風はより強く吹いていた。金正日総書記がイラク戦争を横目に不安にかられ、訪中して6者合意とは別建てのセキュリティ(後ろ盾)を中国に求めたものの、米中衝突を好まない中国に冷ややかにされた。核開発加速化の一因とも米外交筋では分析されている(中国の対応次第では6者合意の寿命にも脈はあった可能性)。野放しは「暴発」につながると悟った中国は、今回のサイクルでは背後で絡み、地域内での対米牽制を睨み、ある種の代理会談の性質も一部浮き彫りになりつつある。米中は非核化の捉え方にも温度差がある(森論考 参照)4。かつては中国の「責任感」を引き出す正の効果があった6者協議も、現在の各国の図式ではフェアに作動しない可能性もある。

 予想外の米朝急接近は今に始まったことではない。クリントン政権は、末期にオルブライト国務長官訪朝に伴い米朝急進展を本気で予期し、国務省が朝鮮語に堪能な半島専門家の緊急増員を検討したことがあった。また、北朝鮮を「悪の枢軸」と罵っていたブッシュ政権も、イラク戦争で失墜した威信を北朝鮮への「賭け」で回復しようと、政権末期に態度を豹変させた。ブッシュ政権期に複数の米朝関係筋が筆者に明かしたところによれば、平和条約や米連絡事務所の平壌への設置もテーブルに載せていた(つまり、交渉材料レベルでは「平和条約視野」はトランプ政権に目新しいことではない)。ブッシュ政権は、表では国連決議で制裁の構えを見せつつ贅沢品の規制など時間稼ぎの制裁に終始し、テロ支援国家指定も解除した。2006年の初の核実験直前、政権代理人のキッシンジャー元国務長官も極秘に北京で胡錦濤国家主席(当時)と会談し、北朝鮮のミサイル発射停止と核開発凍結の引き換えに米朝国交正常化する「パッケージ案」を提案したとされる(核実験阻止には間に合わなかった)。

 この時期の米側の動きを日本が掴むのは概ね事後で、核実験後の6者協議の電撃再開も寝耳に水だった(ただ、「模擬6者」を東京で仕込むなど、日本主導の水面下の努力も重ねていた)。結局、日本はブッシュ政権に米朝接近の真意を正面からは問わなかった。しかし、「政治本意の判断」と「政策本位の判断」(森論考の分類)5でいえば、ブッシュ政権末期は「政治本意の判断」が、不拡散専門家の「政策本位の判断」を押し切っていた(外交を「動かす」ことに食指が動きやすい地域専門家に対して、不拡散専門家は一貫して政権の「ベタ折れ策」に批判的だった)。今回のトランプ政権期は大統領本人が牽引役だとすれば、日米首脳間連絡が密なことに価値はある。ただ、その大統領本人が「不確実性の塊」であり、念押しの情報を現場に持参させても、それが会談や交渉に反映される保証がない。

「お膳立て」外交? 日朝をめぐる「構図」

 日米政府関係者内の見解に、トランプ大統領は「お膳立て主義」ではないか、という見立てがある。つまり、最初の土台だけ作るので、あとは不拡散でも拉致でも、関係者で詰めてくれという発想だ。だから本人はシンガポール会談を本気で成功だと信じているし、お膳立てしたのになぜ失敗なのだと考える。あとは現場や当事国で詰めてもらう話だと。それも終盤まで面倒を見るのではなく、初動の種だけ播く感覚だ。日本が独自に動く姿勢を迫られているのも納得できる。

 ただ重要なのは、形だけ日朝首脳で会うことと、真に成果を出すことの谷間は相当に大きいことだ。北朝鮮は日米の温度差に付け込み、両者を分断するカードに拉致問題を利用してきた。北朝鮮は安倍総理を納得させれば拉致問題は終結できると考え、横田めぐみさんの娘や孫と家族の面会も実現させてきた。しかし、TPPや日ロ関係が暗礁に乗り上げる中、安倍外交が北朝鮮で過度なリスクをとれなくなった経緯は周知の通りだ。さらに小泉訪朝時代との背景の「構図」も異なる。

 第1に、北朝鮮には米朝関係が冷却すると日朝関係の改善に傾く法則があるが、現在は米朝が急進展中で日朝接近への切迫感が限定的なことだ。第2に、小泉総理は国交正常化をゴールに、そのための拉致問題解決を描いたが、近年は正常化ではなく拉致問題自体の解決が目的となっている。当時、北朝鮮は「過去の清算」を前提に拉致を謝罪した。だが、この十数年で核・ミサイル問題は悪化し、正常化の機運は失せている。北朝鮮が横田めぐみさんのものとした遺骨がDNA鑑定で偽と判明して以降、拉致再調査の本質的な進展も見られない。第3に、事務レベルの「仕込み」だ。小泉訪朝時の事前の代理人極秘接触のような方式を採用するかはともかく、「生存者なし」の調査結果を全面撤回させる上で綿密な「仕掛け」が要る。

 他方、かつて政府内には、拉致は金正日時代に解決しないと動かなくなるとの焦りがあったが、「代替わり」が奏効する可能性もある(金正恩委員長が金正日時代の決定事案をどう扱うのか、という不確実性もある)。また、日米関係が盤石なときにこそ日朝は冒険できる、という法則もある。そして、(皮肉にもミサイルの飛距離が伸びたことで)ブッシュ政権期に存在した対北朝鮮の脅威認識の日米温度差は縮まった。トランプ大統領が拉致に言及し続ける姿勢も梃になっている。ただ、ブッシュ政権以来、米側が水面下で日本に問い続けてきたのは拉致問題解決への具体的な道筋の提示だった。オバマ政権期に北朝鮮問題の進展の足踏みと共に止んでいたこの米側の要求が再燃することにも日本は備える必要があり、多方面で日本外交の正念場となる。

(了)


(参考)

中山俊宏「トランプ外交の一貫性―シャルルボワ、シンガポール、ブリュッセル、ヘルシンキで見えてきたもの―」(笹川平和財団「SPF アメリカ現状モニター」論考シリーズ、2018年7月25日)

森聡「シンガポール米朝首脳会談と交渉プロセスの先行き」(笹川平和財団「SPF アメリカ現状モニター」論考シリーズ、2018年7月25日)

渡辺将人「オバマ政権の対日本政策」『オバマ政権のアジア戦略』久保文明編(ウェッジ選書、2009年11月)所収、 68-115頁

渡辺将人「オバマ政権の対韓国政策」『オバマ政権のアジア戦略』久保文明編(ウェッジ選書、2009年11月)所収、168-215頁

1 "American Attitudes Toward International Relations", The Associated Press-NORC Center for Public Affairs Research, June 2018,<http://apnorc.org/projects/Pages/American-Attitudes-Toward-International-Relations.aspx> accessed on July 24, 2018.
2 "Presidential Approval Ratings -- Donald Trump(GALLUP世論調査/大統領支持率)", GALLUP, < https://news.gallup.com/poll/203198/presidential-approval-ratings-donald-trump.aspx> accessed on July 24, 2018.
3 中山俊宏「トランプ外交の一貫性―シャルルボワ、シンガポール、ブリュッセル、ヘルシンキで見えてきたもの―」(笹川平和財団「SPF アメリカ現状モニター」論考シリーズ、2018年7月25日)<https://www.spf.org/jpus-j/investigation/spf-america-monitor-document-detail_5.html>(最終検索日:2018年7月26日)。
4 森聡「シンガポール米朝首脳会談と交渉プロセスの先行き」(笹川平和財団「SPF 「アメリカ米国現状モニター」論考シリーズ、2018年7月25日)<https://www.spf.org/jpus-j/investigation/spf-america-monitor-document-detail_6.html>(最終検索日:2018年7月26日)。
5 同上。

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