笹川平和財団 中東・イスラム事業グループ
中東情勢研究会「イランにおける抗議運動」
2018年1月30日(火)

イランにおける社会運動とスローガンの弁証法

山岸智子明治大学教授

本発表では、西暦2017年12月末から2018年1月初旬、すなわちイラン暦1396年デイ月にイラン各地で発生したデモについて取り上げます。このデモは大きく報道されていますが、イランで民衆が街頭に出て抗議行動をするのは、実は珍しくなく、20世紀初頭のイラン立憲革命、1979年のイラン・イスラーム革命、2009年の緑の運動等数多くのデモを経験しました。ロウハーニー政権になってからは政権が規制を緩めたためデモも増えています。

補助金削減が引き金に

 アメリカの社会科学者ジェームズ・C・デイビス氏の提唱した「J曲線理論」を今回のデモにも応用できるかもしれません。経済制裁で苦しかったところ、2015年の「核合意」後、経済制裁が解除され、経済も好転するという期待が国民の間で高まっていました。しかし実際には、彼らが期待したほど生活は改善されませんでした。国内総生産(GDP)は増加したように見えますが、人口の多い20~34歳の若年層の失業率は高いままです。主力産業の石油生産は増加したものの雇用に結びつかず、海外からの新たな投資もあまりありません。ドナルド・トランプ米国大統領が核合意を破棄する可能性があるからです。
 ロウハーニー大統領(2013年8月から現職)は、アフマディーネジャード前政権時代のバラマキ政策による財政圧迫からの回復を目指し経済再建を約束しています。そこで補助金を削減し、そのかわりに低所得層には毎月現金を支給するという政策を実行したわけですが、さらにその補助金受給基準を厳しくし、2017年1月には485万人が補助金リストからはずれました。これが今回のデモの火種になったのです。

それほど危険なことは起こらなかった

 デモは12月28日に北東部マシュハドで始まり、全国に拡大しました。当初は、鶏肉やガソリンなどの物価の高騰に抗議するデモだったようです。
 今回のデモが国際社会から注目されたのにはトランプ大統領の影響があります。彼は大統領就任以降、たびたびイランを非難しており、今回の抗議行動をもちあげるツイートをしました。ボルトン元国連大使や共和党強硬派、更にバンドワゴン効果で現れた有識者も同様の論調です。
 一方、イラン側からは「イラン国内で騒擾が起きるのは外国のたくらみだ」との見方が示され、1月9日、最高指導者アリー・ハーメネイー師は「合法的な抗議活動をイスラーム共和国転覆の混乱に変えようとした外国の企みは失敗した」と発言しました。抗議活動自体は合法的であり、すでに収束している、との意です。
 今回のデモは危機的であったとは考えにくいです。アメリカが抗議行動を支持したくとも実質的になす術がないとの指摘もあります。アメリカにイラン人の入国規制をしている中で何ができるのか、好き勝手言っているだけと受け取られています。
 私は最近、ネット上でのイラン人ネットワークに関心を寄せているのですが、イランでは好まれるアプリが1~2年おきに変わります。緑の運動ではFacebook(フェイスブック)がよく使われ、次にViber(ヴァイバー)が流行ったのですが、最近はロシア系のアプリTelegram(テレグラム)です。政府はSNS規制をしてデモを阻止しようとしますが、いたちごっこです。規制をしてもそれを迂回するテクニックが次々出てきます。

「シェアール(She‘ār)」から見たデモ:短絡的で遊びの少ないスローガン

 シェアールとは、自然発生的な街角の人々の声、スローガンやシュプレヒコールのようなものですが、イデオロギーの言葉とは異なり、単純でわかりやすい。そして多くはペルシア語の詩の韻律にのって、リズミカルです。
 1978~79年のイラン・イスラーム革命は、みんなで同じことを叫んでいるうちに一体感が生まれ、政府転覆に到ったと考えられます。シェアールは民衆のイメージの共有と一体感の創出を可能にし、運動や革命を推進する大きな力となるのです。
 2009年の緑の運動では、イラン・イスラーム革命のときと同じようなパターンのシェアールが登場しました。たとえば、「~に死を」の使われ方。イラン・イスラーム革命では「シャーに死を」、イラン・イスラーム共和国成立後から「アメリカに死を」、そして2009年の緑の運動では「独裁者に死を」と繰り返されました。

緑の運動、革命時のシェアールの応用

 「~も、~も、もはや効果はない」もイラン・イスラーム革命のときからのパターンです。イラン・イスラーム革命のときのシェアール「大砲も、装甲車も、機関銃も、もはや効果はない。母に伝えてくれ、もはや息子はないものと」はよく知られていました。緑の運動では、前半部分を「告白も、拷問も、もはや効果はない」のように状況に合わせて言い換えていました。ただ総じて、言葉の遊びの要素が少なくなったように感じられました。

今回のシェアールの特徴 1:イラン・ファースト

 今回のシェアールには、「イラン・ファースト」が顕著なものがあります。「シリアは放っておけ、われわれの状況を考えろ」「ガザでもなく、レバノンでもなく、私の命はイランのために」がその例です。ちなみに前者は有名なスローガン「西側でもなく、東側でもなく、イスラーム共和国」の応用です。「私たちはアーリア人だ、アラブを崇めたりはしない」のように、人種主義的な主張もあります。実のところイランは多民族国家であるにもかかわらず。

特徴 2:最高指導者、イスラーム法学者に対して

 抗議側からの「これは皆兵になるべく来ている、(最高)指導者に対抗してやってきた」――これは最高指導者を支持するシェアールを「~に対抗して」と言い換えています。抗議側は「セイエド=アリー、恥を知れ、国家を手放せ」(セイエド=アリーとは最高指導者のこと)と叫んだのですが、それに対抗するかのような「セイエド=アリー、赦してくれ、さあ立ち上がってくれ」とのシェアールもみつかります。
 イスラーム法学者に対して、「坊主ども、恥を知れ、国家を手放せ」、「若者は失業中、坊主は王宮の中」、「国民は乞食をしている、旦那は神ごとをしている」など、手厳しいものが見出されます。「大砲、装甲車、爆竹、坊主どもは失せろ」は、前述の「大砲も、装甲車も」の応用ですが韻律はくずれ、乱暴な言葉を付け加えていて、シェアールの出来としては高く評価できません。
 「今日は哀悼、哀悼の日、私たち国民の権利/給料は今日も袈裟の下」――これは緑の運動のさなか、2009年12月にモンタゼリー師が死去した際の「哀悼だ、今日は哀悼の日だ、イランの緑の民が、哀悼をつかさどる」をもじっているのですが、これも韻律は悪いです。

パンと仕事と自由を

 今回のデモのシェアールのハイライトは「パンと仕事と自由を」だと思います。非常にシンプルだけどリズムも良いし強い言葉です。
 イラン国外でも、シェアールを共有するイラン系の人たちのデモが、緑の運動に比べると小規模ながらありました。1月7日、ニューヨーク市での20名ほどの集会で“Bread, Jobs, Freedom”などと書かれたポスターが掲げられています。

イスラームの文脈からの批判の少なさ

 今回の特徴は、イスラームの文脈からの批判・弾劾がほとんど見当たらないことです。イラン・イスラーム革命や緑の運動では、「アッラーホ・アクバル」の叫びが空を覆ったのですが、今回のデモはそれがなかったようです。
 「改革派も原理主義派ももうおしまい」というシェアールも興味深い。YouTube(ユーチューブ)には、抗議する若者の「選挙なんて行ったことない」という動画がアップされていて、「私の票はどこ」というシェアールから始まった緑の運動とは対照的です。
 総じて、今回のデモにおけるシェアールは、今までのシェアールを形式でもイメージでも崩しており、その分の何かを新しいものをつくるための遊びと創意もあまり見出すことができませんでした。
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