論考シリーズ
SPFアメリカ現状モニター
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No. 61
2020/4/15
サンダースと敗退した候補たち
中山 俊宏
慶應義塾大学総合政策学部教授
4月8日、バーニー・サンダースが選挙キャンペーンを停止すると表明した。あっけない幕切れだった。当初28人にも及んだ民主党大統領候補は、これでジョー・バイデン前副大統領に事実上確定したことになる。バイデン支持者を除けば、煮えきれない思いが残る結果だろう。
28人は多様な候補の集まりだった。女性候補が6人。これはこれまでで最多だ。うちエリザベス・ウォーレンは昨年の夏頃はもっとも勢いがあった。エイミー・クローブシャーは、中道派の候補として粘り続けた。カマラ・ハリスは、予備選が正式に始まる前に撤退したものの、黒人女性候補として注目を集めた。マイノリティ候補も7人いた。
「メイヤー・ピート」の愛称で支持者から親しまれたピート・ブティジェッジは、初のLGBTQ候補だった。数年前はLGBTQ候補がここまで善戦することは考えられなかった。意外だったのは、アジア系のアンドリュー・ヤンの善戦だった。有力候補の仲間入りはできなかったものの、トランプのキャンペーン・スローガンであるMAGA(Make America Great Again)の向こうを張ったMATH[数学](Make Americans Think Harder)」を掲げ、「ヤン・ギャング(Yang Gang)」と呼ばれた支持者たちの熱狂的な支持を取りつけた。他にも、複数の上院議員、下院議員、知事、そしていま新型コロナウィルス危機への対応に奔走するニューヨーク市の市長らがいた。
彼らの政治的キャリアはまだまだこれからだ。まだ30代のブティジェッジは間違いなく、明日の民主党を担うリーダー予備軍だ。ベト・オルークやフリアン・カストロにしても、今後も彼らの名前をしばしば耳にすることになるだろう。ウォーレンにしても若くはないが、まだまだ上院で果たすべき役割があると考えているだろう。
そこでサンダースだ。サンダースは78歳。上院の任期は2024年までだ。2016年と20年、2回連続大統領選挙民主党予備選に出馬し、多くの予想を裏切り、両レースで最後まで指名争いに絡むことになった。16年は「メッセージ候補」だったが、20年は本人も周囲も本気でホワイトハウスを目指していた。
2月に始まった予備選の最初の3州(アイオワ、ニューハンプシャー、ネヴァダ)では最多得票で、筆頭候補の座を固めたかに見えたが、「民主的社会主義(democratic socialism)」を標榜するサンダースが選出されることに危機感を覚えた民主党は、総動員でバイデンを押し上げた。
28人の候補中、少なくない人数の候補たちが、この選挙戦をきっかけに、さらに大きな役割を果たしていくことになるだろう。しかし、バイデンも含め、この選挙を通じて(サンダースの場合は2016年の選挙も含めてということになろうが)、アメリカ人の政治意識に深い痕跡を残した候補が他にいるかといえば、それはサンダースをおいて他にいないだろう。
2016年当時、サンダースが「ポリティカル・レボリューション」の一環として掲げた政策は、アメリカには急進的すぎて到底受け入れられないだろうとの見方が強かった。しかし、いまやその多くが民主党のアジェンダになっている。それが実現するかどうかは別にして、メディケア・フォー・オール(国民皆保険)、公立大学の無償化、グリーン・ニューディール、格差是正などは、少なくともリベラル派の間では、目指すべき方向(aspiration)としては共有されている。彼の意思を継ごうとする左派系の若手議員たちの存在もある。サンダース・キャンペーンに参加した若き活動家たちは、今後も政治に関わり続けるだろう。その筆頭は、ニューヨーク選出のアレクサンドリア・オカシオ=コルテス下院議員だろう。まだ30歳の彼女は、いまのサンダースの年齢に達するまであと50年近くある。
これまで選挙に敗退しつつも、政治意識に深い痕跡を残した政治家がアメリカには何人かいる。まず思い浮かぶのは、バリー・ゴールドウォーターだ。彼は1964年の大統領選挙で現職のジョンソン(LBJ)に惨敗したものの、アメリカにおける政治的保守主義運動の誕生を方向づけた。1980年の大統領選挙でレーガンが当選したとき、保守派の活動家たちは、1964年の大統領選挙の結果がやっと16年経って実現したと歓喜した。
次は1972年のマクガバン・キャンペーンだ。ジョージ・マクガバンもやはり現職のニクソンに惨敗する。しかし、マクガバン・キャンペーンに参加した若者たちが、次の世代の民主党を担っていくことになる。それがビル・クリントンであり、ゲーリー・ハートらである。彼らは80年代以降の民主党を支えた。さらにマクガバンのリベラリズムは、オバマのそれを先取りしていたとの見方もある。あとは2004年の民主党予備選で敗退したハワード・ディーンのキャンペーンもそうした例の一つだ。ディーンは、それまでの民主党が「ポジション取り」で選挙に臨んでいたところに、「信念のリベラリズム」を掲げた。ディーン旋風は、グラスルーツのリベラル派との共振現象を起こし、後の左派の復活のきっかけとなっていく。
こう考えていくと、サンダースは、たしかに2016年と20年と、2回連続敗退したものの、連邦政府のあり方、アメリカの世界との関わり方、そしてなによりもアメリカにおいて「可能なこと」と「可能でないこと」に関する認識を大きく変化させたという点において、オバマやトランプと並んで、2010年代を象徴する政治家の一人として記憶されるだろう。2016年のヒラリー、さらにいえば2020年の民主党の大統領候補になるバイデンも、この点においてはサンダースには到底及ばないであろう。
アメリカは(そして世界は)、未曾有の危機の中にある。新型コロナウィルス危機は、事実上、選挙キャンペーンを「無人化」し、サンダースの候補としての最も有効な手段を取り上げてしまった。選挙集会で「革命」を訴えるサンダースの姿は、3月以来、もう見られなくなっていた。この危機の最中、人々は「革命」ではなく、「平常」への復帰を望んだ。それがバイデンだった。
しかし、後の歴史家がこの時代の「意味」を模索するとき、その歴史家はおそらく、大統領候補に選ばれたバイデンではなく、「現象」としてのサンダースに着目せざるをえないだろう。
(了)
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