Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

創刊準備号(2000.07.20発行)

創刊予告号(2000.07.20 発行)

ニューズレター編集委員会より
海にかかわるすべての人々へ

編集代表者◆来生 新◆中原裕幸

日本の海に関する議論のあり方

わが国海洋政策の総合性の欠如が指摘されて久しい。国レベルで海洋を総合的に所管する官庁が存在しないこと、それもあってわが国海洋管理の基本理念と原理を定める法制度がなく、わが国の海洋政策は個別の所管官庁・所管部局がその行政区分にしたがって縦割り的にこれを立案・実施するものであったこと、地方公共団体と国の間における海に関する権限の帰属関係も不明瞭な点があること、このような総合性と体系性の欠如が、今日、海洋の利用関係が複雑化し、単に産業的利用だけではなく、環境やレジャーを含めた全国民的な利用調整が最重要課題となっている時代の海洋管理にとって、決定的なマイナスとなっていることがつとに指摘されてきた。

しかし、ひるがえって考えてみると、このような総合性と体系性の欠如はわが国の海洋政策・海洋行政に固有に見られる現象ではない。学界においても、海にかかわる議論において、自然科学と社会科学の垣根を越えることはおろか、近隣科学相互間においてすら、その専門性の違いを乗り越える努力に乏しかった。また、埋め立てに代表される工業的利用者と海の自然的性質を利用する漁業者、さまざまな産業的利用者と海のレジャー的利用者、さらにこれらすべての利用と環境保全といったさまざまな立場に立つ人々が、それぞれの利用形態を超えて、自らの理念、思想、信条を他の利用者に示し、その相互間で活発な議論が行われることも稀であった。

これまでのわが国において海を舞台になされた議論の多くは、相対立する利害関係の当事者が、己の利害を互いに他にぶつけ合うという、紛争状況における意見交換に終始していたといってよい。きわめて残念なことながら、わが国の海に関する議論のほとんどは、これまでは、シェイクスピアが「海のように怒りで聞く耳を持たぬ(In rage deaf as sea――King Richard The Second, ActI  SceneI」と喩えたような状況で行われることに終始してきたのである。

このような状況を、今日、この時点から変革しはじめなければならない。これが本ニューズレターの出発点における編集委員会の第一のメッセージである。

21世紀に向けて体系的総合的海洋政策の理念の追求を

なぜ今変革の第一歩を踏み出すべきなのか。それは、今日、日本の海洋に関する重要な政策決定を緊急になすことが求められているにもかかわらず、それが充分になされていないからである。また、今日、日本の海に関する政策決定の大きな枠組みに、むしろ課題のすみやかな達成を妨げかねない形で重要な変更が加えられつつあり、それに対して、今、われわれができる範囲で対処をする必要があるからである。

国連海洋法条約が発効してすでに6年が経過し、日本がこれを批准してから4年が経過している。にもかかわらず、わが国は200海里水域の総合的で体系的な管理と利用について、いかなる理念も政策もまとめるには至っていない。のみならず、すでに見たように、さまざまな利用が競合し、その調整が深刻な社会問題を引き起こしている沿岸域においても、その総合的で体系的な管理と利用についての政策的な整序は未完のままである。

このような状況の中で、これまで総理大臣の諮問機関として海洋開発審議会がおかれ、省庁横断的にわが国の海洋政策について議論がなされたことは、それなりに大きな意義をもつものであった。その海洋開発審議会が行政改革の一環として廃止され、文部科学省に設置される科学技術審議会の「海洋開発分科会」に引き継がれることが予定されている。21世紀に向けて、海洋国家日本として、海洋に関する国家百年の計の策定が求められるまさにこの時期において、現在の行政組織上最上位にある総合的な海洋政策建議のための機関が、科学技術に関する審議会の一分科会に格下げされることは、わが国の海洋政策の形成にとって見すごすことのできない大きな変更である。

しかも、他方では、従来の行政システムの中で海に関する権限の相当大きな部分を有していた建設省と運輸省とが一体化し、国土交通省があらたに誕生する。国土交通省には国土計画を担当していた国土庁も統合され、同省は、海に関して、計画的にも実体的にも巨大な権限をもつ単一の意思決定主体となる。この巨大官庁と他の海に関連する権限をもつ諸省庁との新たな連携がどのようなものとなるかは、21世紀におけるわが国の海のあり方に決定的な影響を及ぼすであろう。また、海洋管理に関する基幹法ともいうべき海岸法や港湾法、漁港法の改正や水産基本法策定の動きなど、法制上の基本的変化も現れつつある。

総合的な海洋政策を検討する場の行政組織的な格下げがある一方で、法制度の変革が行われ、かつ、巨大官庁が出現するという歴史の転換期を迎えて、海洋に関心を持つありとあらゆる国民の活発な意見の交流の場を保証し、海洋政策形成のためにさまざまな立場からの総合的な視点を確保することの意義は、今日、かつてないほど大きなものとなっている。

経団連が本年6月に「21世紀の海洋グランドデザイン」と題する意見書を発表したのも(これについては、本ニューズレターの創刊号で当事者からの寄稿を掲載する予定である)、経済界が海洋問題の体系的・総合的な議論の必要性を感じていることの現れであろう。今日、わが国において、21世紀を目指す海洋国家百年の計を論ずる必要性の認識が高まり、その実行の機運が熟しつつあるといって過言ではないのである。

変革のための多角的論議の渦を

このような時にあって、いかなる方法をもって、またどのような内容において、わが国の海洋に関する状況の変革を成し遂げるべきか。その点については、出発点における本ニューズレターの編集者側からの積極的なメッセージは存在しない。白紙でのスタートに意味があると考える。

日本の国内レベルにおいても、あるいは全地球規模においても、人と海洋とがより良い共生を実現するために、人々の日々の活動を導く理念が、さまざまな価値相互間にどのような序列をつけるものでなければならないのか。価値の序列を明確にする前提として、特定の活動が海に与えるさまざまな影響の因果関係について、どのような認識をもつことが客観的なのか。限られた資源と時間の制約の中で、われわれが共有できる目的を、だれが、どのような手段で、どのような順序で実現し、そのコストを誰がどのような形で負担することが正義と効率の二つの要請を満たすのか。不幸にして利害の対立が生じた時の調整の方法がいかにあるべきなのか等々。

これらの諸問題は、さまざまな立場で、さまざまな視点から多様に語られ、その相互の批判と反批判との営為の積み重ねを通じて、はじめてその解答の輪郭を見せうるような解決の困難な社会的課題である。人と海洋の共生という課題の達成は、無数の英知の犠牲的な集積とその熟慮や熟成があって、はじめて可能な偉業であろう。

発信、受信、再発信のサイクルを求めて

本ニューズレターの基本的な役割は、このようなさまざまな立場と視点の議論に場を提供し、人類と海洋の共生をめざす海洋政策の形成に貢献することである。

本ニューズレターが発信する情報に多くの読者が反応し、読者からの反応が本ニューズレターに再発信され、それが本ニューズレターによってさらに多くの読者に再々発信されるサイクルを作り出すことによって、情報の双方向的な交流と、その範囲を拡大していくことがこのニューズレターの基本的使命だと編集委員会は考える。また、本ニューズレターにおいて受発信さるべき情報は、地域の小さな海のニュースから、地球規模のグローバルなものに至るまで、ありとあらゆるレベルに及ぶべきであり、科学技術から民俗文化に至るまで、あらゆる分野をカバーすべきであると編集委員会は考える。したがって、本ニューズレターは、企業人、研究者、学生、市民、政治家、公務員など、職業、年令、性別、国籍を問わず、多くの読者の自由で活発な投稿を歓迎するものである。

このように、さまざまな立場と視点の議論に場を提供するという使命を達成するために、本ニューズレターは不偏不党、公正中立の場を維持せねばならないと編集委員会は考える。

海は原初における混沌の水の名残りである。また、海はすべてのものがそこから生まれ、ふたたびそこに帰る広大無辺な領域である。本ニューズレターが、肥沃と豊穣の海を創造し、人類の未来における人と海洋の共生を目指すための大きな潮流を形成するうえで、不可欠のメディアとなろうとする意思をもって発刊することを最後に表明して、編集方針宣言とする。

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