トルコにおける初期の新型コロナウイルス対応

岩坂将充
2021/04/02

はじめに
 トルコで最初に新型コロナウイルスへの感染者が確認されたのは、2020年3月11日のことであり、患者はヨーロッパ旅行中に感染したとされる男性であった。そして同月17日には89歳男性が国内最初の死亡例となって以降、トルコ国内での発症者数1および死亡者数は急速に増加した。その後、各国同様にさまざまな対策がとられたことにより、発症者数・死亡者数ともに4月中旬~下旬(発症者数1日5000名弱、死亡者数1日120名超)を境に減少傾向に転じ、5月下旬~8月中旬(発症者数1日1000名前後、死亡者数1日20名前後)には一度は落ち着きをみせた2。しかし発症者数・死亡者数はともにふたたび次第に増加し始め、12月には4月を大幅に上回る「ピーク」(発症者数1日6000名超、死亡者数1日250名超)を迎え、本稿執筆時点である2021年1月下旬にいたっている。
 本稿では、このうち最初期にあたる2020年上半期(1月~6月)に注目し、トルコ政府がどのように新型コロナウイルス感染症に対応したのかについて確認することとする。

1. 政府の初動
 前述のように、トルコで最初の感染者が確認されたのは2020年3月中旬のことであったが、すでに世界規模での感染拡大の兆しが見え始めていた同年1月の段階で、トルコ政府は保健省管轄下に26名の専門家で構成されるコロナウイルス科学委員会(KBK)を設置、対応を開始した。KBKはのちに構成員を38名に拡充し、委員会開催後にフアフレッティン・コジャ保健相が会見をおこなうのが通例となった。KBKは、治療ガイドラインや国民がしたがうべき措置の策定をおこなうなど、今日にいたるまでトルコにおける新型コロナウイルス対応の中心となっている。
 1月・2月は、新型コロナウイルスがトルコへ侵入することを防ぐことを目的とした対応を政府はおこなってきた。1月下旬には中国からの航空便での入国者をスクリーニング対象として検疫を開始し、同月末には武漢からトルコ国民を帰還させる取り組みが始まった。2月初旬には中国と、すでに感染が拡大していた隣国イランからのすべての航空便を停止、イランとの国境を閉鎖した。これにくわえ2月末には、イタリア・韓国・イラクからのすべての航空便を停止し、イラクとの国境を閉鎖した。しかし、こうしたトルコ国外での感染拡大状況を瀬戸際で食い止める試みには限界があり、前述のように3月中旬以降はトルコ国内での感染拡大の段階に進んでしまった。

2. 国内での感染拡大への対応

2.1. 教育の遠隔化
 最初にとられた対応は、教育現場にかんしてであった。最初の発症者が確認された翌日の2020年3月12日には、ズィヤ・セルチュク教育相が全学校の消毒および遠隔教育プログラムの提供を発表するとともに、同月16日からの小学校・中学校・高等学校の閉鎖(トルコでは各4年間・計12年間が義務教育期間である)と大学の3週間の閉鎖を決定した。同月23日からは遠隔教育プログラムの提供を開始、26日には高等教育委員会が大学の春学期を完全な遠隔化を決定した。
 トルコでは、2012年から「教育情報ネットワーク(EBA)」と称されるオンライン教育プラットフォームの整備が開始されており、各地の学校や児童にタブレット端末などが配付されている状況にあった。こうした背景は、教育をめぐる新型コロナウイルス対応を迅速なものにしたといえるだろう。
 
2.2. 移動・外出等の制限
 前述の中国やイタリア、隣国のイラン・イラクからの入国制限にくわえて、3月13日からは西欧・北欧諸国からのすべての航空便を停止し、翌14日にはアゼルバイジャンとの陸路・空路での移動を停止、ジョージアとの国境も閉鎖した。さらに16日には、エジプト・イギリス・サウディアラビア・UAEなどとの航空便を停止した。
 こうした国際的な移動以上に人々に大きな影響を与えたのが、国内での各種制限である。3月16日には、内務省がレストラン・カフェ・美術館・映画館・ショッピングモール・ホテル・理髪店などの一時閉鎖を決定、宗務庁も金曜礼拝を含むモスクでの集会を禁止した。19日には各種プロスポーツリーグの延期が決定され、24日には公共交通機関の座席制限やスーパーマーケットへの入場制限が開始、29日からは大都市でのタクシーの営業運行制限も導入された。
 そして3月21日には、初の外出制限として、65歳以上または慢性疾患のある市民を対象とした制限が内務省より発表された。同月27日には、国内都市間移動について県知事の許可が必要となり、国際線航空便もすべて停止された。4月3日には、レジェプ・タイイプ・エルドアン大統領より、全広域市(トルコ総人口の約78%が居住)とゾングルダク県(呼吸器疾患の割合が高いことで知られる)への15日間の入境禁止が発表され、あわせて外出制限の20歳以下への拡大や公共の場でのマスク着用が義務化も実施、トルコ航空は同月20日までの予定で国内線を停止した。
 全年齢を対象とした外出制限は4月11日・12日に全広域市とゾングルダク県において実施された。しかし、内務省の発表が同月10日夜という実施直前となったため、買いだめをしようとする人々が小売店に殺到、この責任をとるかたちでスュレイマン・ソイル内相が辞任を表明するなど混乱が生じた3。全年齢対象の外出制限は翌週の18日・19日および連休中の23日~26日にも同様に実施された。
 
2.3. さまざまな支援と制限緩和
 このように人々に制限をくわえるかたちでの対応が目立ち始めるなか、政府は経済政策を中心に人々への支援も開始した。最初に実施されたのは、3月18日に発表された企業・低所得者層支援の1000億トルコ・リラの経済対策である。これには一部部門の雇用主の納税・保険料ならびにローン返済が延期されるなど重要な対策が盛り込まれていたが、同時に航空運賃にかかる税金の引き下げや宿泊税の一時停止など人々の移動をうながすような施策も含まれていたため批判を受けた。同月24日には、大統領令によりエタノール・医療用マスク・人工呼吸器の輸入関税が撤廃され、30日にはエルドアン大統領の呼びかけで寄付キャンペーンを開始、これは5月初旬までに約10億9000万トルコ・リラが集まったとされた。また、4月6日からは無料マスクの配付が開始された。
 5月初旬からは発症者数・死亡者数ともに減少傾向が維持されてきたことを受けて、政府からは通常の生活へと戻す方針が提示された。5月4日には、エルドアン大統領から段階的な外出制限の緩和が発表され、年齢区分による外出可能時間帯が設定された。また同月6日には、コジャ保健相より「統制された社会生活」の指針が示され、マスクと社会的距離の重要性を強調しつつ、安価で安定的なマスクの供給や、保健省開発の密度マップ・社会的距離や健康状態の確認などをおこなうスマートフォンアプリ「生活は家に収まる」の提供が発表された。11日からは一部業種の営業が再開され、主要自動車工場も操業が再開するなど、状況は改善を続けるかに思われた。
 しかし5月23日~26日には、ラマダン明けの連休への対応として対象地域を全県に拡大するかたちで外出制限がおこなわれ、以降、週末や連休において断続的に外出制限が実施されることとなった。政府による支援や制限緩和は人々にとって十分であったとはいえず、むしろその後の感染拡大の継続やそれにともなう制限強化によって、政府の対策に対する支持は失われる傾向にある。事実、政府発表の数値、たとえば発症者数や失業率などについての人々の信頼度はかなり低いという調査結果も存在しており4、実感としての新型コロナウイルスの脅威や経済状況の悪化は、改善されるにいたっていないといえるだろう。

おわりに
 トルコにおける新型コロナウイルス対応は、初動は比較的スムーズであり、安心感を与えるという点においても一定の成果があったと考えられる。しかし、5月初旬からの制限緩和のあとにふたたび制限強化がおこなわれたこと、そして経済状況が実感として改善していないことによって、反動ともいえる政府への否定的な評価が強まっている状況にある5
 トルコの実質GDP成長率(前年同期比)は、2020年第1四半期にプラス4.5%であったものが第2四半期にはマイナス9.9%まで落ち込んでいたが、第3四半期にはふたたびプラス6.7%に転じた6。しかし、新型コロナウイルス対応でもっともダメージを受けたサービス部門の成長率はプラス0.8%にとどまっており、全体としての経済状況の改善が人々に実感されるにはいたっていないと考えられる。経済を筆頭にさまざまな不安定要素があるなか、政府は新型コロナウイルス対応において人々の信頼をどこまでつなぎとめられるのか。この点に、トルコにおける新型コロナウイルス対応の成否をふくめ、トルコ政府の今後がかかっているといえるだろう。


1 2020年11月25日までは保健省は陽性者数(vaka sayısı)ではなく発症者数(hasta sayısı)を感染者数として発表していた。こうした発表の変更にかんしてトルコ医師会(Türk Tabipleri Birliği)は、真実の隠蔽が流行拡大をもたらしたとして、コジャ保健相の辞任を求める声明を発した。Cumhuriyet, 26 November 2020. 本稿においては混乱を避けるため、トルコの文脈に即して発症者数と陽性者数を区別して記述する。
2 トルコ保健省新型コロナウイルス特設ウェブサイト(https://covid19.saglik.gov.tr/)を参照。最終閲覧年月日:2021年1月25日。
3 ソイル内相は、エルドアン大統領に慰留されるかたちで続投となった。
4 MetroPoll 2020. Türkiye’nin Nabzı: Ağustos 2020. など。たとえば、トルコ統計機構(Türkiye İstatistik Kurumu)の発表した2020年3月の失業率(13.2%)が事実であると考える人々の割合はわずか15%にすぎず、実際には40%以上だと考える人々は26.7%にものぼった。
5 政府の経済政策に対する批判は徐々に高まっているが、エルドアン大統領個人への支持は劇的には変化していない。岩坂将充 2020.「トルコにおけるCOVID-19の流行と政治への影響」『中東研究』第540号、27-42頁。
6 トルコ統計機構ウェブサイト(https://data.tuik.gov.tr/Bulten/Index?p=Donemsel-Gayrisafi-Yurt-Ici-Hasila-III.-Ceyrek:-Temmuz---Eylul,-2020-33606)。最終閲覧年月日:2021年1月25日。生産部門別では、金融・保険部門でプラス41.1%となっており、政府による信用拡大策の効果とも考えらえる。


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