コロナ渦のバングラデシュ
―グローバル経済の末端で何が起きているのか―

日下部尚徳
2021/04/02

1. 貧困と成長のバングラデシュ
 南アジアに位置するバングラデシュは、中国に次ぐ世界第二位の輸出量をほこる縫製業を中心に近年めざましい発展を遂げている。2018/2019年度(2018年7月-2019年6月)のGDP成長率は過去最高の8.13%で、2015/16年度から4年連続で7%以上のGDP成長を達成している。国際通貨基金(IMF)はバングラデシュを2020年代に最も成長する国としてその名を挙げており、このままの成長を維持すれば2020年代半ばにはシンガポールやマレーシアのGDPを超えることとなる。一人あたりGDPでは遅くとも2025年までにインドを超えることから、膨大な人口もあいまって潜在的な購買力への期待がバングラデシュに集まっている。
 その一方で、国民の21.8%は国内貧困線以下の生活を送っており、多くの発展途上国がそうであるように、バングラデシュでもまた経済発展の恩恵にあずかれている層といない層での明暗がはっきりと別れている。政府による社会保障制度は対象者を十分にカバーできておらず、労働者の権利を守る法律も運用レベルでは機能していない。経済発展から取り残された人びとへのサポートを担うNGOの役割はいまだに大きく、10万人ものスタッフを抱え、収入向上や教育、保健衛生など幅広い分野で活動するBRACや、厳密にはNGOではないがマイクロクレジットによる貧困削減の成果が評価され2006年にノーベル平和賞を受賞したグラミン銀行などは日本でもよく知られた存在だ。

2.政府によるコロナ対応
 このような成長と貧困の狭間にあるバングラデシュでは、2020年3月8日にイギリスから帰国した男性2名、女性1名の計3名に感染が確認された。18日には感染による初の死亡者が確認されたことから、政府は定期国際フライトの乗り入れ停止、ロックダウン、長期にわたる教育機関の閉鎖などの措置をとった。また、全土で外出時のマスク着用を義務付け、違反者に対しては罰金・懲役刑を課すことを宣言した。マスク着用義務に違反した場合、バングラデシュの平均月収の約9倍にあたる10万タカ(13万円)の罰金、または懲役6か月、もしくはその両方が科せられる。
 検査に関しては、機器の不足もあり、3月25日までの検査数は1日100件未満だったが、4月以降1日1万件程度まで急激に検査数を増加させた。政府は、行政施設や公園をつかって公的な簡易検査施設を設け、親族内もしくは勤め先で陽性患者が出た場合には誰でも検査を受けることができる体制を整えた。公的施設での検査代は無料で、当日に検査結果がでる。予約をすれば訪問検査を受けることも可能で、感染の可能性がある人が検査のために外出することで感染が拡大することを防いた。私立病院で検査をうける場合には4000タカ(5200円)~5000タカ(6500円)を自費で支払う必要がある。
 検査の拡大もあり、確認される陽性者数は急激に増加し、7月には1日あたりの新規陽性患者数が4000人を上回った。12月時点では1500人前後を推移しているが、当初は無料だった検査を有料にしたことから、検査数そのものも減少しており、感染拡大を抑えられているという根拠には乏しい。実際、死亡者数の増加には歯止めがかかっておらず2020年12月23日時点で、50万3501の陽性症例、7329人の死亡が確認されている。世界第8位となる1億6000万人もの人口を抱えているとはいえ、やはり看過できない数字である。検査・医療体制の不備を考えれば、実数はもっと多い可能性もある。

3.コロナに関する情報統制
 世界経済フォーラムが発表するグローバル競争指数のなかにある報道の自由に関する指標では、2019年バングラデシュは141カ国中、前年の119位から123位に低下した。特に裁判所からの令状なしに捜索または逮捕する権限を治安当局に認めるデジタル・セキュリティ法が2018年9月に可決されて以降、言論弾圧ともいえる状況がうまれている。コロナ禍においては、政府の対応を批判したジャーナリストや政府職員、大学教員らが脅迫、嫌がらせ、職務剥奪などの措置を受ける事態が起きた。特にインターネット上の投稿をめぐっては、厳しい取り締まりが行われており、新型コロナウイルスに関する「フェイクニュース」や、政府の対応を非難する「プロパガンダ」をFacebook上に投稿したとされる人びとが相次いで逮捕された。現地報道によると3月、4月の2ヶ月間だけで逮捕者は79人にのぼっており、政府与党に対して批判的な有識者を、コロナを理由に弾圧しているとの批判もなされている。
 これらの状況に鑑みると、政府の公開情報のみで現状を把握することは適切ではない。本稿においては、現地メディアに加え、現地NGOや国際援助機関のレポート、研究機関による調査報告をもとに政府によるコロナ対応が成長と貧困のバングラデシュにどのような影響を与えたのか、新型コロナウイルスの感染拡大によってどのような社会課題が顕在化したのか、数値や国際報道にはあらわれないコロナ渦のバングラデシュの現状を論じていきたい。

4.ロックダウンが貧困層に与えた影響
 
政府は3月26日から4月4日までを休日扱いとして治安・医療機関を除く全ての政府機関および企業の活動停止を指示した。また、一般市民に対しては自宅待機を「要請」した。あくまで要請であったが、期間中は市内に軍が配置され、監視態勢をとったことから、自宅待機にはある程度の強制力があったと言える。この措置は5月30日に一部が緩和されるまで複数回にわたって延長を繰り返した。
 企業活動が停止したことから、首都ダッカや産業都市チッタゴン、およびその周辺の工業地域は失業者であふれた。これらの地域は生活費が高いことから、ロックダウンの影響は貧困層に深刻な形であらわれた。バングラデシュ最大のNGOであるBRACが、低所得者層を対象に3月31日から4月5日までの期間で実施した調査によると(有効回答数2、675)、コロナ渦において極度の貧困が60%増加し、93%もの世帯で収入が減少した(BRAC 2020)。
 同調査では、全国的なロックダウンで72%の人びとが失業または日雇いなどの仕事の機会が減少したと答えている。人力車引きの51%、工場労働者の58%、ホテル・レストラン労働者の66%、日雇い労働者の62%が、収入がゼロになった。
 また、14%の人びとが家に食べ物がなく、29%が1〜3日分の食料しかないと答えている。多くの貧困層は家に冷蔵庫はなく、必要な生鮮食材をその都度購入して生活している。そのためコロナに伴う失業による現金収入の減少と、ロックダウンによる外出制限で自宅の食料が底をつき、飢餓の危険性までもが指摘される事態となった。
 政府による2010年の労働力調査によると、バングラデシュでは労働者の87%がインフォーマル経済で雇用されている(BBS 2011)。こうした労働者の多くが、公的なサポートにアクセスできず生活費の高い都市部を離れざるをえなくなり、親族ネットワークを頼って実家のある農村地域へとむかうこととなった。この農村への大規模な人口流入により、もともと豊かではない農村での生活も日を追うごとに厳しさを増すことになる。
 これにともない、都市部でなんとか仕事を継続できている高・中所得者層から村への送金が増加した。実家や親族が暮らす農村からのSOSに答えないといけないという社会的プレッシャーに加え、貧困層ではないという社会的立ち位置から緊急支援へのアクセスを自粛する都市部の中間層の生活もまた、数字には表れない形で疲弊していった。

5. 働く子どもの増加 
 新型コロナウイルスのパンデミックは、大人だけでなく働く子どもたちにも深刻な影響を与えた。2013年にILOが実施した調査によると、バングラデシュでは5〜17歳の少なくとも340万人の子どもがなんらかの労働に従事している。そのうち180万人が児童労働に該当するとされ、さらに130万人が最悪の形態の児童労働に従事している(ILO 2015)。これらの子供たちの多くは、特に都市部で危険な作業や性的搾取、人身売買などのリスクに日々さらされている。
 バングラデシュでは、3月17日に小学校から大学まで全ての教育機関が閉鎖され、同年度内のすべての授業が中止になることが決まっている。これにより自費で教育を継続できる世帯との教育格差が広がるのはもちろんのこと、ぎりぎりの状態で教育にアクセスしていた貧困層の子どもがドロップアウトし、児童労働および児童婚の増加が予想される。経済分析を専門とする民間の研究機関「南アジア経済モデリングネットワーク(SANEM)」が主催したウェブセミナーでは、教育機関の閉鎖により実に全学生の30%(約1000万人)、中学生の45%(約450万人)が退学するという試算がだされた。
 ユニセフが5月27日に発表した分析によると、コロナの世界的大流行により、2020年末までに貧困状態にある子どもの数が全世界で8600万人増加し、6億7200万人に達する(UNICEF 2020)。当然のことながらバングラデシュにおいて児童労働は認められていないが、多業種にインフォーマルセクターが広がるため、実際には把握されない多くの子どもが児童労働に従事しているという厳然たる事実がある。そのため、コロナ禍での貧困悪化、教育からのドロップアウトは、バングラデシュにおいては働く子どもの増加に直接つながってしまう。
 ダッカとその周辺では、縫製産業が子どもたちの最大の働き先となっている。ダッカの都市スラムに住む働く少女の60%、働く少年の13%が縫製業の仕事に就いているとの調査結果もある(Maria Quattri and Kevin Watkins 2016)。特にインフォーマルセクターである下請けの中小縫製工場は安い子どもの労働力に頼っており、児童労働にあたる年齢の子どもも少なくない。ロックダウンによる縫製工場の操業停止にともない、正規・インフォーマルに関わらず多くの雇用が失われたことから、職を失った子どもは都市のスラム、もしくは農村の実家へと帰らざるをえなくなった。
 子どもたちのもう一つの就業先として、皮革産業がある。皮のなめし工場などは代表的なインフォーマルセクターで、18歳未満の子どもが多く働いている。通常は断食月であるラマダンの終了を祝う大祭であるイード・アル=フィトルの時期に売り上げピークに達するが、コロナによる外出規制で売り上げが激減したため、多くの子どもが職を失った。
 貧困家庭の女の子の働き先として多いのは、中流階級以上の家庭で家事をする使用人だ。家事使用人として働く子どもの中には男の子もいるが、ILOの調査によるとバングラデシュで家事使用人として働く18歳未満の子どもの数は約42万人で、78%が女の子とされている(ILO 2015)。家事使用人は圧倒的に女の子が多く、そのうちの21%が11歳未満とされている。正式な雇用契約が結ばれていないケースが大半であることに加え、ソーシャルディスタンスをとる必要性から、雇用主は報酬や保障無しに家事使用人を解雇した。

6. コロナ禍で明らかになったグローバル経済の底辺
 
バングラデシュ経済は、輸出の8割以上を占める衣料・繊維産業に大きく依存している。コロナ禍においては、欧米の大手アパレルメーカーからの注文キャンセルが相次ぎ縫製産業は大きなダメージを受けた。4月から5月にかけて1000社もの小売業者が総額にして30億米ドル以上の注文をキャンセルしたとみられている。その結果、突然の解雇や給与の未払いなどが平然と行なわれる事態となり、一部の労働争議は街頭の抗議デモへと発展した。バングラデシュ衣料品製造・輸出業者協会(BGMEA)は3月26日のロックダウンによって50万人の雇用が失われたと推定している。事態を重くみたハシナ首相は、注文をキャンセルしないよう欧米企業に対して異例の申し入れをおこなうと同時に、人権団体に対してコロナ禍での大量キャンセルは人権侵害であると訴え、国際的に問題視するよう求めた。
 都市部の縫製工場で働いている労働者は常々高い感染リスクにさらされている。民間の調査機関である「人びとのための財団(Manusher Jonno Foundation)」が21の衣料品工場で働く労働者430人を対象に実施した調査によると、85%の人が新型コロナウイルスの流行が始まって以降に熱や風邪のような症状があったにも関わらず、検査を誰一人うけなかった。陽性反応がでることでの職場解雇や、休業による収入の減少を恐れたからである。
 また、前述のように、ロックダウンで仕事を失った子どもが農村やスラムにあふれたことから、バングラデシュ経済を支える縫製産業においてはいまだに多くの子どもが働いているという厳然たる事実が白昼にさらされた。子どもは賃金が安い上に、インフォーマルセクターでは雇用契約も結ばれていないケースが多く、首を切り易い。
 バングラデシュにおいては2013年4月24日に縫製工場が複数入った8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落し1127人が死亡、約500人が行方不明となった。この事件をきっかけに、エシカル(倫理的)なファッションのあり方を模索する消費者運動も活発化した。また、SDGsの潮流から企業の社会的責任に対する社会の認識も高まり、同国に工場をもつ多国籍企業も積極的に子どもを雇うようなことはしていない。
 しかし現実には、現地の下請け・孫請け企業などそのサプライチェーンの中で、子どもや貧困層が十分なセーフティネットもないままに働くことで経済成長を下支えしている。新型コロナウイルスの感染拡大は途上国の安い労働力を無批判に受け入れ、安さの裏にある現実を直視してこなかったグローバル経済の負の側面を浮かび上がらせたといえる。


参考文献
ADB(2020). Basic Statistics 2020. ADB
Bangladesh Bureau of Statistics (BBS)(2011). Preliminary Report on Household Income & Expenditure Survey 2000. Bangladesh Bureau of Statistics Planning Division、 Ministry of Planning
BRAC(2020). Rapid Perception Survey on COVID-19 Awareness and Economic Impact. BRAC.
ILO(2015). Bangladesh National Child Labour Survey 2013. ILO.
UNICEF(2020). COVID-19: Number of children living in household poverty to soar by up to 86 million by end of year. press release: 27 May 2020. UNICEF.
International Cocoa Initiative(ICI)(2020). Annual Report 2019. International Cocoa Initiative
Maria Quattri and Kevin Watkins(2016). Child labour and education A survey of slum settlements in Dhaka. Overseas Development Institute.
Manusher Jonno Foundation(MJF) (2020). MJF’s Covid-19 Learning: An Analysis. Manusher Jonno Foundation.
The Daily Prothom Alo(2020). বিল দিতে না পেরে সন্তান বিক্রি、 কোলে ফিরিয়ে দিল পুলিশ. 2 May 2020.


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