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第98号(2004.09.05 発行)
第98号(2004.09.05 発行)

水中文化遺産の法的保護

SOF海洋政策研究所 研究員◆小山佳枝

水中の文化遺産は、商業目的による無秩序な引き揚げによって、現在大きな危機にさらされている。
すでに史実を読み解く貴重な情報の多くが逸失したが、これらを防ぐことができなかった理由として、水中の文化遺産に対する国際法上の配慮が長年希薄だったことが挙げられる。
水中文化遺産保護条約の発効へ向けて、わが国においても議論を尽くす必要があろう。

2001年11月、パリで開催された第31回UNESCO総会において「水中文化遺産保護条約」(Convention on the Protection of the Underwater Cultural Heritage)が採択された。この条約が発効すれば、これまで国際的にはほぼ無法状態であった「海の宝探し」に一定の規制が及ぶことになる。

現在、世界の海には300万もの未発見の難破船が沈んでおり、中でもスペインのガリオン船やポルトガルのインド貿易船の多くは、大西洋アゾレス諸島沖の海底にあるといわれる。また「カリブの海賊」で名高いカリブ海には、新大陸を目指した大航海時代の船が多く沈んでおり、ここは現在、民間ダイバーによるトレジャー・ハンティング(宝探し)のメッカとなっている。さらに、大地震により海底に沈んだジャマイカのポートロイヤル、地中海アレクサンドリア沖の古代都市、黒海で発見された新石器時代の集落など、広大な海底には、人類の足跡を紐解く手がかりが数多く残されている。

ところが、1985年に現価4億ドル相当の財宝とともに引き揚げられたセニョーラ・デ・アトーチャ号(the Senora de Atocha)のケースに見られるように、こうした水中の文化遺産は、商業目的による探査、発見、引き揚げによって現在大きな危機にさらされている。いわゆる、盗掘の問題である。これまで、歴史学的、考古学的重要性を考慮することなく無秩序に行われた引き揚げ作業によって、史実を読み解く貴重な情報の多くが逸失したことは、陸上における文化遺産の扱いとはかけ離れた状況であるとして、学術界から多くの非難と懸念が寄せられていた。

水中文化遺産に特有の諸問題

元来、陸上の文化財、文化遺産については、1972年の世界遺産条約などのように、その保護の必要性が比較的早い時期から認識されてきたのに対して、水中の文化遺産については、対象物の文化財としての価値に対する国際法上の配慮はきわめて希薄であったといえる。このように、長年、陸上と水中との間で温度差が見られたのはなぜか。その理由として考えられるのは、第一に、水中における探査や引き揚げの技術がまだそれほど発達しておらず、発見が現実のものとなりにくい状況であったこと、第二に、水中考古学の学術的地位がそれほど認識されてこなかったこと、そして第三に、国の領域主権が明確な陸上や領海とは異なり、領海を越えて存在する文化遺産に対して、国の管轄権の存在が不明確であったことなどを挙げることができよう。特にこの問題は、1982年に採択された国連海洋法条約によって細かな海域区分が行われたことにより、一層複雑なものとなったのである。

水中文化遺産保護条約の起草経緯と内容

UNESCOの活動および「水中文化遺産保護条約」については、UNESCOのホームページ(http://www.unesco.org/)をご参照ください。(写真:UNESCO)

これらに対して、最初に問題提起がなされた場は欧州評議会(Council of Europe)であった。欧州では、1950年代より、地域レベルで文化遺産保護の諸条約が存在しており、こうした文化財保護をめぐる議論は、国連海洋法条約の一連の起草過程の中で高まりを見せ、水中の文化遺産についても特別な法的枠組みを設けることの重要性が唱えられるようになったのである。しかしながら、期待された国連海洋法条約では、その起草過程で十分な検討は行われず、考古学的または歴史的な特質を有する物については、「原産地である国、文化上の起源を有する国又は歴史上及び考古学上の起源を有する国」に考慮を払い、人類全体の利益のために保存し又は用いる(第149条)などの、ごく一般的な規定が設けられるにとどまった。こうした状況を早くから察知し憂慮した欧州評議会は、1977年から独自の起草作業を開始し、その後、1990年から国際法協会(International Law Association: ILA)へ、1996年からはUNESCOへと議論の場が移され、ようやく2001年に水中文化遺産保護条約草案が採択されることとなったのである。

水中文化遺産保護条約では、水中文化遺産を「少なくとも100年の間、連続的にまたは周期的に、部分的または完全に水中にある文化的、歴史的、または考古学的性質を有する人類の存在のあらゆる軌跡」(第1条)と定義し、水中文化遺産は商業目的に利用されてはならないこと(第2条7項)などをはじめとする諸原則が定められている。また、国連海洋法条約にしたがって、国の領海外に新たに設定された海域(排他的経済水域、深海底など)ごとに保護措置が講じられることとなった。

現状と課題

水中文化遺産保護条約は、20カ国による批准の後に発効する予定であるが、UNESCOの積極的なキャンペーン活動※1にもかかわらず、現在、批准国はわずか2カ国(パナマおよびブルガリア、2004年7月現在)である。このように発効の見通しが立たない理由には、同条約が沿岸国に対して執行管轄権まで含めた広範な権限を与えており、排他的経済水域における沿岸国管轄権を強化している点などがある。また、難破船の引き揚げそれ以前に、広大な海底を探査し発見するまでに莫大な費用と労力を要することから、発見者にある程度の権利が保障されなければ活動のインセンティブが奪われるとして、根強い反発もある。学術目的による「文化財」としての保護の必要性と、発見の経済的動機の間の均衡点をいかに見出すかは、条約の起草過程においても争われた点であり、依然困難な問題として残されているといえよう。ただし、今後、海中探査技術や引き揚げ技術の発達にともない、これまで「砂漠から針を探すに等しい」とまで言われた水中文化遺産へのアクセスが容易になれば、同条約への関心やその重要性の認識が高まり、条約の批准を促す動きが活発になることが期待される。

現在、わが国では、水中で発見された文化遺産については、文化財保護法の埋蔵文化財に関する規定や水難救護法などが適用されている。しかし、これらの現行法はあくまで国が主権を行使し得る水域においてしか適用されず、排他的経済水域や大陸棚など、国連海洋法条約によって設定された海域における水中文化遺産の保護については特別の定めがない。水中文化遺産保護条約の採択までには、わが国は、その趣旨および目的に賛同しUNESCOへ多くの貢献をしてきていることから、今後は国内での議論を尽くし、同条約発効へ向けて国際的イニシアティブをとることを期待したい。(了)

※1 UNESCOは、2003年5月にマプート(モザンビーク)、2003年11月に香港(中国)、2003年6月にキングストン(ジャマイカ)、2004年6月にダカール(セネガル)で、それぞれ、東南アフリカ地域、アジア太平洋地域、カリブ、ラテン・アメリカ、北米地域の諸国、西中央アフリカへの啓蒙を主眼としたワークショップや国際会議を主催している。

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