Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】最新号

第448号(2019.4.5 発行)

海洋政策論の新展開

[KEYWORDS]海とヒトの関係学/魚食/生物多様性
山梨県立富士山世界遺産センター所長◆秋道智彌

「海とヒトの関係学」シリーズが2冊刊行された。
母体はOcean Newsletterで展開された論考であり、新規の論を加えて編集した。海とヒトの関わりは歴史、地域を縦断してたいへん多岐で、複合的であり、喫緊の海洋問題から、2つのテーマ「日本人が魚を食べつづけるために」と「海の生物多様性を守るために」を選定した。
海洋政策の未来を占う上でも、本シリーズがよき入門書となることを望みたい。

海の食をあなどるなかれ

この2月、回転寿司店で、アルバイト店員の常軌を逸した不適切な食材扱いのSNS動画(ゴミ箱に捨てた魚をまな板に戻して調理しようとした)が問題となった。一方、豊洲市場の初セリで大間のマグロが3億円以上でセリ落とされた。日本はいま、魚や食をめぐって価値観が大きく揺れ動いていることを実感する。
食にたいする関心が高まるなかで、魚の大量消費とSNSを通じた魚食を軽んじる発信があり、その情報の連鎖的な拡大はとんでもない広がりを見せた。一方、世界全体の水産資源の現状や食料需給を見渡した視点はSNSで拡散することは殆どなく、専門家や知識人のみが共有している。両者の情報があまりにも大きく乖離していることに愕然とせざるをえない。回転寿司店のアルバイト店員への怒りとともに、世界の現状を認識しない日本人の低い倫理感を生み出した日本とはいかなる社会なのかについても疑問を呈したい。
キーワードは「商業主義」、つまり魚を売って儲ける発想が蔓延していることだ。水産資源を商品として売ることは決して悪いことではないが、野放図な儲け主義や生命の軽視、そのためにおこなわれる違法漁業、環境破壊、使い捨てが問題なのである。
世界はIUU(違法・無報告・無規制)漁業や資源の無駄使いにきびしい監視の目を向けている。こうしたことに、日本人はあまりにも無頓着であり、100円台でトロの握りを食べられることを当然としていては、世界の海への認識が欠落しているといわざるをえない。
まして、貧困な途上国への無配慮は国の上から下まで蔓延している。水産食品だけでなく、プラスチックゴミの扱いについても、日本の取り組みはなぜか遅れをとっている。食と生き物への軽視と傲慢な態度はもうごめんだ。「海とヒトの関係」に今こそ注目すべきだ。

海洋問題を貫く視点とは

「海とヒトの関係学」シリーズ(西日本出版社、2019 年2月発行)

前記のような問題だけでなく、世界では現在、地球温暖化と異常気象、海洋酸性化、乱獲と生物多様性の減少など、海の問題が連日、メディアで取り上げられている。だが、個別に話題がでてきても、さて、いったいどのような意味が根源にあるのか。包括的な視点の提示がなされないことが多い。あるとすれば、新聞紙上の論説、あるいは週刊誌や月刊誌にゆだねられるのがふつうだが、それも消化不良におわることがままある。
海洋政策研究所は、これまで海に関するさまざまなオピニオンを19年にわたり、Ocean Newsletterの記事として発信してきた。このオピニオン誌は2000年8月の発行以来、本誌で448号を迎える。1号で3本の論を掲載し、創刊以来、のべ1,300名以上の執筆者が関わったことになる。編集には、歴代の編集代表として初代の來生新氏・中原裕幸氏を継承し、私は山形俊男氏とともに12年間かかわった。海の問題を誌上で議論するうえで、初代から現在に至るまで編集代表の果たしてきた役割は重要である。
本誌で取り上げてきた課題はすそ野が広く、個々のテーマを追跡してその変化を考えることはともすれば忘れられてきた。時代とともに変容する過程や、多地域で発生するおなじような事象を比較すれば面白い問題が浮かび上がるであろうことは当初から予想されていた。
原稿で2,400字程度の論述では十分に論証できなかった場合を含めて、特定のテーマで「貫く」論集ができないかとの案が提起された。1,300篇以上のオピニオンが個別論だけに終わってはもったいないとの指摘から、単行本のシリーズ刊行案が浮上した。
統一テーマをどう捉えるか。人類と海とのさまざまなかかわりは、環境から文化、教育、経済、技術、エネルギー、安全保障、政治までたいへん多岐にわたっている。
とんでもない広領域を包括するため、シリーズ名は「海とヒトの関係学」とした。ヒトはホモ・サピエンスのことで、旧石器時代から海と人類の関係を考える遠大な視野を想定した。ただし、個別の分野の知見を羅列することだけは避けたかった。未来の日本と世界の、より良き海とヒトとの関係を模索する論を提示したいと考えた。これを大きな戦略目標として設定し、執筆を依頼した。未来へ照射する視点を共有したい思いがあった。貫く思想を発信してほしいという気持ちである。
単行本として出版するにあたり、テーマの選定についていろいろと議論を重ねた。海の食文化は日本人にはなじみ深いテーマである。本誌でも多くの論考があった。サンマが高い、ウナギやクジラはどうなるのか。2016年にはユネスコの無形文化遺産に「和食」が登録された。魚食の未来は日本人にとり大きな関心であることは間違いない。
2010年に名古屋で開催された生物多様性条約締結国会議(COP10)では、2020年までに世界で海洋保護区や生態系保全をめぐる「愛知目標」が設定された。本書が2019年春に出版されるものであるとの想定から、生物多様性のテーマが浮上した。生物多様性の保全とあわせて、海洋ゴミ問題を生態系のなかできちんと位置づけて、今後の対策を考えるべきとする案が提起された。
以上の点から、本シリーズのタイトルは第1巻で『日本人が魚を食べつづけるために』、第2巻で『海の生物多様性を守るために』となった。

シリーズ本の今後

本シリーズは今年度以降、継続的に刊行される予定である。ちなみに第3巻は「海はだれのものか」をテーマとして、世界の海における紛争やその解決をめぐる諸問題について最新の話題を提供すべく準備を進めている。北方四島、竹島、尖閣諸島など、日本の周辺海域における領土問題についても扱われる予定である。海洋政策の未来を占う上でも、本シリーズがよき入門書となることを望みたい。
読者諸氏には、毎号のOcean Newsletterとともに、より広い視野から自由な発想を元に海の問題を考えるためにも本シリーズを手に取っていただければ幸いである。(了)

  1. 「海とヒトの関係学」シリーズは、西日本出版社の内山正之社長と編集担当の岩永泰造氏のご協力をいただき、刊行にこぎつけることができた。厚くお礼を申し上げたい。
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