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オーシャンニュースレター

第447号(2019.03.20発行)

魚庭(なにわ)の海再生プロジェクト 〜美しく豊かな大阪湾を取り戻そう〜

[KEYWORDS]栄養塩偏在/魚食文化再生/多世代漁村コミュニティ
大阪府立大学大学院人間社会システム科学研究科教授◆大塚耕司

高度経済成長期の「過栄養」のイメージが強い大阪湾であるが、近年は、湾西部や南部でむしろ栄養が減り過ぎ、ノリの色落ちなど漁業への影響が出ている。
本プロジェクトでは、かつて魚庭(なにわ)と呼ばれ、豊かで生活に密着した存在であった大阪湾を取り戻すため、大阪湾南部を舞台に、栄養供給による漁場造成、情報技術を用いた水産流通システムの開発、若年世代への魚食普及イベントの開催などに総合的に取り組んでいる。

大阪湾の環境と水産業の問題

■図1 大阪湾の夏季における全窒素(T-N)(大阪湾環境データベースより作成)

大阪湾は、その昔魚庭(なにわ)の海と言われるほど豊かで生活に密着した存在であったが、高度経済成長時代には、大規模な埋め立てによる浅場の喪失、工場排水や家庭排水の急増による栄養過多などにより、赤潮が頻発する「死の海」のイメージが定着してしまった。しかし近年は、湾奥部では相変わらず赤潮が発生するなど過栄養状態であるものの、長年の排水規制などで湾西部や南部の栄養塩レベルはかなり低下し(図1)、ノリの色落ち※1や漁獲量の減少が顕著に現れるようになり、いわゆる「栄養塩の偏在」が大きな問題となっている。水産業にとっては、大阪湾に対する負のイメージによる大阪湾産水産物の消費量低下も大きな課題であり、この背景にある青少年世代の「魚離れ」にみられる魚食文化の衰退と、低価格輸入品の参入という流通の問題も無視することはできない。さらに漁業の大きな問題として、古い漁業形態(採捕に限定された個人経営など)からの未脱却と、漁業に対する3K(きつい、きたない、危険)イメージによる後継者難が挙げられる。大阪湾で働く多くの漁業者は所得水準が高いとは言えず、「魅力ある」職業として世間一般には見られていないと思われる。

魚庭(なにわ)の海再生プロジェクト

大阪府立大学は、太平洋セメント株式会社、NPO法人大阪湾沿岸域環境創造研究センターと共同で、(国研)科学技術振興機構(JST)社会技術研究開発センター(RISTEX)が進める「持続可能な多世代共創社会のデザイン」研究開発領域プロジェクトの一つとして、「漁業と魚食がもたらす魚庭(なにわ)の海の再生」を2016年10月からスタートさせた(2020年3月まで)。本プロジェクトでは、持続可能な漁業や魚食文化が生み出される社会を支えるためのさまざまな取り組みを総合的にプロデュースし、魅力ある次世代型漁業と魚食文化の創出を前提とした多世代漁村コミュニティの構築を目指している(図2)。

■図2 魚庭(なにわ)の海再生プロジェクトの概要

具体的には、大阪湾南部の栄養の少ない海域に面し、3つの漁業協同組合を抱える阪南市をモデル地区として、表のように、漁場環境改善の実海域実験、地産地消を促進するイベントや魚食文化を継承するための事業などに総合的に取り組んでいる。例えば漁業体験と環境学習を組み合わせた年6回のストーリー型イベントでは、6月:地元漁師が所有する水田での田植え、8月:地引網漁と生き物観察、9月:自分で植えた稲の刈り取り、1月:オリジナル海苔漉き枠づくり、2月:海苔の摘み取り(図3)と海苔漉き、3月:自分で作ったお米と海苔を使ったおにぎりの試食を行っており、イベントを行う前に海と陸の間の栄養塩の循環や大阪湾の環境に関する環境学習を適宜組み入れている。また「海のゆりかご再生活動」と題したアマモ場再生活動では、高校生がイベント実施スタッフとして参加し、小学校2、3年生を対象として、6月:アマモの花枝採取と生き物観察、9月:アマモの種子選別、11月:アマモの苗床づくりと種まき、3月:アマモの苗移植を行っており、2018年11月に阪南市で行われた「全国アマモサミット2018 in阪南」では、その成果が小学生と高校生の共演による劇で披露された。本プロジェクトでは、これらの成果を環境面、経済面、社会面から包括的に評価し、地元自治体(阪南市)へ政策提言を行うこととしている。

■図3 海苔の摘み取りイベントの様子

持続可能な社会の創出に向けて

本プロジェクトで目指している多世代漁村コミュニティとは、「あこがれの漁師さん」が主役となった多世代参加型の取り組みが各地で継続的に行われ、結果としてモノ・カネ・ヒトが域内循環することで、魅力ある次世代型漁業と魚食文化が生み出される地域社会である。その実現には、適正な栄養塩レベルの漁場が創出され、安定した収入が得られる漁業・流通システムを構築し、多世代が水産資源の重要性と魚食の魅力を理解し、各家庭で食スタイルを変えていく必要があると考えている。このような地域社会モデル、いわば「阪南モデル」を大阪湾全域に展開することができれば、かつての魚庭(なにわ)の海を取り戻すことができるかもしれない。
海に囲まれたわが国において、昔から漁業は水産資源を食料として安定的に供給する重要な役割を担ってきた。地元の水産物は、輸入水産物や牛肉、豚肉などに比べ、その生産・流通過程における水消費量やCO2排出量が圧倒的に少なく、ライフサイクルを通じた環境負荷が小さいため、持続可能性が高いたんぱく源といえる。現在世界的な人口増加を背景に、水危機や食料危機が懸念されており、水産物の地産地消は、持続可能な社会の実現にとって不可欠といえる。魚庭(なにわ)の海再生プロジェクトはローカルな取り組みではあるが、そのゴールとしてグローバルな持続可能社会の創出を見据えていることを申し添えたい。(了)

  1. ※1健康な海苔は黒色をしているが、栄養不足になると茶色になり、商品価値が下がる。
  2. ※2太平洋セメント株式会社CSRレポート2016、P.53参照
    http://www.taiheiyo-cement.co.jp/csr/pdf/csrrpt2016.pdf

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