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オーシャンニュースレター

第447号(2019.03.20発行)

日本の新しい衛星「しきさい」の可視・赤外センサーから見た海洋

[KEYWORDS]衛星観測/海色/海面水温
名古屋大学宇宙地球環境研究所教授◆石坂丞二
(国研)宇宙航空研究開発機構地球観測研究センター研究領域主幹◆村上 浩

2017年12月に打ち上げられた日本の衛星「しきさい」のデータが、2018年12月から一般向けに公開された。
ほぼ2日に1回、地球全体の海色および海表面水温が解像度250mで取得されている。
これらのデータによって、気候変動による海洋生態系の変化が明らかになるだけでなく、高い時空間解像度を生かして、沿岸域での実利用に供されることが期待される。

「しきさい」のデータ提供開始

2017年12月23日に(国研)宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって、SGLI(多波長光学放射計)を搭載した気候変動観測衛星GCOM-C「しきさい」が打ち上げられ、1年間のデータ検証期間を経て、2018年12月20日から一般へのデータ提供が開始されました。この衛星センサーSGLIは、地表面からの可視・赤外域の波長を、解像度250mで測定するセンサーであり、ほぼ2日に1回地球全体の観測が可能です。また、幅の狭い多数の波長で観測することによって、海洋の水質をはじめ、陸域・大気・雪氷などの特定の観測項目を正確に観測します。その意味では、以前JAXAの打ち上げた「みどり」「みどり2号」に搭載された海色海温走査放射計(OCTS)とグローバルイメージャ(GLI)の後継機と位置付けられますが、それらのセンサーの解像度(700m〜1,000m)と比較すると解像度が格段に高くなっており、沿岸などの狭い場所での観測にも適したものになっています。
海洋分野では、植物プランクトンの量の指標である色素のクロロフィルa濃度や、濁りの指標である懸濁物質濃度、海表面水温以外に、色を表す波長別の正規化海水射出放射輝度、日射量に対応する光合成有効放射や、塩分の指標にもなる有色溶存有機物の吸光係数などが標準成果物として公開されています(https://gportal.jaxa.jp/およびhttps://www.eorc.jaxa.jp/cgi-bin/jasmes/sgli_nrt/index.cgi/ )。

「しきさい」による観測例

まず、2018年4月21日の日本周辺の海表面水温とクロロフィルa濃度の分布を紹介します(図1)。水温は北が冷たく、南は暖かくなっていますが、特に、日本海には亜寒帯前線と呼ばれる水塊の変わり目で温度が大きく変化していることや、日本の南に暖流である黒潮が流れていることがわかります。クロロフィルa濃度は、このころ植物プランクトンの春季大増殖(ブルーム)と呼ばれる現象で、年間で一番多くなる時期ですが、特に日本海では亜寒帯前線やロシア沿岸域で早く多くなることが知られています。また、黒潮自体は南から流れてくる栄養分が少ない水ですが、その北側から日本の沿岸域で植物プランクトンが多くなっています。また、水温で見られる様々な形の渦構造に対応してクロロフィルaの濃度も変化していることがわかります。最近、これらの渦構造が、植物プランクトンの大増殖の起こる時期やメカニズムを決める上でも重要であることが明らかとなってきています。この様な大増殖の時期は、魚類や海産哺乳類などの回遊のみならず、資源量の変動などにも密接にかかわっていると考えられており、衛星データを利用して盛んに研究が進んでいます。

■図1 2018年4月23日の海表面水温(左)とクロロフィルa濃度(右)。水温は青色が低温、赤色が高温。クロロフィルa濃度は、青色が低濃度、赤色が高濃度。白は陸地と雲。例えば日本海の中央部に数10kmの大きさの中規模渦を確認できる。

■図2 2018年4月20日の可視・近赤外で表した九州西方の流れ藻の分布。赤色で囲った海域に見られる白っぽい色の筋が流れ藻の分布。白は陸地と雲。

次に、可視・近赤外域の波長を利用して、九州の西の東シナ海の海面に浮かんでいる海藻類を検出した例を紹介します(図2)。流れ藻と呼ばれる海面に浮かぶ海藻類は、様々な魚の稚魚を運ぶ重要な役割を果たしていることが知られており、ブリなどの養殖を行う際に、衛星データを利用して流れ藻を見つけることが期待されています。稚魚を日本にもたらす流れ藻でありますが、近年東シナ海では流れ藻の増加が指摘されており、中国の水質汚染との関連が危惧されています。2008年には、北京オリンピックのヨット会場である青島でアオノリが大発生したことを覚えている人もいるかと思いますが、最近は流れ藻のもとになる褐藻類も大発生しているようです。PM2.5の大気汚染では有名になった中国の環境問題ですが、東シナ海での水質汚染も深刻で、海藻類の他にも植物プランクトンが大増殖した赤潮も頻繁に衛星で観測されており、時には日本周辺まで到達しています。また、植物プランクトンの種類も変化している可能性があり、最近可能になりつつある人工衛星を利用した植物プランクトンの群集構造の観測によって、その全体像が明らかにされることが期待されます。
最後に、2018年10月1日の日本近海の懸濁物質分布を紹介します。2018年は西日本大水害を含め多くの水害が発生しましたが、9月30日上陸した台風24号も愛知、静岡、山梨で記録的短時間大雨情報が発表されるなど、各地で被害を引き起こしました。台風一過で観測された海面の色からは、日本周辺の多くの海域で大量の濁った海水が観測されており、豪雨によって多くの河川から濁水が沿岸域に流入していることがわかります。場所によってはこのような濁水の流入が養殖等に影響を与えることも知られています。河川は陸域から沿岸に栄養分を供給する役割があることも知られており、その挙動を理解することは重要です。しかし、近年の気候変動によって河川の流入状況も変化していると考えられます。

■図3 2018年10月1日の海面の濁り。黒っぽい海域は濁りが少なく、明るい海域は濁りが多い。白は陸地と雲。

今後への期待

もともと「しきさい」は気候変動観測衛星であり、気候変動に伴ったさまざまな変化を明らかにすることが目的です。海洋では表面水温や植物プランクトンの分布のみならず、海洋の二酸化炭素吸収や海洋生物資源量変動に係る、基礎生産量や植物プランクトンの群集構造など海洋生態系の変化が明らかになっていくことが期待されます。また、250mで2日に1度というこれまでにない高い時間空間解像度を生かして、沿岸域での赤潮や流れ藻、濁り、塩分などの観測で、養殖など沿岸の水産業や環境管理などの実利用につながっていくことが期待されます。(了)

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