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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第444号(2019.2.5 発行)

沿岸漁業と協働する浅海域の海底地形モニタリング

[KEYWORDS]土砂管理/シラス漁/漁船ビッグデータ
豊橋技術科学大学大学院工学研究科助教◆岡辺拓巳

海岸の環境問題や沿岸防災、国土保全にとって、浅い海域の地形情報は欠かすことができない。
そこで、沿岸漁業と協働して漁船の操業中の位置や水深情報を大量に集めることで、広域の海底地形データを低コストで生成する手法を開発してきた。
沿岸域の環境保全において、ビッグデータを活用するモニタリング技術は大きな可能性を秘めている。

海岸侵食と土砂管理

海岸侵食は世界各地で進行する沿岸域の大きな環境問題である。この主な原因は、ダムや港といった人工構造物が、漂砂(河川や海での土砂の流れ)を阻害することである。このような構造物は撤去することが難しいため、海岸侵食の根本的な解決は極めて困難である。これに対し、海岸管理者は侵食対策や土砂管理を長期的に継続しなければならず、増え続けるコストの問題に頭を悩ませている。現在、主流となっている総合的土砂管理は、山から河川、海域の各管理者が広域的に連携する手法であり、土砂輸送のフラックス(移動する土砂の量とその方向)を順応的に管理する。長期にわたる順応的管理を実現するためには、基盤となる土砂管理技術が必要であり、中でも土砂輸送フラックスを把握するモニタリング技術が不可欠である。
海底地形は海域の土砂管理に欠かせない基礎情報であり、その計測技術は大切な役割を担う。浅い海域(浅海域、ここでは土砂管理で重要となる10mより浅い水深を指す)は、海底が波や流れの影響を受けやすく、地形が日常的に変化する。そのため、高い頻度で海底地形情報を取得しなければ、土砂の動きを正確に評価できない。しかし、浅海域では測量船が立ち入りにくいだけでなく、深い水域で面的な計測を得意とする新型の測深機器のメリットが活かせないため、地形モニタリングに大きなコストを強いられる。このことから、順応的な土砂管理には、時空間的に充実した浅海域の地形情報を取得し続けるための技術が求められていた。

漁業と協働する海底地形モニタリング

■図1
早朝の遠州灘で網を曳くシラス漁船

通常、海底地形は専用の音響測深(超音波による水深計測)機器によって測量を実施する。この作業(深浅測量)には、船の揺れや位置情報を計測するためのセンサ類が必要であり、これら高精度かつ高価な計測システムもモニタリング費用を増加させている。そのため、土砂管理のための浅海域の地形計測には、従来手法にとらわれない新たな発想が必要であった。以下に、その要件を整理する。
①必ずしも高精度な海底地形は必要でない。大きな地形変化を捉える、堆積・侵食の長期傾向を把握するなど、目的によっては精度の劣る地形情報でも十分に活用できる。
②浅海域の地形を広域に把握する。河川・河口から海域(漂砂系の末端まで)にかけての土砂の流れを管理するため、広範囲の地形計測技術が求められる。
③計測費用を小さくする。計測の広域性と継続性を確保するためにも、低コストな手法であることが必須となる。
すなわち、高精度化のために割くコストを広域性や継続性に充てることができれば、海岸の土砂管理に最適な海底地形の計測手法となり得る。また、能動的に地形計測を実施するのではなく、受動的に地形データが生成できれば、小さなコストでモニタリング情報を継続的に入手できる。
筆者らの研究グループでは、沿岸漁業と協働する浅海域の海底地形モニタリング手法の技術開発に取り組んでいる。日本の一般的な沿岸漁業では、魚群探知機に映し出された情報(魚群や水深)は漁業者がその場で見た後、捨て去られる。その水深情報を船の位置情報と一緒に活用できれば、漁船は海底地形を生成してくれる測量船と同義になる。漁船と協働することで、浅海域で操業する多くの船から、海底地形情報をビッグデータのように得ることが可能となる。
この手法では、浅海域を操業・曳網する漁船に搭載されている魚群探知機から水深を、GPSプロッタ※1から位置・時刻情報をロガー※2へ記録し、地形データを収集する。潮位などの水深補正やエラーデータの除去を経て、漁船が航行した範囲の海底地形を生成する。漁船の設備を活用するため、初期および運用コストが極めて小さいことも本手法の特徴である。
2018年現在、筆者らは静岡県の遠州灘および駿河湾で操業しているシラス漁船(図1)を中心に協力いただき、本手法を広く展開している。研究は2007年から開始し、11年が経過した現在では47隻から情報を収集している。この地域のシラス漁は3月から翌年1月までが漁期であり、好漁時には毎日のように浅海域で曳網する。船によっては操業水深が3mより浅くなることもあり、土砂管理に有用な浅海域の地形データが高い時間密度で生成される。また、航行範囲が岸沿いに40kmを超える船もあり、広域の地形データが取得できる利点がある。これら当地の漁業の特徴と、海岸管理に必要な地形データへのニーズが噛み合うことで、本手法に取り組む海域を拡大することができている。
生成された海底地形データを分析することで、海域の土砂動態解明の足がかりを得ることができる。図2は静岡県天竜川河口の周辺海域で生じた水深変化を、漁船データから生成した海底地形情報より算出したものである。魚群探知機より記録される水深は0.1m刻みであり、本手法で得られる地形データは約0.4mの精度である。従って、0.5mを超える大きな水深変化を把握することが得意な手法である。この他、漁港内の水深も常にモニタリングできるため、漁業活動に支障をきたす航路埋没を本手法により定量的に把握でき、浚渫など港内の水深管理を効率化することが可能となる。

■図2
2014年から2016年の2年間で生じた天竜川河口域周辺の海域での水深変化(赤色は土砂の堆積、青色は侵食域を示す)

沿岸域のビッグデータ研究

本誌No.436には、サーフボードにモニタリングセンサーを搭載し、海域の利用者であるサーファーから環境データを収集する取り組みが紹介されており、浅い海域のユーザーを通じて沿岸域の環境を数値化する手法に強い共感を覚える。センサ類の小型化やIoT技術の発展により、これまで観測・調査が困難であった浅海域の自然現象をデータ化できる基盤は整ってきている。今後、沿岸域のビッグデータ研究はさらに活発になることが予想される。
筆者らも漁船から生成される大量の地形情報を「漁船ビッグデータ」と称し、さらなる高度活用を目指して研究を進めている。数値シミュレーションと漁船ビッグデータを組み合わせ、海底の地形変化を精度良く予測するプロジェクトを開始した。侵食問題は浅海域を漁場とする漁業者にとっても重大な関心事項である。環境問題への認識を海岸管理者や専門家と共有することで、地場産業(漁業)の基盤である沿岸環境の保全に漁業者自らが参加する意義とその協働の重要性に対する理解が進み、産学官が連携したモニタリング体制を構築することができる。漁業コミュニティとの協働は、海岸・港の管理(行政)と利用(漁業者)といった従来の対立的な構図ではなく、地場産業と土木技術者が地域の海岸環境や港湾インフラを持続的に保全するための新たな姿を示している。沿岸域のビッグデータが海の環境保全の一助となる姿を目指し、努力を続けていく所存である。(了)

  1. ※1GPSプロッタとは、GPSで測定した自船の位置を地図上に表示する装置
  2. ※2計測・収集した各種データを保存する装置
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