Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第443号(2019.01.20発行)

競技としてのフリーダイビングの魅力

[KEYWORDS]フリーダイビング/海洋競技/深度100m
フリーダイビング選手◆福田朋夏

一息でどれだけ水中に潜ることができるのか、その潜水能力を競うのがフリーダイビングと言う競技です。
100mという深い海は凝縮したような青を経験する魅力があります。
そんなフリーダイビングの魅力と競技について紹介します。

伝説のジャック・マイヨールとフリーダイビングの青い世界

世界的に大ヒットした1988年の映画『グランブルー』は実在したフランスのフリーダイビングのレジェンド、 ジャック・マイヨールの人生をもとに描かれた映画です。この映画を観てフリーダイビングを知った方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。映画を初めて観た当初、私はまだ海の世界を知らない時で、なぜこの映画の主人公がそこまで危険を冒して海に潜るんだろう? とその気持ちをまったく理解していませんでした。しかし私が海の世界を知り、フリーダイビングを始めるようになって、今は彼の想いがとても理解できるようになりました。
フリーダイビングは自分の命をかけて、深く潜る苦しくて過酷な競技と思われがちですが、潜っている最中は海に溶けるような素晴らしい感覚を得ることができるのです。トレーニングを重ねることで、自分の潜水能力だけで魚のように自由に海の中を動き回ることが可能になり、深い海の凝縮したような青を経験することができるようになります。深く潜って行く中で、水圧で自分の体の浮力がなくなって行き、ある地点で泳がなくてもどんどん身体が海に沈んでいく「フリーフォール」と呼ばれる状態になります。そこからは、ただただ海に身をまかせて自分のターゲットの深度まで落ちていきます。よく「海に潜っている時は怖くはないのですか?」と聞かれますが、潜る前には、考えるのではなく感じることだけに集中していきます。そうすることによって恐怖や不安はどこかに行ってしまい、素晴らしい海との一瞬一瞬を楽しむことができるのです。深い海の中に一人で潜っている時は、自分の無力さを感じ、それと共に自分はこの大きな地球の一部なんだと潜るたびに感じさせられます。そして深い海から水面にあがって初めて吸う一息は身体中に染み渡り、生きていることの素晴らしさを味あわせてくれます。
今回はそんなフリーダイビングの種目について説明していきたいと思います。

最も深く潜れるノーリミッツ(NLT)という競技

フリーダイビングには、海で垂直に潜れる深度を競うものから、またはプールで平行潜水距離や閉息時間を競うものなど、さまざまな種目形式があります。
実際のフリーダイビングのレジェンド、ジャック・マイヨールは生前にノーリミッツ(NLT)という海洋種目で105mのダイブに成功しています。ノーリミッツとは、重りを付けているザボーラという乗り物に掴まって水中に沈み、目標の深度に潜っていきます。その後水面を目指して浮上する際には、風船の様にフロートに空気を入れてその浮力で浮上していきます。この潜水方法は体を動かす必要がないので、酸素消費が少なく、フリーダイビングの中でも最も深く潜れる潜水方法です。
しかし、深く潜れる分、窒素が体に溜まってしまうので、減圧症などのリスクが高くなります。現在の世界最深の記録は、オーストリアのハーバート・ニッチが保持している214mです。その後、彼は240mに挑戦し、重い減圧症にかかって全身が動かなくなってしまい、しばらくの間寝たきりの生活を送っていました。それでも彼はその後、驚異的な速さで回復していきました。数年前にハーバートとフィリピンでお会いしたのですが、その時、彼はもうすでに深い海に潜っていました。命の危機があっても、また海に戻るハーバートのフリーダイビングに対する情熱と驚異的な回復力には同じフリーダイバーとして、とても感心させられました。
現在、この潜水方法は大会の公式な種目ではなく、個人の挑戦を目的とした種目になっています。

海洋で行われる公式競技としての3つの潜水方法

深い海に潜る前にゆっくりとした呼吸で準備を行う筆者

コンスタント・ウェイト・ウィズフィン(CWT):最近はほとんどの選手が推進力のあるモノフィンと呼ばれるイルカの尻尾の様に一つになった大きなフィンを履いて潜っています。一息で呼吸を止めながら水中に垂らされたロープに沿って自分の力で泳いで潜って行き、浮上も自分の泳ぐ力だけで帰ってきます。ドルフィンキックで優雅に水中に潜っていくフリーダイバーの姿はとても美しく、一番人気のある競技です。
フリー・イマージョン(FIM):一息で呼吸を止め、フィンをつけずに水中に垂らしているロープを手で手繰りながら潜り、浮上もロープを伝いながら潜る競技です。手だけを動かして潜るので酸素消費が少なく泳力も必要ないので比較的潜りやすい種目になりますが、手だけで進むので潜水時間が長くなり、息を止める時間も他の競技に比べて少し長くなります。
コンスタント・ウェイト・ウィズアウト・フィン(CNF):一息で呼吸を止めながら、フィンを付けずに自分の泳力だけで潜水していきます。浮上も自分の泳ぐ力だけで上がってきます。大体の選手が平泳ぎのスタイルで潜っていきます。全身を動かして潜っていくので酸素消費が激しく、潜水中の泳ぐフォームなどもスキルが必要になってくる競技です。
大会では競技の前日に自分の潜りたい深さを申告し、その夜に翌日の潜る時間が発表されます。競技の数分前には申告した深度ちょうどの長さにロープが水中にセットされます。申告した深さには円形のプレートがあり、そこにタグがセットされていて、そのタグを取り、申告した深度に潜ったと言う証拠に水面まで持って帰ってきます。水面に上がって息を大きく吸った後に、「I am OK」と言って片手でOKサインを作り、自分の意識がしっかり保たれていることをジャッジに証明します。 この時に意識を失ったり、意識が保たれていないとジャッジに判断されると失格となります。どのフリーダイビングの競技でも必要になるのが、酸素消費をできるだけ少なくするために、心拍数を落とすことです。そのためには潜る前にゆっくりとした呼吸法や、リラックスといったことが重要になってきます。ほとんどのスポーツは体を一生懸命動かして筋肉を使いますが、フリーダイビングはその反対で、 いかに筋肉を使わず酸素消費を少なくするかが大切なのです。

深度100mのその先の海へ

深度100mに到達した筆者(写真:Alex St Jean)

2018年の春、私はカリブ海に浮かぶイギリス領の島グランドケイマンで、フリーダイビングの大会に出場しました。ケイマンの海は透明度がとても素晴らしく、水温も温かく太陽の光が深い海の中まで届いていました。その海で、コンスタント・ウェイト・ウィズフィン(CWT)で私の目標であった100mの深さに到達し、優勝することができたのです。挑戦する朝目覚めると、「今日は必ず行ける」という確信がありました。心も体も整っていたのです。そして海況も良く、素晴らしい100mへの旅を経験することができました。世界の女子では史上5人目の到達です。
その夜は海と支えてくれた皆さまに感謝の気持ちでいっぱいになりました。しかし、これがゴールではありません。100mのその先にこれからどんな経験が待っているのか、これからの挑戦が楽しみでなりません。そして、まだあまり知られていないフリーダイビングの世界を少しでも多くの方々に知っていただけたら嬉しいです。(了)

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