Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第442号(2019.01.05発行)

持続可能な開発のための海洋科学の重要性

[KEYWORDS]人間活動指標/地球環境指標/温室地球
(国研)海洋研究開発機構特任上席研究員、(公財)日本海洋科学振興財団会長◆山形俊男

人間活動の影響が地球環境に深刻な影響を及ぼし、地球システムは温室地球に向けて暴走する可能性があるといわれている。
持続可能な発展のためにも正確な現状把握が重要であり、すべてのステークホルダーが協力して、地球システムに起きていることを正確に把握するシステムの構築が急がれる。
地球規模で観測網を整備し、得られるデータを根気よく維持、管理してゆくことは極めて地味な作業だが、こうしたインフラへの投資を怠ってはならない。

惑星限界を超えた人間活動

産業革命以降、二酸化炭素に代表される地球温暖化気体の濃度はホッケースティックに似た急激な増加曲線を描いている。同様に平均気温も右肩上がりのカーブを描いて急上昇中である。しばらく前になるが、Steffenらが2011年に英国王立協会哲学紀要に示した、過去250年(1750-2000年)における人間活動指標の変化と地球環境指標の変化の見事な一致は衝撃的であった※1。人口、GDP、水利用、漁獲、耕作地面積、肥料利用、紙消費などの増加と二酸化炭素濃度、極端気象イベント数、生物種の減少数などの時系列が急激な右肩上がりの曲線を描いて見事に一致していたのである。人間活動の影響が地球環境に深刻な影響を及ぼしていることは明らかである。
地質学の時代区分によれば、私たちは安定した気候である完新世(Holocene)にいるはずであるが、人間活動起源の急激な変化から、新しい時代区分として「人新世(Anthropocene)」を導入する動きが活発化している。

未来の地球(FE)計画

地球システムを丸ごと理解しようという学術界の動きは、第二次世界大戦の混乱が収束した1950年代に顕著になっていた。特に地球物理学者の音頭で1957年7月から1958年末まで実施された国際地球観測年(IGY)計画ではソビエト連邦が初めての人工衛星スプートニク1号を打ち上げ、次いで米国はエクスプローラー1号を打ち上げた。永田 武東大教授らの貢献により、わが国の南極観測もこの時期に始まった。海洋関係でも、たまたま発生していたエルニーニョ現象の観測データが得られ、大気と海洋の相互作用研究の基礎が築かれた。
世界の海を対象とする海洋科学はきわめて国際性、学際性豊かな学術分野である。これを推進すべく海洋研究科学委員会(SCOR)が国際科学会議(ICSU)の下に設けられたのが1957年なのは偶然ではない。こうした世界の動きに呼応して、日本学術会議に海洋研究連絡委員会が設けられ、初代委員長の日高孝次東大教授や茅 誠司東大総長らの尽力により、1962年にはわが国初の海洋研究所が東京大学に設立された。1960年には海洋観測、データ交換、人材育成を目指し、政府間海洋学委員会(IOC)がユネスコに設置されている。このIOCの導入にあたっては、科学分野における貢献によって世界の信頼を取り戻すという国の方針に基づいて、わが国が中心的な役割を果たしている。こうして成立したIOCは、学術研究を推進するSCORと連携して、海洋学の現業面を推進する母体となった。
希望に満ちた時代から半世紀以上が過ぎた。「人新世」への突入さえも喧伝される現在、地球システムの急激な変化に伴う危機に効果的に対応するには自然科学分野間の連携に基づく知の強化のみでは不十分である。より広く、人文社会科学とも連携し、さらには、こうした学際連携をも超えて社会のステークホルダーと共に、地球の未来をデザインし、それに向けて社会を持続可能な形に変革していく必要がある。そこで、ICSUと国際社会科学評議会(ISSC)は2015年に「未来の地球(FE)」計画を開始した。この10年計画はダイナミックな地球の理解、地球規模の持続可能な発展、持続可能な地球社会への転換、という3つのテーマを掲げている。両組織は一歩進めて、2018年7月に合体し、国際学術会議(ISC)として新たな展開を開始している。

持続可能な開発目標(SDGs)

持続可能な開発に向けた動きは、環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)が1987年に発表した報告書『我々の共有する未来』を受けて、国際連合が1992年に開催した国連環境会議(リオ地球サミット)に起源をもつ。ここで行動計画「アジェンダ21」が採択され、気候変動枠組条約(UNFCCC)と生物多様性条約(CBD)が署名された。行動計画の17章では海洋の重要性が取り上げられ、海域・沿岸域の保護、生物資源の保護、合理的利用と開発が謳われた。これを受けて、IOC主導の下、全球海洋観測システム(GOOS)計画が始まった。IOCはユネスコの下にあるが機能的自立を確保することで政治性を薄め、主要な3テーマ、気候変化と海洋、現業サービス、海洋生態系の健康に関する観測体制とネットワークの構築を着実に進めてきた。一方、持続可能な開発に向けた国際的な取り組みは2002年のヨハネスブルグ・サミット、2012年のリオ+20を経て、2015年に開催された国連持続可能な開発サミットにおいて、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されるに至った。ここでは2030年までに達成を目指す17の「持続可能な開発目標(SDGs)」が明示されている。目標間のバランスや全体の統合性に問題はあるが、社会、経済、環境における持続可能性を対象とするSDGsは学術界の「未来の地球」計画と軌を一つにするものである。

図1 世界海洋に投入され稼働中の3,964台の海洋観測ブイ〈アルゴフロート〉の分布図(2018年11月20日現在)。
わが国が投入した151台のブイは赤いドットで表示されている。
(図提供:JAMSTEC)

国連持続可能な開発のための海洋科学の10年

2015年にパリで開催されたUNFCCC第21回締結国会議で締結された「パリ協定」に基づいて、2018年10月に仁川で開催された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第48回総会では『Global Warming of 1.5℃』と題する特別報告書が承認された。ここでは2050年までに人為起源の二酸化炭素の放出量をゼロにして、気温上昇を2100年までにパリ協定の2℃ よりも厳しい1.5℃以下に抑えるならば、地球温暖化の脅威から逃れることができるとしている。米国科学アカデミー紀要に掲載された最近のSteffenらの論文※2によれば、永久凍土の溶解、陸域・海域の炭素吸収能力の減退、海洋バクテリアの増加による二酸化炭素放出、熱帯雨林や森林の減退などが温暖化の相乗効果として起こり、地球システムは温室地球(Hothouse)に向けて暴走する可能性があるという。彼らは価値観を含む社会変革は待ったなしの段階に来ていると主張する。
持続可能な社会の形成に向けて重要なのは、正確な現状把握である。すべてのステークホルダーが協力して、地球システムに起きていることを正確に把握するシステムの構築が急がれる。このシステムはデータ取得とサービス、政策担当者との活発な交流メカニズムから構成されるべきである。この意味からも、ユネスコIOCの主導の下で、2021年から2030年までを「国連持続可能な開発のための海洋科学の10年(UN Decade of Ocean Science for Sustainable Development)」とする決議が2017年12月に国連総会でなされ、科学コミュニティ、政策立案者、企業や市民社会に結集を呼び掛けたのは画期的である。地球規模で観測網を整備し(図1参照)、得られるデータを根気よく維持、管理していくのは極めて地味な作業である。しかし、持続可能な発展には最も根幹となる部分であり、こうしたインフラへの投資を怠ってはならない。(了)

  1. ※1Steffen, W., et al., 2011: The Anthropocene: conceptual and historical perspective. Phil. Trans. R. Soc. A 2011369, 842-867.
  2. ※2Steffen, W., et al., 2018: Trajectories of the Earth System in the Anthropocene. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 115(33), 8252-8259.

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