Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第441号(2018.12.20発行)

海から東京2020を考える ~僕と海と東京と~

[KEYWORDS] 東京2020大会/レガシー/お台場水域の水質改善
スポーツナビゲーター、(株)アスロニア代表取締役、東京都議会議員/オリンピック・パラリンピック推進対策特別委員会委員◆白戸太朗

2020年に東京にオリンピック・パラリンピックがやってくる。開催の費用ばかりが論じられるが、それ以上に大切なことはわれわれの生活や意識をこの大会を機会にどう変えていくかであり、日本人がさらに社会的に成熟していくきっかけになると考える。
大会では海も会場となり、オープンウォータースイムなどではお台場の海を泳ぐが、まだまだ泳ぐ海にはなっておらず、浄化のための努力が必要だ。
お台場の海の水質改善が2020年までに進むことを期待したい。

僕と海

トライアスロン大会のスイム競技のスタートの光景

世界中の海を泳いできた。いや、海だけではなく河川や湖、池までも。見るだけでなく、泳ぐのだ!───。もちろん泳ぐことが好きだったというのもあるが、それ以上にプロトライアスリートという立場上、行く先々で泳ぐ機会に恵まれた、いや泳がざるえなかったということだろうか。
だから、その景色はもちろんだが、それ以上に海の匂いやその味、水温、波、流れなどを覚えていることが多い。スペイン領ランサローテ島の冷たくて、風が強いけど美しかった海。見た目は綺麗なのに、泳ぐと視界が悪く、おまけにチクチクと刺激され、レース以外では泳がなかった東南アジアの海もあった。
美しさで印象に残るのは、ロタ島の海。周囲100㎞には人間の生活する島がない。だからその透明度たるや恐ろしいくらい。泳いでいると、海底が見え過ぎて、泳いでいるというより空を飛んでいる気分になる。高所恐怖症の人はそんな感覚が怖いとも言っていたほどだ。これほど美しい海はなかなかないけど、数々の美しい海を泳ぐたびに、「その昔、人が文化的な生活をする前は、海とはこういうものだったのだろうか」と考えてしまう。ロタのように、人間さえいなければ美しさが確保されるということは、現在の状況はすべて人間に原因があるということなのだろうか...。僕は海洋学者でもなく、環境の専門家でもないので、その真偽は断定できないが、ほぼそうなのだろうなと思わずにはいられない。世界のどこに行っても、人の文化圏から離れれば離れるだけ海は美しくなるのだから...。
僕たち人間が長い時間をかけて、いや海の歴史からすると短いのかもしれないが、変えてしまった海にどうやって向き合えばいいのか。海に遊んできてもらった人間として、逃げずに向きあっていかなければならないと思っている。

東京2020大会がもたらすレガシー

トライアスロン大会のラン競技で海辺を力走する筆者

さて、2020年に東京にオリンピック・パラリンピックがやってくる。これだけのものを開催するには、当然それなりの費用がかかり社会的に議論されてきたが、費用や経済効果はここで論じたい問題ではないので触れないことにする。
ただ、2020年大会で大切なことは経済効果以上に、私たちの生活を、その意識をどう変えてくれるのか、ここが重要であると考える。例えば、大会に影響されスポーツへの興味が増し、実施率が高まるとか。障害者への理解が深まり、心のバリアフリーが進むなど、これを機会に日本人の生活スタイルや価値観、心の持ち方に影響してくれることを期待するし、それこそが未来へもっとも大切なことではないだろうか。
資産も大切だけど、生き方を教えてくれた親こそが大切なように、この大会を通して日本人がさらに社会的に成熟していくきっかけとなることを希望するし、そんな取り組みをいかにできるかが、これから大会を迎えるまでに大切であろう。
その一つに、環境に対する取り組みがある。この数十年で日本人の意識は相当進んだとはいえ、まだまだ環境への配慮は足りているとは言えない。僕は東京の臨海地域に住んでいるので、毎日のように海や河口周辺を走るが、そのごみの量、水質など、まだまだ悲しくなる。もちろん個人でできることと、大きな力を働かさなければできないことがあるのは承知している。でも、すべてはまず個人で問題意識を持つこと。ここがなければ、何を言っても、どんな活動が始まっても本当の意味で進むことはない。一人一人が、自身の海として大切にし、日常生活の行動を少しずつ変えていかなければならない。海洋プラスティック問題も同様。ストローを使わなければすべて解決するわけではないけど、そんな行動からこの問題を考えるようになれば、全体の方向性だって変わってくる。そういう意味では、国に先立ち東京都が、使い捨てストローの代替案アイディアを募集したり、部会を作り対策に着手していることは評価できる。これだけが解決案ではないが、こんな活動が意識を広めるきっかけとなるだろう。こんな活動も2020年というのが後押しになるのであれば、素晴らしい効果であると思う。

会場となるお台場の海

大会ではもちろん海も会場となる。ヨットやカヌーといった種目はもちろん、競泳のオープンウォータースイムや、トライアスロンなどではお台場の海を泳ぐ。都心のビーチで泳ぐ種目を開催できるというのは素晴らしいことで、東京がそれだけの海を持っているという証明でもある。なのだが、お台場の海はまだまだ泳ぐ海にはなっておらず、浄化のための努力が必要だ。
そのもっとも大きな原因は下水道の流れ込みと言われている。東京では生活排水、トイレなどの下水と雨水を1本の管で下水処理場に送る「合流式下水道」を使っている。しかし下水管の処理能力を超える雨が降ると処理場がパンクするため、下水を川に逃がす出口が作られた。その数は数百カ所以上といわれる。このため、ゲリラ豪雨が降ると、糞尿を含んだ雨水が下水管から川に流れ出て、処理されないまま東京湾に流れ込む。これが、現在競技団体から指摘されている、「会場にふさわしくない大腸菌群の量を減らしなさい」という元凶で、選手の安全を考えると当然であろう。しかし、これを根本的に改善するには、東京の下水道システムをすべて変更する必要があり、時間的にも費用的にも容易ではない。そのため、東京都では大雨時にあふれ出ないようにするため、下水処理場に貯水タンクを作る対策を始めているが、豪雨に追いついていないのが現状だ。
このままでは大会が開催できなくなってしまうので、検討されているのがスクリーン方式だ。大腸菌群などを通さないスクリーンをお台場の入り口に張って侵入を防ごうというもの。物理的には分かりやすいが、その規模からしても安くない費用である。そしてこの実験採用が行われ、効果を測定ることとなっている。ネットを2重、3重にすることでその効果は期待できそうだが、残念ながら海の浄化という根本的な問題解決にはたどり着かない。大会のお陰で東京湾が綺麗になったということであれば、まさにレガシーなのだが、その原因があまりに大きすぎたようだ。しかし、このネットも恒久的に設置するのであれば、少なくともお台場水域の海水は浄化されることになる。
せっかく歴史的な大会を開催するならば、これを契機にせめてこの水域の水質改善だけでも推進し、「大会を契機に綺麗になったんだよね」と後々言われるようにしたいものだ。そのため現在東京都では、ネット方式の大会後利用や、撹拌機による水質改善などさまざまな検討を行っている。こうした試みこそが2020年のレガシーにつながってくるものだと考えている。
世界中の海を泳いできた僕が、地元東京お台場の綺麗な海で泳ぐ日が来ることを切望している。(了)

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