Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第439号(2018.11.20発行)

国際沿岸海洋研究センターの再建とこれからの活動

[KEYWORDS]共同利用/津波影響研究/海と希望の学校
東京大学大気海洋研究所国際沿岸海洋研究センターセンター長・教授◆河村知彦

東日本大震災で壊滅的な被害を受けた国際沿岸海洋研究センターの新しい研究実験棟と宿泊棟が完成した。
今後は、これまで以上に国際的な沿岸海洋研究拠点として機能すると同時に、被災地にある研究機関として、海洋生態系に対する地震・津波の影響研究の拠点としての役割を果たし、地域の復興・発展にも貢献する活動を展開する。

被災の経緯と新棟の再建

私たちの研究所、東京大学大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター(以下、沿岸センター)は、沿岸海洋研究を行うための共同利用・共同研究施設として、1973年に岩手県大槌町赤浜に「大槌臨海研究センター」という名称で設置され、40年以上にわたって同地で研究活動を行ってきました。2003年には「国際沿岸海洋研究センター」に改組して、国際的な研究拠点としての活動を展開してきました。
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により研究棟の3階まで津波が到達し、共同研究員宿舎などその他の建物も含めてすべての研究施設が壊滅的な被害を受けました。沿岸調査に貢献してきた3隻の調査船もすべて流失しました。被災から2カ月後の5月には、津波による倒壊を免れた研究棟の3階部分のみを修復し、その後3隻の調査船を順次再建して最低限の研究活動を行う体制を整え、津波が海洋生態系に及ぼした影響など喫緊の研究課題に対応するとともに、共同利用活動も継続してきました。2012年4月には、「生物資源再生分野」を新設してそれまでの2研究室体制から3研究室体制に強化し、「東北マリンサイエンス拠点形成事業」を核とする沿岸の生態系・生物資源に対する津波の影響とその後の海洋環境や生態系の変化を明らかにするための研究等を展開しています。また、これらの研究成果をさまざまなアウトリーチ活動を通じて地元の漁業者や市民の皆様にお知らせするための努力を続けています。
2018年2月末に、沿岸センターの新しい研究実験棟と宿泊棟(共同研究員宿泊棟)が完成しました。津波による被災から再建まで、実に7年を要しました。7月20日には多くの来賓をお迎えし、大槌町内のホテルで新棟完成記念式典・祝賀会が開催されました。また、翌21日には一般向けの施設見学会も開催されました。新しい研究実験棟と宿泊棟は、旧敷地より数百メートル山側に再建されました。研究実験棟は旧実験棟と同じ3階建てですが、住宅地から大槌湾とそこに浮かぶ蓬莱島(ひょっこりひょうたん島のモデルとされる島)を望む景色をできるだけ妨げないように斜面を利用して建てられ、周囲の景色と馴染んだ圧迫感のない建物になっています。実験棟内の研究機器等の整備は現在進行形ですが、今年度中には被災以前の機能を完全復旧させる予定です。エントランスホールと隣接するギャラリーには誰もが自由に出入り可能とし、地域の皆様との交流を深めるスペースとして活用したいと考えています。ホールには、新進気鋭の現代アート作家、大小島 真木さんによる天井画「Archipelago of Life 生命のアーキペラゴ」(写真)が描かれ、絵の中の海の生物たちの世界を楽しんでいただけます。実験棟内は、大きな窓と広い廊下が特徴的な明るいつくりになっており、海側の窓から見える大槌湾と蓬莱島の景色はまさに絶景です。世界中から集う海洋研究者が、この絶景を眺めながら多くの素晴らしい研究を展開することを期待します。研究実験棟に併設して建てられた平屋建ての宿泊棟は共同利用研究者のための宿泊施設で、最大35人の受け入れが可能です。小規模なセミナーなども開催できる広い食堂スペースは、これから長きにわたって研究者間の交流を促す重要な場所となることが予感されます。旧敷地にある研究実験棟は今年度中には解体され、その跡地には水槽実験施設が再建されます。そこには、小さな展示施設「海の勉強室」も併設される予定です。沿岸センターの研究紹介、大槌湾の環境や生物の解説、標本展示などを常設し、地域の皆様はもとより大槌を訪れる人たちにも気軽に立ち寄ってもらえる、大槌や三陸の海のことを楽しく知ってもらえる場所にしたいと考えています。

研究棟エントランスホールの天井画 東京大学大気海洋研究所附属国際沿岸海洋研究センター
http://www.icrc.aori.u-tokyo.ac.jp/

将来展望と地域貢献

沿岸海洋研究における沿岸センターの役割は、津波被災地に立地していることによって、これまでより一層大きくなったと言えます。大地震と大津波は直接的に海洋生態系を攪乱したばかりでなく、間接的・連鎖的にもさまざまな影響を及ぼし、7年を経た現在でもなお生態系の変化は継続しています。沿岸域の生態系やそこに棲む生物群集は、各被災地で大規模に進められている港湾施設や防潮堤の再建などによっても新たな攪乱を受けている可能性が高いと考えます。海の生物資源を保全しながら上手に利用し続けるためには、震災によって攪乱を受けた海洋生態系が人間社会の復興と共にどう変化するのか注視していく必要があり、さまざまな観点からの調査、観測、研究を長期的に継続しなければなりません。震災後に三陸の海で起きている事象の詳細な科学的記録は、将来地球上のどこかで起こる同様の災害への備えや復旧・復興に役立つ重要な財産となるでしょう。沿岸センターは、共同利用・共同研究施設として、今後も国内外からさまざまな分野の海洋研究者を受け入れ、共同利用研究者とセンター教員との連携、あるいは共同利用研究者間の連携を推進することによって、震災後の海洋生態系の変化を総合的に記録し続けるとともに、大槌湾や三陸沿岸域の生態系理解に向けた学際的フィールド研究拠点として、さらには国際的な海洋生態系研究の拠点としての発展を目指します。
さらに今後は、海洋研究拠点としての発信力・集人力を活かし、地域の知恵袋的存在になりたいと考えています。地域の未来を形作る拠点としても機能し、大槌はもちろんのこと三陸全域の復興・発展に貢献できれば幸いです。4月からは、東京大学社会科学研究所と協同して、文理融合型の研究教育プロジェクト「海と希望の学校 in 三陸」を開始し、この研究の中核となる新たな4つめの研究室「沿岸海洋社会学分野」を設置しました。このプロジェクトでは、リアス海岸に位置する各湾、地域の海洋環境や生態系の構造を詳細に比較するとともに、海洋環境と沿岸地域の社会・産業構造や文化・風習との関係性を調べ、地先の海の持つ可能性とそれを生かしたローカルアイデンティティの再構築による地域再生の議論を喚起します。同時に、地域の復興・振興に繋がる「希望」を見いだすことのできる次世代の人材育成を目指します。科学研究と地域貢献を両輪として前進する組織となりたいと願っています。(了)

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