Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第438号(2018.11.05発行)

海洋分野にイノベーションをもたらす男女平等

[KEYWORDS]持続可能な開発/イノベーション/男女平等
世界海事大学准教授◆北田桃子

持続可能な開発目標の実現に向けて、既存の考えや価値観を超える新しい発想、すなわちイノベーションが必要不可欠な要素として求められている。
伝統的に男性中心の分野として知られている海洋・海事分野でも、男女平等がイノベーションをもたらす手段になりうる。

現代とイノベーション

現代社会は開発の歴史を反映し、人類はさまざまな道具を発明し便利な生活を手に入れた。歴史を遡ると、古代より地中海では、鉄製武器や蹄鉄を大量生産し、木造船によって戦争を繰り返してきたことから、多くの森林が伐採されたという。戦後、高度経済成長の日本もまた、多くの公害を生み出し、大気汚染、水質汚濁、自然破壊、鉄道や自動車の騒音・振動などの問題を抱えてきた。繁栄と引き換えに多くの課題に悩まされる人類は今、国連を中心として17の持続可能な開発目標を2030年までに達成することを目指している。持続可能な開発目標はどれも達成が容易ではないと言われながらも、人類生存の急務として意識的に行動を起こす必要に迫られている。
この野心的ともいえる持続可能な開発目標の実現に向けて、既存の考えや価値観を超える新しい発想が必要不可欠な要素として求められている。すなわちイノベーションだ。イノベーションは「革新」や「新しい価値の創造」などに訳され、主に技術分野で新しい可能性を生み出す革新的なテクノロジーをさして用いられることが多い。一方、2016年から開催されている「日本財団ソーシャルイノベーションフォーラム」は、現代の複雑化した社会的難問に対し、「マルチセクターの協働による新しい発想とネットワークで解決を促す」ことを目的としている。ソーシャルイノベーションでは、革新的な方法により問題を解決するだけでなく、創出された価値が社会全体に行き渡ることを目的とする。既存の慣習を打ち破り、新しい考え方やメカニズムを取り入れることが重要になる。本稿では、海事社会でとりわけ立ち遅れている女性の活用問題を背景に、イノベーションを引き起こす手段、ひいては戦略として「男女平等」を取り上げたい。

なぜイノベーションに男女平等が必要か

海洋・海事分野は伝統的に男性中心の分野として知られている。実際、海洋・海事分野の業種において女性の占める割合は極めて少ない。女性の割合は、船員では世界平均で約1%※1、海洋研究では米国の平均で教授16%、准教授27%、講師29%となっている※2。男女比が1対1になることに必ずしもこだわる必要はないが、このバランスがとれれば、発言力や意思決定力に大きな影響を及ぼす。すなわち、男女の量的なバランスによって、男女が同じレベルでアイデアを出し合い、決断を下すことのできる質的な男女平等が期待され、イノベーションを引き起こす一つの有効な手段となる。
ここで一つの事例を考えてみよう。南太平洋のソロモン諸島では、地元の人々が島と島の間を移動する唯一の交通手段として小型のカヌーが使用されている。漁船に乗って魚を獲るのは男性の仕事だが、その魚を近くの島にある市場へカヌーで売りに行くのは女性の仕事とされている(写真)。エネルギー供給が容易ではない小島嶼開発途上国において、エネルギーの効率化や再生可能エネルギーへの転換は容易でない。様々な需要に対し、主な供給は男性が活躍する貨物船や漁船の燃料に優先されており、残った燃料が女性の経済活動に利用されている。もしソロモン諸島の人々に、エネルギー効率の教育を実施すれば、日常的にエネルギー効率の良い運航を実施する人口が大幅に増えることになる。自然に恵まれたソロモン諸島なら、再生可能エネルギーや代替エネルギーの新しいビジネスを生み出すことも可能だ。新しい考え方を取り入れ、持続可能な社会へと転換するためには、女性の参加が必要である※3

ソロモン諸島で女性がマーケットに魚を卸すための輸送手段となる伝統的なカヌー
Koin Etuati, Geoscience, Energy and Maritime (GEM), ©SPC

リスクをチャンスに変えるために

男女平等がイノベーションをもたらす手段であることを別の角度から証明しよう。個人、組織、社会の異なるレベルにおけるリスクは存在する。リスクを回避し、リスクと上手に向き合うことは、持続可能な開発における重要な知識・技術である。もし組織あるいは社会の中でリスクマネジメントにあたる人材の構成メンバーが偏っていたら、どのような弊害があるだろうか。
ダイバーシティ(多様性)の重要性を、人間の体に置き換えて考えてみよう。人間の体には約40〜100兆個の細菌が存在していると言われる。これらの細菌は絶妙なバランスを保って、人間の健康維持に貢献している。まさにダイバーシティが生み出すリスクマネジメントとも言い換えられるだろう。もしも人間の体に単一の細菌しかなかったら、リスクに対応しきれずに、人間という種はまたたく間に絶滅してしまうのではないか。ダイバーシティはリスクに強い体質を作るために欠かせない。
現代を生きる私たちは、今まで想定もしなかったような社会的・政治的・経済的・環境的リスクに遭遇する可能性もあるだろう。さらにこうしたリスクは常に一つのリスク因子が単独で作用するとは限らず、複数のリスク因子が同時に関与することもあれば、一つのリスクから十分リカバリーしていないうちに次のリスクが発生することも考えられる。このように複雑化したリスクには新しい解決方法が必要であり、社会の転換というチャンスでもある。社会に潜むリスクとチャンスを敏感に察知するには、男女が柔軟にイノベーションを起こせる環境を作ることを勧めたい※4

男女が共につくる未来へ

人類による開発は今まで陸が中心だったが、今後は海洋を中心とした開発が一層盛んになるだろう。人口増加による食糧確保、エネルギー確保、枯渇する地下資源に替わる海底資源への転換など、どれをとっても人類の生存に必要なものは海から調達するという時代が遅からず到来する。まだ見ぬ人類による海洋の開発は、女性を含めた全人類の総力を結集して持続可能な開発となるよう取り組まなければならない。男女平等がイノベーションを引き起こす手段になれば、男女平等のプロセスも加速し、人類の知恵を出し合うことができるだろう。国際海事機関(IMO)は、2019年の世界海事デーのテーマを「海事社会における女性のエンパワーメント」に決定した。筆者の所属する世界海事大学では2019年4月に同テーマで国際会議を開催する(写真)。海事、港湾、海洋、水産業のパネルディスカッションの締めくくりは、海をつなぐ各産業のパートナーシップに重点を置き、男女平等の重要性を議論する予定だ。(了)

2019年4月にスウェーデンのマルメで開催される第3回WMUインターナショナル・ウィメンズ・カンファレンスのポスター
  1. ※1BIMCO/ICS. Manpower report: The global supply and demand for seafarers in 2015. London: Maritime International Secretariat Services Limited.,2016 概要は次のURLから入手可能。 http://www.ics-shipping.org/free-resources/manpower-report-2015
  2. ※2Kapel, E.S. (ed.). Women in Oceanography: A decade later. 27(4). Oceanography.,2015
  3. ※3Kitada, Rabo, Toua, and Nervale. The Role of Maritime Transport from the Perspective of Energy and Gender: The Case of the Pacific Islands.
    In: A.I.Olcer, , et al.(Eds.) Trends and Challenges in Maritime Energy Management. pp.367-380.Heidelberg: Springer.,2018
  4. ※4井上欣三編著、北田桃子・櫻井美奈共著『リスクマネジメントの真髄:現場・組織・社会の安心と安全』成山堂書店,2017

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