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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第432号(2018.08.05 発行)

世界の航海安全を担う人材の育成に向けたわが国の国際貢献

[KEYWORDS]水路業務/人材育成/国際協力
海上保安庁海洋情報部技術・国際課国際業務室室長◆冨山新一

海図の刊行、航海安全情報の提供などの水路業務は、世界経済を支える海上輸送の安全等に必要不可欠なものであり、発展途上国においてこれが適切に行われることは国際的に重要な課題となっている。
わが国はさまざまな人材育成事業を通じ、水路業務に関する国際的な人材育成とネットワークの構築に大きく貢献している。

水路業務と能力開発、人材育成

わが国および世界の物流において海運が果たす役割の大きさについては、本誌の読者の方々には改めてお示しするまでもありませんが、この海上輸送が安全にかつ円滑に行われるために不可欠な要素の一つに水路業務があります。航路や港湾を測量して海図を刊行するとともに、航海安全に必要なさまざまな最新の情報を収集して、水路通報、航行警報などを通じて船舶運航者に提供する水路業務は、経済活動を支えるインフラとも呼ぶべきものであり、世界各国の水路機関(わが国においては海上保安庁海洋情報部)が日夜この任にあたっています。
「隅田の水はテムズに通ず」と言われるとおり、世界の海はすべて繋がっており、海上交通のルール、海図記号、用語、測量の基準などが国ごとにまちまちであると、世界中の港を往来する船舶は安全に航行することができません。このため、水路業務は国際的に統一された基準に則って行われる必要があり、その発足当初から自ずと国際的な性格を帯びています。
また、マラッカ・シンガポール海峡(マ・シ海峡)等主要なシーレーンの沿岸国や経済発展を遂げつつある発展途上国において責任ある水路機関が設立され水路業務が適切に遂行されることは、世界の海運にとって死活的に重要であり、これらの国々に対する能力開発支援、人材育成は、国際水路機関(IHO)においても主要な課題の一つに位置づけられています。
さらには、水路業務に関する各国間の連携や航海安全情報の迅速確実な共有も必要不可欠であり、これらを円滑に行うための国際的なネットワークの構築、維持も重要な視点と言えます。

水路業務に関するわが国の国際協力

わが国における水路業務は、1871年に海軍の下で開始されました。発足当初は英国に学び、その後は独力でその能力を発展させ、戦後はその任務を海上保安庁に移し現在に至っています。
このように世界の中でも比較的早期に水路業務を発展させたわが国は、高度経済成長を経た1960年代末頃から、水路分野における国際協力を精力的に推進してきました。代表的なものとしては、次項に詳述する国際協力機構(JICA)との協力による研修および30年以上にわたり累次行ってきたマ・シ海峡における水路測量および海図・電子海図作成支援があります。その他にも、主として東アジア各国を対象としたこれまで延べ100人を超える専門家派遣等を通じ、水路測量のみならず、海図作成、潮汐観測、水路通報など水路業務の幅広い分野に関する人材育成・能力開発支援を行ってきています。

JICA課題別研修─「海図作成技術コース〜航海安全・防災のために〜」

海上保安庁はこれまで、JICAとの協力の下、発展途上国を対象とした各種の研修を実施してきました。中でも、1971年に「水路測量コース」として始まった研修は、名称や内容を変えつつ継続し、現在は「海図作成技術コース」として実施しており、昨年で開始から47年を数えます。これは水路技術者を対象としてわが国において半年間に及び実施される研修で、これまでの47年間で44カ国から研修員を受け入れ、修了者は430名に上っています(図1)。
研修の主なカリキュラムとしては、測地学、潮汐、水深測量等の海図作成に必要な理論および実務に関する講義、約1カ月にわたり実際に港の測量を行いデータを取得する港湾測量実習(写真1)のほか、海上保安庁測量船による洋上実習などが含まれています。さらに、副題の「防災」というキーワードが示すとおり、自然災害に対する備えや、災害発生時の船舶交通の安全や航路の確保等のために水路機関、水路技術者が果たすべき役割および実際の対応などについて、わが国の経験をふまえた講義や東日本大震災被災地の視察、現地での専門家による講義なども行われ、多様かつ盛りだくさんな内容を網羅するものとなっています。
また、この研修は水路測量従事者等の能力標準を定める国際委員会(IBSC)により認定された研修コースとなっています。自国において技術者を養成する手段を持たない国にとって、修了員が国際資格(水路測量国際B級)を取得することができる点は、6カ月の長期にわたって職員を派遣する強い動機の一つとなっています。なお、数あるJICAの研修プログラムの中でも、国際資格を取得できるコースは本研修コースしかありません。
研修は毎年10名前後の研修員を迎え、6月下旬から12月下旬まで行われます。慣れない異国において長期にわたり寝食を共にしながら研修に取り組むことは、個々の研修生の能力を向上させることはもちろんですが、日本人講師やスタッフ、海洋情報部職員との交流を通じて、相互の友情や国際ネットワークの構築にも大きく役立っていますし、週末等を利用して日本の自然や文化に親しんでもらうことで、日本についての国際的な認知、理解の増進にも貢献しています。
研修員の多くが研修修了後は自国におけるリーダーとして活躍しており、その後各国水路機関の要職につく例も多くあります。IHOをはじめとする国際会議などの場においてわが国で学んだ方々と再会し旧交を温めるとともに、共に水路分野の発展に取り組むことは、研修をホストする機関として大きな喜びです。

■図1 JICA水路測量研修への参加国(2017年末現在)
■写真1 港湾測量実習の様子(2017年 大分県別府港)

今後に向けて

ここまでご紹介したものの他にも、最近では、次の二つの人材育成プログラムが日本財団の支援により行われています。一つは2009年から英国海洋情報部で実施されている海図専門家育成コース(海図作成国際B級)で、これまでに36カ国58人が修了しています。もう一つが2004年から米国ニューハンプシャー大学で行われている大洋水深総図(GEBCO)の作成に関する専門家育成プログラム(水路測量国際A級)で、これまでに35カ国78人が修了しています。いずれも各分野一流の機関で実施される質の高い充実した研修コースであり、わが国の貢献が水路分野の国際コミュニティにおいて高く評価されています。
以上のように、JICAや日本財団をはじめとする国際的な人材育成事業によって培われた人材が、自国のみならず世界の航海安全の分野で活躍することは、国際的な水路分野におけるわが国のプレゼンスを示す上でも重要です。研修の効果を最大限に高めるためには、修了生のフォローアップや人的ネットワークの活性化なども重要であり、今後も引き続き知恵を絞って取り組んでいく必要があると考えています。(了)

  1. 筆者の所属は原稿執筆当時。
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