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オーシャンニュースレター

第431号(2018.07.20発行)

国際海運からの温室効果ガス排出ゼロに向けて

[KEYWORDS]国際海事機関(IMO)/温暖化対策/海事産業
国土交通省海事局船舶産業課長、国際海事機関(IMO)海洋環境保護委員会(MEPC)議長◆斎藤英明

2015年にパリ協定が採択され、脱炭素化に向けた世界的な機運が一層高まる中、国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出削減は、国際社会における喫緊かつ最重要課題である。
本稿では、本年4月に国際海事機関(IMO)で採択された「GHG削減戦略」をはじめ、国際海運からのGHG対策に関するIMOの審議動向と今後の展望を紹介する。

国際海運からのGHG排出の現状

国際海運から排出される温室効果ガス(GHG)は、そのほとんどがCO2であり、2014年の国際海事機関(IMO)の調査によると、2012年の排出量は、約8億トンである。これは、世界全体から排出されるCO2の総排出量の約2.2%であり、ドイツ1国分の排出量に匹敵する。また、世界経済の成長を背景に世界の海上輸送需要は今後も増加傾向にあり、国際海運からのCO2排出量も増大すると予測されている。
世界全体の地球温暖化対策については、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)で議論されているが、国境を越えて活動する国際海運・国際航空のGHG排出対策については、船舶の船籍国や運航国による区分けは難しく、UNFCCCにおける国別の削減対策の枠組みには馴染まないことから、国連の専門機関であるIMOと国際民間航空機関(ICAO)にそれぞれ検討が委ねられている。IMOでは、後述するとおり、世界共通の燃費規制を他セクターに先立って導入するなど、国際海運のGHG削減を積極的に推進してきた。一方で、UNFCCCでは、2015年にパリ協定が採択され、世界共通の長期的な温度目標が規定され、先進国・途上国双方の参加国が削減目標を定めた他、ICAOにおいても、2013年に削減目標が合意されている。地球上で唯一削減目標を定めていない国際海運に対し、国際社会は厳しい視線を向けつつあり、国際海運におけるGHG対策の一層の推進は喫緊かつ最重要課題の一つとなっていた。

IMO/MEPCにおける温室効果ガス排出削減対策

これまで、国際海運のGHG排出対策は、IMOの海洋環境保護委員会(MEPC)において審議されてきた。MEPCは、GHGのみならず、硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)の排出削減、バラスト水管理や油汚染対策等、船舶からの海洋汚染の防止・規制に係る事項の審議を行っており、海事産業に非常に大きな影響を与える案件も多く、国際社会全体からも注目度が高い委員会である。
わが国は海洋環境の保全に貢献するとともに、わが国の強みである省エネ技術等を活かして海事産業の国際競争力を強化する観点から、積極的にIMOの議論に取り組んできた。MEPCにおいても、わが国の確かな技術的知見に基づいた合理的な国際基準案の提案を行うとともに、提案文書数においても、IMO加盟国・機関の中で最多提案国で居続けている。また、現在、MEPCの議長は筆者が務めるほか、主要な小委員会やワーキンググループ等の議長も日本人が務める等、国際議論を積極的に主導する役割を日本は果たしているといえる。
国際海運分野におけるGHG排出削減に向けたIMOにおける具体的な取り組みとして、先進国・途上国の別なく世界一律に適用する燃費規制がわが国主導の下で策定され、2013年から開始された。同規制では、新造船に対して、エネルギー効率設計指標(EEDI)を計算した上で、基準値に適合することが求められている。EEDIの基準値は、規制開始以降、段階的に強化されることとなっており、当初の基準値に対して2015年から10%減(1次規制)、2020年から20%減(2次規制)、2025年から30%減(3次規制)となる。なお、本規制の導入に合わせ、既存船を含むすべての外航船舶に対し、船舶の省エネ運航計画(SEEMP)の策定が義務付けられている。
さらに、IMOでは、外航船舶を対象に、燃料消費量、航海距離および航海時間をIMOに報告することを義務付ける燃料消費実績報告制度(各船舶の燃料消費実績を「見える化」することで、船舶からの温室効果ガス削減を促す)が日本主導の下で策定された。2019年1月から、この制度による燃費関係データの収集・報告が世界一律で開始される。
加えて、約1年半に渡る交渉を経て、本年4月には、GHG削減目標やその実現のための対策等を包括的に定める「GHG削減戦略」が採択された。この戦略は、単一の産業セクターにおいて、全世界的に今世紀中のGHG排出ゼロを目指すことに世界で初めてコミットしたものである。GHG削減戦略の主なポイントは、①2008年をベースに、2030年までに国際海運全体の燃費効率を40%改善し、2050年までにGHG排出量を半減させ、最終的には、今世紀中のなるべく早期にGHG排出ゼロを目指すこと、②ハード・ソフト両面での省エネの推進、経済的インセンティブ手法の実施、低・脱炭素燃料の導入・普及等を候補例として、短・中・長期的に対策に取り組むこと、③船籍上の区別なく(先進国・途上国共通の)対策を講じることの3点である。

MEPCにて議事進行を務める筆者(中央) MEPCの審議の様子

■国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出削減対策の全体像

今後の展望

IMOは、今般のGHG削減戦略採択により、国際海運がGHG削減目標を示していないとして厳しい視線を向けていた国際社会に対し、国際海運の決意を示したことになる。一方で、削減目標等は達成しない限り「絵に描いた餅」でしかない。その観点では、IMOは新たなスタートラインについただけであり、目標達成に向けた具体的な削減対策の検討がMEPCにて今後始まることとなる。具体的な対策候補としては、EEDI規制のさらなる強化、経済的インセンティブ手法(排出権取引制度、燃料油課金制度等)の導入、低炭素・脱炭素燃料の導入等、海事産業へのインパクトの大きいものがGHG削減戦略に挙げられている。世界随一の海事大国であるわが国としては、今後、地球環境保全に貢献するだけでなく、世界最先端の省エネ技術を擁するわが国海事産業の競争力を一層伸ばす機会とすべく、ハード面の技術開発やソフト面の運航的手法の改善に一層取り組むととともに、それらの企業努力が報われるような国際的枠組み・制度をIMOで提案・合意していくことが重要である。産官学公連携の下、わが国海事クラスターの知見を結集し対応していくべきである。国土交通省としても一層積極的に取り組む所存であるところ、関係各位のご支援・ご協力をお願いして筆を置きたい。(了)

  1. 筆者による最新情報に関する改訂版は、Selected Papers No.24(英文版、2019年12月発行)にて掲載しております。ご参照下さい。

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