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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第429号(2018.06.20 発行)

生態系を基盤とした防災・減災(Eco-DRR)の国際的動向

[KEYWORDS]グリーンインフラ/生態系サービス/Eco-DRR
大正大学地域構想研究所教授、IUCN日本リエゾンオフィス・コーディネーター◆古田尚也

近年、世界的に防災・減災の分野で生態系を基盤としたアプローチ(Eco-DRR)やグリーンインフラと呼ばれるような取り組みが注目を集めているようになってきた。
これらの取り組みはとくに沿岸地域で活発に適用されている。
こうしたEco-DRRをめぐる最新の国際的動向を紹介するとともに、わが国におけるこうした取り組みの促進を提案する。

Eco-DRRとは何か

近年、Eco-DRRやグリーンインフラという言葉が日本でも少しずつ使われるようになってきた。Eco-DRRとはEcosystem-based Disaster Risk Reductionの略で、直訳すれば「生態系を基盤とした防災・減災」となる。生態系の管理や保全、再生を通じて災害リスクを削減すると同時に、持続可能でレジリエントな開発を目指すアプローチと定義され、国際的にも近年注目を集めている。
こういう考え方に注目が集まるようになったきっかけの一つは2004年に発生したスマトラ沖地震であった。同地震に伴う津波によって、東南アジア諸国の沿岸で大きな被害が発生したが、海岸林や砂丘が保全されていた地域とそうでない地域で被害に大きな差が生じたことが各地で報告された。当時、ちょうど生態系サービスという概念が世界的に使われ始めた頃で、生態系サービスのひとつとして生態系の防災、減災機能にもっと注目すべきだという議論がIUCN(国際自然保護連合)の専門家のグループの中で始まり、Eco-DRRという考え方や言葉が誕生した。
Eco-DRRと似たような概念や言葉はほかにもいろいろあり、最近日本でよく使われているグリーンインフラという言葉もその一つである。他にも類似の概念として、生態系インフラストラクチャーやナチュラルインフラというような言葉も使われる。更に最近では、これらすべてを包含するより広い概念として、社会の諸課題を自然の力、生態系サービスを上手く使って解決していこうというアプローチとして、Nature-based Solutionsという言葉も使われるようになってきている。
Eco-DRRをはじめとしたこれらの概念は、山から里、都市でも沿岸、海などいずれの場所でも適用可能だが、最も議論が活発に行なわれている場所のひとつが沿岸地域となっている。過去数十年間の自然災害の数が全体的に増加する中で、とくに沿岸地域への人や物の集中と気候変動の影響などで、沿岸地域における風水害のリスクが高まっていることがその理由に挙げられるだろう。

海外で進むEco-DRRの事例

例えば、ニューヨークは2012年にハリケーンサンディーによる大きな高潮の被害を受けたこともあり、現在さまざまな取り組みが行われている。2013年に発表されたハリケーンサンディーからのの復興戦略では、よりレジリエントな街づくりをしていく上でグリーンインフラの選択肢を優先して適用するという方針が打ち出された。例えば、この方針に基づいて実施されたデザインコンペで選ばれた復興プランのひとつ、リビングブレイクウォーターでは、カキ礁をつかって海岸防御施設が上手く温暖化による海面上昇に適応できるようにしていこうというプランとなっている。
ニューヨークでは、温暖化による海面上昇に加えて水質汚染も課題となってきた。ニューヨークのような古い都市は、下水道が合流式下水道、すなわち雨水と汚水が同じ下水管を流れるという方式になっている。このため、少しまとまった雨が降ると汚水を含んだ未処理の下水が川に流れるという事が起きる。ニューヨークでも年間に40日くらいこうした事象が発生し、それによって川や湾が汚染される。最近、東京でも2020年オリンピックのトライアスロン競技がお台場で開催出来るか出来ないかというような形で、合流式下水道の問題が新聞記事などでも報道されたが、ニューヨークでも以前からこれが大きな問題となっており、それに対処するためのグリーンインフラ計画が2010年に発表された。
そこでは、緑地空間を活用して降った雨が急に下水に流れ込まないように、いろいろな形でそれを捕捉したり、溜めるなどして、ゆっくり下水に流すという方策が計画されている。具体的には道路の脇に雨庭(レインガーデン)と呼ばれる仕組みを何百ヶ所も設置し、雨水がゆっくりと浸透していくという仕掛けを作っている。こうした取り組みは、ニューヨーク市だけではなくて、現在、全米各都市で行なわれ始めている。
ヨーロッパなど、米国以外の地域や国でもいろいろな動きがある。例えば国土の50%以上が海面より低い場所にあるオランダでは、海から国土を守るために海底から砂を浚渫し海岸を養浜するという事が昔から行なわれてきた。しかし、こうした従来のやり方では、海底の生物層への影響など環境面での懸念が大きくなり、近年、さまざまな自然の力を生かした新しい工法が試されている。2008年には、「エコシェイプ」という官民のコンソーシアムが作られ、そこで今までにないさまざまなパイロットプロジェクトが、オランダの国内外で進められている。例えば、サンドモーターと名づけられたパイロットプロジェクトでは、従来は数年おきに海岸の養浜をしていたものを30年分の砂を一度に置き、あとは海流などに任せて自然に砂が供給されるようにする方法を実験的に行なっている。このほかにも、インドネシアでマングローブの再生のために沿岸に杭を立て、自然に泥砂が捕捉され、自然にマングローブが生えてくるという工法などが実験的に行なわれている。

沿岸の自然が再生されたニューヨークのブルックリンブリッジパーク ニューヨークの歩道に設けられた雨庭(レインガーデン)

進展する国際政策や科学研究

近年、こうしたいろいろな取り組みが、国際的な政策のレベルでもサポートされるようになってきている。例えば、生物多様性条約では2014年のCOP12で生物多様性と気候変動と防災、減災という決議を採択し、ラムサール条約でも2015年のCOP12で湿地と防災、減災に関する決議を採択した。防災に関する国際政策でも、2015年3月に仙台で開催された国連防災会議で採択された『仙台防災枠組2015-2030』の中にも、生態系管理を防災、減災に活用するという考え方が盛り込まれたほか、気候変動に関するパリ協定の中にも同様の考え方が盛り込まれた。
さらに、科学的な研究の分野でも、Eco-DRRの効果に関する研究成果が最近急速に増えており、とくに沿岸を対象にした研究が目立っている。同時に、世界中で行なわれているさまざまな実践を基にしたケーススタディやガイドラインなども近年たくさん出版されるようになっている。このように、国際的に沿岸地域を対象に生態系サービスを活用したさまざまな新しい取り組みが進んでいる。こうした考え方を取り入れていくことで、長い海岸線に囲まれ沿岸災害が多く、このため垂直護岸で魅力の乏しい場所も多いわが国の沿岸地域も、より一層レジリエントで魅力のある場所にしていくことができるのではないだろうか。(了)

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