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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第426号(2018.05.05 発行)

サンゴ礁の恵みに恩返し

[KEYWORDS]サンゴ礁/生態系サービス/共生社会
琉球大学島嶼地域科学研究所客員研究員、第10回海洋立国推進功労者表彰受賞◆土屋 誠

私たちはサンゴ礁から多くの恵みを享受しながら生活してきた。
その恵みを得るための活動はサンゴ礁環境を悪化させる場合も多い。
真の意味でサンゴ礁と共生する社会を実現させるために、攪乱を受けたサンゴ礁環境を良好な状態に再生させ、資源の回復に努めるための具体的な方策を立案、実践して、サンゴ礁に恩返しをする必要がある。

自然と人間の共生関係

■図1
石垣島の健康なサンゴ礁

サンゴ礁に限らず、私たちは自然から多くの恵みを享受しながら生活してきた。その意味では自然と人間の共生は実現してきたと言える。近年、残念ながら人間活動による自然への圧力が大きくなり、自然が激しい攪乱を受けた結果、自然と人間が永久的に共存することが困難になってきたことも事実である。本稿では、自然の攪乱が私たちの暮らしに強い影響を及ぼすことを危惧し、私たちが対応すべき課題について、高い生物多様性が維持されているサンゴ礁を例にして考える。
サンゴ礁は熱帯・亜熱帯の沿岸に広がる清澄な海水と高い生物多様性で特徴づけられる生態系である(図1)。観光資源としての利用価値が高く、世界中のサンゴ礁が観光客でにぎわっている。最近ではサンゴ礁が複数の要因によって多大な攪乱を受け、保全活動が盛んに議論されている。
私たちはプレゼントをいただいたとき、お返しをしようと考える。自然と人間の関係に当てはめた場合、自然から人間に対するプレゼントは「生態系サービス」、お返しは「生態系サービス(あるいは環境サービス)に対する支払い」と呼ばれているが、サンゴ礁に関する情報は少ない。次にそのいくつかを挙げてみる。

サンゴ礁の生態系サービス

■図2
サンゴ礁域の魚市場にはカラフルな魚が並んでいる。これからも海の幸を楽しむことが可能になるために必要な事柄を幅広い視野で考えよう。

私たちの暮らしはサンゴ礁で得られる豊かな恵みで支えられている。カラフルな魚たちが並んでいる魚市場はさまざまな地域で観光スポットになっている(図2)。
サンゴ礁の清澄な水環境は、動物たちの健康的な暮らしや砂浜の存在によって維持されている。動物に摂取された食物の一部は消化吸収されるので、その分だけ周辺環境から有機物が減少して環境が浄化される。サンゴ礁の海岸に続いている砂浜も海水を浄化する役割を担っている。満潮時、砂浜に侵入する海水に含まれている懸濁物は、砂粒によって濾過され、引き潮の時には有機物の含有量が減少した清澄な水がサンゴ礁に戻ってくる。
島の周りに発達したサンゴ礁は自然の防波堤として台風時の高波を弱めてくれる。この防波堤を人工的に建設する場合に必要な費用を推定してみよう。1メートルのコンクリート製の防波堤を建設するために必要な経費は100~300万円と見積もられている。すべての海岸線を人工堤防で取り囲むための費用を計算することは、サンゴ礁が有する防波堤としての経済的価値を知ることである。
エメラルドグリーンに輝くサンゴ礁や、サンゴの森の間を無数のカラフルな魚たちが泳いでいる様子は私たちの心を癒し、観光業を成り立たせている。サンゴ礁は教育研究・文化活動の場として重要であり、芸術活動をはじめ、多くの文化活動に利用されてきた。サンゴ礁域に暮らす人々は海を信仰の対象として、畏敬の念をもって接してきた。
さらにサンゴ礁は地球環境の変化を教えてくれる。近年起きているサンゴなどの白化現象は地球の温暖化が原因で起こったと考えられているので、地球全体の環境が変化してきていることを意味する。あまり知られていないが、サンゴの骨格年輪には過去の環境が記録されており、海洋古環境の解析に重要な役割を果たしている。
私たちはこれらのサンゴ礁の生態系サービスを科学的に証明し、だれにでも理解できるような説明を用意しなければならない

恩を仇で返している

私たちはサンゴ礁からこれら多くのサービスを受けながら、同時にさまざまな形で負荷を与えており、恩を仇で返している。恩恵を得ながら利便性を追求し続けることは、サンゴ礁の攪乱につながり、人間社会への影響の大きいことを認識すべきである。
より多くの漁獲を得ようとしたり、乱獲を繰り返したりした結果、「最近あまり魚が捕れなくなった」、あるいは「魚たちが小型になった」などという声が届くようになってしまった。それでも漁業資源は人間の生活にとって欠くことができないものであるので漁業は継続して営まれなければならない。
ダイビングなどを目的としたサンゴ礁の過剰な利用はサンゴに直接被害を与えることがある。赤土流出など陸上からの負荷によりサンゴが大量に斃死した例も報告されている。サンゴ礁に限らず浅海域の環境は陸域からの負荷に直接影響を受けるので、陸域と海域は不可分一体のシステムであることを忘れないようにしたい。
私たちはサンゴ礁を持続的な利用が不可能な形としても利用してきた。建築材の採取や、埋め立ての場としての利用などである。これらの活動によって私たちは多くの便利さを得ているが、他のサービスを得ることを不可能にする。利用形態間のバランスをどのように考えるかは重要な課題である。

サンゴ礁への恩返し

サンゴ礁との関わりをこれまで以上に大切にしながら恩返しの方法を考え、それを実行することは私たちの責務である。サンゴ礁生態系と共生する社会を実現させるために私たちがなすべきことは多い。
白化現象を止めるためには地球レベルでの対応が必要になる。2015年に採択されたパリ協定には、気温の上昇を抑えることや、温室効果ガスの排出量と吸収量のバランスについてのアイデアが記述されている。同時に技術開発や締約国間の連携が期待されている。わが国では地球温暖化対策推進本部が2016年に対策とその実行計画を策定して、取り組みを実行しようとしている。それが実施され、環境の保全につながるようにすることがとりあえずの恩返しであろう。
この目的の達成のために地域レベル・個人レベルで行動することは可能である。サンゴ礁に悪影響を与える要因の除去、エネルギーの節約などを実践することにより貢献できることがあるはずだ。日本最大のサンゴ礁である石西礁湖では自然再生協議会が陸域からの負荷の除去やサンゴの再生活動などに努力している。環境省はサンゴ礁生態系保全行動計画を策定し、各地でのシンポジウムや啓発活動を実施している。また2017年4月にはサンゴ大規模白化緊急対策会議を開催し、サンゴ礁保全に関する緊急宣言を採択した。沖縄県のサンゴ礁保全に関する活動も活発である。これらの中で、とくに陸域とサンゴ礁の良好な関係の回復や、気候変動対策との連携が期待されている。
2018年は国際サンゴ礁年である。これはサンゴ礁生態系保全の国際協力の枠組みである国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)が指定したもので、幅広く多様な主体が連携し、サンゴ礁の保全をしようとするものである。サンゴ礁により高い関心を持ち、自然との共生を考える1年にしたい。(了)

  1. 土屋 誠・藤田陽子(2009)「サンゴ礁のちむやみ-生態系サービスは維持されるか-」東海大学出版会
    土屋 誠(2014)「きずなの生態学-自然界の多様なネットワークを探る-」東海大学出版部
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