Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第425号(2018.04.20発行)

グリーンランドとヤップ島 ─ 直面する海の環境変化

[KEYWORDS]グリーンランド/ヤップ島/伝統知・在来知
特定非営利活動法人ECOPLUS代表理事、早稲田大学教授◆高野孝子

調査や環境教育で訪れる北極地域や太平洋の島々では、海の変化が如実に現れ始めて久しい。
地理的には遠く離れているが、直面する海の環境変化の課題は共通する。
原因とされることには日本も関わっていると同時に、海の環境変化は日本にとっても大きな課題だ。
将来にわたって少しでも改善するよう、様々な努力が必要である。

「『エスキモーロール』って言うだろう?でも、俺たちはそんなことやらないよ」
自分のカヌーを見せながら、グリーンランドで生まれ育った40代男性が大笑いした。
グリーンランドは世界でもっとも大きな島。住民の9割近くがカラーリットという、グリーンランドの先住民たちだ。大地の80%以上が氷と雪に覆われているので、人々を始めさまざまな命が暮らすのは主に海岸線となる。暮らしは海と深く関わっている。

暮らしで実感する環境の変化

グリーンランドでのムール貝採りの光景

私が初めてグリーンランド東側を訪れたのは、2000年だ。ずいぶん前だが、すでに気候変動の影響が日常生活に影響を与えていた。私は、狩猟など自然と直接関わって生きる彼らが、日常の中で環境の変化を実感しているかを調べていた。
「海が高くなってきたよ。どうしてわかるって?アザラシを解体するのに使っていた大きな石の場所がね、海の中になってしまったんだよ。ずーっとそこでやっていたのに」と話すのは50代の女性。
グリーンランド東側では、狩猟採集の営みが暮らしの基本だ。彼らは多様な海獣を狩って食するが、アザラシはクジラなどと比べて採りやすく、貴重なタンパク源であり、その油は日本で言えば醤油のような欠かせない存在だ。滞在中、あちこちでアザラシをさばく姿を見かけていたし、食べさせてもらった。
ある日、世話になっていた家族の女性たちや子どもらと一緒に、ムール貝を集めに出かけた。岩場の海水に手を突っ込んで貝を引き剥がす。
「うわっ、冷たっ!」
5月、まだ氷が張っている海水はものすごく冷たい。10分もしないうちに、私は音をあげた。手がかじかんで、感覚もない。見回すとしかし、女性たちは何事もないように貝を採り続けている。小一時間して、大ぶりのテラテラしたムール貝が大きな袋いっぱいに集まった。近場の岩の上にみんなで座り、小休止しつつピクニック。採れたての貝をいただく。え、ムール貝って生で食べれるの、と思いつつ、子どもたちが争って食べているのを見て、口に運ぶ。今度は「うわっ、しょっぱ!」だった。

伝統知や在来知が教えてくれること

男性たちはボートで遠くまで狩に行く。氷河の様子もよく観察している。
「アイスキャップ(グリーンランド一帯を覆う氷)は溶けているか? そんなの当たり前だろう、太陽があるんだから」と、ある男性は私に言った。そして氷河は大きく後退している場所も、逆に前進しているところもある、と話し、地図の上で、一つ一つ教えてくれた。また、何世代も前から伝わっている、カヌーによる旅の物語のなかで、「硬い海」という表現が出てくるそうだ。おそらく凍った海のことだろうと彼は言う。今はその場所で海が凍ることはないそうだ。温暖化なのか、今より氷が多かった時があったということか。
現代科学のデータが及ばない時代についての情報が、伝統知や在来知の中に詰まっている。また計測されるデータは、大きなスケールになることが多いが、局所的な状況はさまざまであり、注意して理解しなくてはならないことも教えてもらった。
「海が変わってきている」。グリーンランドに暮らす人たちは、気候変動による影響を実感していた。それがほとんどの場合、もっと南に位置する工業国に暮らす人たちの活動によることも知っていた。日本の人たちにメッセージがある、と初老の男性が私に言った。
「温暖化を止めてくれ。われわれを助けてほしい」

ミクロネシアのヤップ島

海の異変は、赤道に近い熱帯の島の住民たちも訴える。
北緯9度、サンゴ礁に囲まれたミクロネシア連邦のヤップ島は、大きな石のお金で知られる。そして畳3畳分くらいの大きさになる、オニイトマキエイが暮らしていることで、ダイバーたちの憧れの海だ。
私は過去25年にわたり、日本人を中心とする青少年とともに毎年その島へ赴き、島の暮らしから学ぶ教育事業を実施している。電気、ガス、水道や水洗トイレといった、日本では当たり前のものがない日々の生活を通して、「豊かさとは何か」を考える。ココナツの外皮や薪で火を起こして調理するが、地元の人たちから、主食のタロイモや数々の果物、カニや魚などが差し入れされる。完全オーガニックな自然からの恵み。私たちは自然によって生かされていると実感する。

保護区と海面上昇

赤い土がむき出しになった工事現場(ヤップ島)

「ものっすごく綺麗でした!青や黄色の魚がいっぱいいて」と、海からボートに上がってきた参加者の一人が興奮気味に話す。初めて潜るサンゴの海の美しさに、みんな大きな笑顔だ。
マスクをつけて泳いだ海域は、地域の環境保全団体によって保護区とされ、禁漁かつ立ち入りも禁止されている。この時、私たちはTRCT(トミル自然保護基金)という団体と一緒に、海の様子を観察した。TRCTは、近年海の状況が悪化し続けている中、このままでは未来世代を支える海産物がなくなってしまう、という危惧から発足した。保護地域では、そうでないところよりも魚が多いように思われた。
海の異変の原因は、いくつかの要因が重なり合っている。開発やライフスタイルの変化に伴う陸からの汚染もあるし、魚の捕りすぎや、気候変動による影響も指摘されている。
このあと、参加者一同は、マングローブが広がる美しい入り江に到着した。今は工事現場となっているその場所は、もともと伝統的な公の建物が建っていた。しかし海面上昇が激しく、基礎が海水に浸かるようになり、とうとう取り壊された。そして海辺からその建物があった場所までの一帯を1メートルほどかさ上げして再建する計画が進行していた。近くには、その建物の元々の基礎である無数の大きなサンゴや、建物の前に置かれていた、いくつもの巨大な石貨があった。その場所から入り江を渡って隣村につながる、その幅1.5メートルほどの道も、潮が高い時には冠水して通れなくなる。参加者らは、目の前に広がるマングローブと海の美しい光景と、すぐ隣にある赤い土がむき出しになった工事現場を見ながら、気候変動がダイレクトに人々に影響を与えている現実に衝撃を受けていた。
すべての国々は海でつながっている。グリーンランドとヤップ島と、気候や暮らしている人々の格好は異なっても、今、直面する海の環境変化の課題には共通点がある。それは、日本にとっても大きな課題であり、将来にわたって少しでも改善するよう、個々人はもちろん、様々なレベルで多様な努力が必要とされている。(了)

  1. エスキモーロール=カヌーが転覆したとき、水中で体を回転させるなどしてカヌーごと起き上がる技術。

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