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オーシャンニュースレター

第412号(2017.10.05発行)

苫小牧沖でのCCSの取り組み

[KEYWORDS]二酸化炭素回収・貯留(CCS)/地球温暖化対策/苫小牧沖
日本CCS調査株式会社技術企画部長、技術士(応用理学部門)◆田中 豊

北海道苫小牧市において、国のCCS実証試験事業が2012年度から2020年度にかけて行われており、2016年4月より二酸化炭素の地中貯留が開始され、2017年7月末までに約6.6万トンが貯留された。
CCSは、既存技術で大量に二酸化炭素を削減することが可能であり、「次世代の新しいエネルギー社会への橋渡し技術」と言われている。
本稿では、苫小牧CCS実証試験事業の取り組みを紹介する。

二酸化炭素削減の目的とCCS

人間活動由来の二酸化炭素(CO2)削減の目的は、地球温暖化対策だけではなく、海洋の酸性化対策でもある。大気中のCO2濃度は、産業革命頃の280ppmから2016年には400ppmを超えた。大気中に排出されたCO2の3割は海洋に溶解していると考えられ、気象庁の海洋観測結果では、表面海水中の酸性化(pHの低下)傾向が報告されている。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告※1によれば、酸性化が進むと、海洋のCO2吸収能力の低下やさまざまな海洋生物の成長や繁殖に影響し、海洋生態系に大きな変化が起きる怖れが指摘されている。
二酸化炭素回収・貯留(CCS)※2技術は、火力発電所や工場などで発生するCO2を大気に排出せずに回収して、地下深くの安定した地層へ貯留する技術であり、化石燃料の利用によるCO2排出量を削減するうえで重要な役割を果たすことができる。既存の技術の組み合わせで実施可能であることから、再生可能エネルギーの利用拡大や、エネルギー利用の効率化等とともに地球温暖化対策の一つとして世界的に期待されている。日本においても、「地球温暖化対策計画」(2016年5月、閣議決定)にて、2030年以降を見据えてCCSへ取り組むこと等が示されている。

世界のCCSプロジェクト

実用化されているCO2貯留を行う地層(貯留層)には、深部塩水層※3と油層とがある。世界初の深部塩水層での地中貯留は、ノルウェーの天然ガス生産設備において1996年に開始され、海底下800〜1,000mの貯留層への年間約85万トンのCO2圧入が現在も続いており、20余年間CO2の漏出は確認されていない※4。ノルウェーでは、1991年に炭素税が導入されたが、CCSにより課税が回避できている。一方、油層にCO2を圧入する手法は、石油増進回収(EOR)※5を目的として40年以上前から実施され、そのCO2の圧入総量は、約10億トンと推定される。
2017年4月現在、人為起源のCO2を地下に圧入する大規模CCSプロジェクトは17件稼働し、年間約3,200万トンのCO2が削減されている。その内、深部塩水層へのCO2貯留を目的とするプロジェクトは3件であり、他はEORを目的としている。

苫小牧CCS実証試験プロジェクト概要と世界から注目されるポイント

2016年4月より、日本で最初の総合CCSプロジェクトである国のCCS実証試験が、北海道苫小牧市で開始された。2017年7月末現在、CO2の累計圧入量は約66,000トンである。
2008〜11年度の4年間、早期に実証試験を開始することを前提として、実証試験候補地の評価と検討・調査が行われ、CO2供給源と貯留層とを組み合わせた115の候補地から、最終的に、詳細な事前検討と調査が完了して実証試験に適していると評価された苫小牧が選定された。苫小牧CCS実証試験は2012〜20年度の9年間が予定され、このうち当社は、2012〜15年度の試験準備事業と2016・17年度のCO2圧入の実証試験事業を経済産業省から受託した。
苫小牧CCS実証試験は、分離・回収、圧入、および地中貯留といった、CCS全体のシステムの運営を通じ、2020年頃の技術の実用化を目指して、実用化に対応できる技術レベルで安全かつ安定的にCCSが実施できることを実証するうえで重要なプロジェクトである。
本プロジェクトでは、隣接する製油所の水素製造装置から供給されるCO2を含むガスから、年間10万トン以上の規模でCO2を回収、圧入、貯留し、地下でのCO2の挙動を日々継続的に監視する。圧入期間は2016〜18年度の3年間で、監視は圧入期間中に加え、圧入終了後地層が十分に安定する2020年度までの2年間継続される。貯留層は、萌別層と滝ノ上層の二層である。
本プロジェクトは、年間圧入量が少ないため先に述べた世界の大規模プロジェクトの中に含まれないが、次の点で世界から注目されている。
①陸域から海底下に圧入する例はCCSとしては世界初である。陸域から傾斜井で海底に向けて圧入井を傾斜させながら掘削することで、海域での操業に比べて費用を大幅に低減できる。
②貯留層での圧入区間を1,100m以上の長さとした例(海域)は苫小牧が初めてである。圧入時の圧力損失の低減と地層の圧力上昇を抑制できる。
③分離・回収に省エネルギー型プロセスを採用し、CCSによるCO2の発生を抑制している。
④監視機器を必要範囲に密度高く多数設置することによって、CO2圧入と自然地震には関連性がないことなどを示す観測データを取得できる。
⑤海洋汚染防止に関するロンドン条約1996年議定書付属書の改正(2007年発効)により海底下でのCCSが認められて以来、条約準拠の世界最初の海底下貯留プロジェクトである。
圧入性状が良好との評価が得られている萌別層を対象に、本圧入に先駆けて試験圧入を実施した。設計圧入レート20万トン/年における貯留層の圧力上昇を確認した結果、圧入性状が期待通り良好であることが確認された。試験圧入期間に、設備全体として、その後の実証試験を進める上で十分な性能と運転性が備わっていることも確認された。
圧入開始以来、各坑井内で地層の温度、圧力および地下の微小振動の観測を行っているが、測定値に異常はなく、微小振動は検出されていない。

■苫小牧CCS実証試験の概念図

プロジェクトの円滑な推進に向けて

プロジェクトの円滑な推進のためには、地元の自治体、漁協等の関係機関および住民の方々の理解と協力が不可欠であり、社会的受容性の重要性を認識しており、本プロジェクトの役割について積極的な情報発信活動を行っている。本プロジェクトは、地域社会に対してさまざまな働きかけを行い、さらにCO2圧入開始後から、事業を実施している苫小牧市の市役所に、モニターを設置し、圧入状況や微小振動観測等の情報公開を実施している。また国内外への情報発信にも取り組み、2016年度に苫小牧CCS実証プロジェクト関連施設を訪れた人数は2,000人を超えた。
国際エネルギー機関によると、産業革命前に比べて気温上昇を2℃以下に抑制するシナリオの達成のためには、CCSは14%の技術寄与を行う必要があるとされている。将来の地球温暖化対策として重要な役割を担う本プロジェクトの着実な進展に、今後も貢献していきたい。(了)

  1. 本稿は、これまでに当社が経済産業省より受託した委託事業での成果の一部をまとめたものである。
  2. ※1IPCC第5次評価報告書(2013年)
  3. ※2CCS:Carbon dioxide Capture and Storage
  4. ※3深部塩水層=岩石の隙間が飲料に適さない塩分を含む地層水で満たされている地層
  5. ※4Final Report Summary - ECO2 (Sub-seabed CO2 Storage: Impact on Marine Ecosystems(ECO2))CORDIS, EU, 2016参照
  6. ※5EOR:Enhanced Oil Recovery=地下にある油層に気体等を圧入し内部の圧力を高めることにより、残っている原油を取り出しやすくすること。

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