Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第407号(2017.07.20発行)

海洋立国としての海洋状況把握(MDA)について

[KEYWORDS]海洋立国日本として/海洋状況把握(MDA)/海洋安全保障
総合海洋政策本部参与会議参与、(公社)安全保障懇話会代表◆古庄幸一

MDAは2001年の同時多発テロ事件を契機に、国家レベルの問題に影響を与えうる海洋情報を、関係政府機関で効果的に共有するための仕組みとして米国ではじまった。
その後、MDAは海洋からのさまざまな人為的または自然の脅威に対応するための情報共有基盤・枠組みとして深化しており、わが国でも領海および排他的経済水域内での海洋政策・国家安全保障の脅威などが顕在化しており、MDAの構築は喫緊の課題となっている。

海洋状況把握(MDA)とは

海洋状況把握(以下、MDA:Maritime Domain Awareness)は、2001年9月11日の同時多発テロ事件を契機に米国ではじまった取り組みであり、国家レベルの問題(防衛、安全、経済等)に影響を与えうる海洋情報を、関係政府機関で効果的に共有するための仕組みである。その後、欧州においても、海洋環境保全を目的に加える形で広がり、現在では、「海洋からのさまざまな人為的または自然の脅威に対応するための情報共有基盤・枠組み」として深化している。
わが国でも、シーレーンにおける海賊行為、領海および排他的経済水域内での外国漁船の違法操業、深刻化する気象災害、海域で発生する地震や津波等、海洋政策・国家安全保障の脅威が顕在化しており、MDAの構築は喫緊の課題となっている。最近の動向としては、2016(平成28)年7月に、総合海洋政策本部により『我が国の海洋状況把握の能力強化に向けた今後の取組』方針※1が決定され、この内容を踏まえた参与会議意見書が2017(平成29)年3月に総理へ提出されている。この意見書では、広義の安全保障の観点から次期海洋基本計画で「海洋安全保障」のあり方を求めることが提言されており、これを受け、2017(平成29)年4月の第16回総合海洋政策本部会合において、総理が「次期海洋基本計画では『海洋の安全保障』を幅広く捉えて取り上げ、(中略)『MDA体制の確立』に万全を期す」旨を発言されるなど、安全保障の観点からMDAの実現に向けた検討が活発化している。

わが国におけるMDAの意義 ─ 国際連携、日米同盟の強化

海洋立国である日本にとって、MDAは上記の課題解決に留まらず、国際連携の観点でも重要である。わが国は自衛隊活動等を通して、国連海洋法条約等の国際法を守り、海洋を介した大量破壊兵器等の拡散や人身売買、麻薬等取引の脅威から海洋の自由確保・海洋保全活動に貢献してきた。だが、管轄海域内外での海洋安全保障に関連する海洋情報を、自衛隊および海上保安庁の有する資産のみで把握するのは困難であり、国際連携しつつ政府全体として海洋状況把握能力を向上させる必要がある。また、2015(平成27)年4月の日米安全保障協議委員会(2+2)で了承された『日米防衛協力のための指針』※2にもある通り、日本の平和および安全の切れ目のない確保のため、「平時からの協力措置」の一つとして「必要に応じて関係機関との調整によるものを含め、海洋監視情報の共有を更に構築し及び強化」が求められ、「宇宙に関する協力」の一つとして「海洋監視(中略)における協力の機会を追求する」とされている。この日米同盟を基調とした海洋安全保障に関する取り組みを着実に推進する観点からも、海洋状況を一層効果的かつ効率的に把握・認識することが重要なのだ。

これまでの取り組みと今後の課題

わが国のMDAの取り組みの始まりは、前海洋基本計画(2008(平成20)年制定)に遡る。これまで関係府省や学術機関が各々の行政・業務目的のため収集・管理してきた海洋情報を一元的に管理・提供する体制整備の必要性が示され、内閣官房総合海洋政策本部事務局を中心に検討が開始された。その結果、2010(平成22)年には個々の海洋情報をどの機関が保有するか利用者が検索できる「海洋情報クリアリングハウス」が、2012(平成24)年には一元化した海洋情報を地図上で可視化し重畳表示できる「海洋台帳(海洋政策支援情報ツール)」※3が海上保安庁によって整備された。だが、これらの情報の多くは静的な情報に限られていることが課題であり、今後はより広域性・リアルタイム性の高い情報の活用の検討が不可欠になる。
国際連携や広域性の高い情報の取込みのためには、海洋・宇宙連携も不可欠な要素である。現行の衛星に加え、海面高度観測用衛星、SAR(合成開口レーダー)衛星、光学小型衛星の打上げにより、情報源となるデータ(海洋環境情報、AIS(自動船舶識別)情報、船舶情報)に厚みを持たせ、分析精度を向上させることも必要である。現行の海洋基本計画(2013(平成25)年制定)※4では「衛星を利用した海洋監視のあり方などについて検討する」とされ、宇宙基本計画(2015(平成27)年制定)も「宇宙技術の活用について、航空機や船舶、地上インフラ等との組み合わせや米国との連携等を含む総合的な観点から検討を行い、平成28年度末をめどに知見を取りまとめる」としているが、残念ながら具体的な検討結果は出ておらず、衛星事業も課題の一つといえよう。

実現に向けて ─ 既存システムの利活用と産官学一体での実現

現在、MDAの検討では、適切な情報管理を行うための基本コンセプトとして「三層構造(①民間も利用できる情報・システム、②政府機関で共有する情報・システム、③海洋安全保障に携わる一部の政府機関のみで共有する情報・システム)」に整理されている。(図参照)
このようにMDAの検討は一部進んではいるものの、事業実現の全体像やスケジュールは未だ明確になっていない。能力強化に向けた取り組み方針では、次の2点が提言されている。まず実現方針については、各関係省庁が保有する既存システム群を利活用した効率的な開発を行うということだ。例えば、第三階層(安全保障分野)は海上自衛隊と海上保安庁間での情報共有基盤が活用可能である等、既存のシステムを調査し、効率的で実現可能なシステム構築からスタートすることができる。次に、事業の主管組織についてである。米国がその概念の起源ゆえにトップダウンで事業が始まったのに対し、日本はその大義が多岐に渡るため、各省庁、民間組織および学術機関のボトムアップで事業を進めざるを得ない。そのため、遂行能力が高い司令塔を編成し、産官学一体となった取り組みを推進するべきではないか。(了)

■MDAの情報管理の概念

  1. ※1『我が国の海洋状況把握の能力強化に向けた取組』2016(平成28)年7月、総合海洋政策本部決定
    http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kaiyou/dai15/shiryou1_2.pdf 参照
  2. ※2『日米防衛協力のための指針』防衛省HP http://www.mod.go.jp/j/approach/anpo/shishin/ 参照
  3. ※3本誌299号「海洋の総合的管理のための海洋情報の提供~海洋政策支援情報ツール~」林王弘道著 参照
  4. ※4本誌311号「新たな海洋基本計画の策定について」山本一太著 参照
  5. 『我が国における海洋状況把握(MDA)について』2015(平成27)年10月、海洋状況把握に係る関係府省等連絡調整会議
    https://www8.cao.go.jp/ocean/policies/mda/pdf/mda_concept.pdf 参照

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