Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第406号(2017.07.05発行)

「ライフセーバー」が守るビーチの安全と将来への展望

[KEYWORDS]海水浴場/溺水事故/ライフセービング
NPO法人日本ライフセービング協会一般会員◆小山隆彦

多数の遊泳客でにぎわう海水浴場の安全を確保するため、全国各地で、「ライフセーバー」と呼ばれる民間の有志が活動している。
地方公共団体や沿岸域住民と密接な関係にあるその取り組みは、万が一の事故・災害等に即時対応するうえで大きな意義を有し、言わば「公共的使命」を帯びている。
他面、この活動はライフセーバー自身の生命身体にとっても潜在的危険を伴うものであり、海水浴場関係者は、法令等も踏まえ適切な安全確保体制を不断に追求すべきだと言える。

海水浴に潜む危険とライフセーバーの存在意義

わが国において、海水浴は夏の風物詩であり、人気が根強い。例えば湘南エリアを擁する神奈川では、県内26カ所の海水浴場を夏期に利用する人数は約452万人に上る(同県調べによる平成28年度7〜8月期の実績)。他にも千葉県や静岡県、兵庫県など全国各地の利用者数を合計すれば、相当の需要がある。
反面、夏季には水難事故も発生する。多数のライフセーバーが加入する特定非営利活動法人日本ライフセービング協会(以下JLA)※1の調べでは、全国に所在する海水浴場のうち計197カ所の利用者(約1,126万人)に対し、溺水者へのレスキュー事案は3,163件に上った。
このなかで意識のない溺水者に対するレスキューは40件、うち蘇生件数は16件であった(いずれもJLA『Annual Report 2015』における平成27年の数値)。沖への離岸流、泳力不足、飲酒など事案ごとに要因は異なるが、さまざまなリスクに対し、浜辺で迅速に対処するライフセーバーの果たす役割は大きい。
救命講習等で紹介される「カーラーの生命曲線」理論によれば、心停止後約3分で50%の者が死亡、呼吸停止後約10分で50%の者が死亡する。これに対し、119番通報を受けてから救急車が現場に到着するまで要する時間は全国平均で8.6分、通報から病院収容までに要した時間は全国平均で 39.4分である※2。この時間的な「隙間」を補完する意味で、公的救助機関に先立ち法令の範囲内で一次救命処置等を行うライフセーバーの存在は無視しがたい。特に、後述するような民間主体の資格制度を通じて、AED(自動体外式除細動器)の使用や応急手当を学習したり、溺水者に迅速にアプローチするため泳力測定を行ったりしている者が多数いるため、民間人でありながら、その技量には一定の効果を期待できる。その他、迷子への対応や近隣の交通案内、地元イベントへの任意協力など、各地域の特性に応じてライフセーバーはさまざまな役割を果たしている。
しかし、社会的な認知度も決して高いとは言えず、人的・物的資源にも制約のあるわが国のライフセーバーは、「自らの心身を鍛え、水辺の安全に貢献したい」という自負に基づいて活動に参画し、各海水浴場のチームが一丸となって、「無事故」への地道な奉仕を重ねている。

溺水者に対するAEDを使用した処置訓練の模様。ライフセーバーは、オフシーズンや夏季の業務時間外などを利用して、知識・技術の向上に努めている。(写真提供:鎌倉ライフガード)

わが国における「ライフセーバー」の歴史と定義

ところで読者の中には、ライフセーバーがどのような歴史的・制度的背景のもとに活動しているのか、ご関心を持たれた方もいるのではないか。
わが国のライフセーバーの歴史は、見方によっては明治時代まで遡る。すなわち、「海水浴」の文化がわが国に生まれて以降、泳ぎの得意な者が「見張人」のような形で表れたのがその源流と考えられる(畔柳昭雄『海水浴と日本人』中央公論新社,2010参照)。
もっとも、現代に近い形が本格化したのは、第二次大戦後である。まず、日本赤十字社による「水上安全法」「救急法」等の資格取得者らが、「日本ライフガード協会」という団体を設立し、神奈川県で監視業務に従事しはじめた。加えて1970年代、豪州で水難救助の技術を学んだ有志らが、「日本サーフライフセービング協会」という団体を結成、静岡県で同様の取り組みを開始した。これら2つの系譜が統一し、現在のJLAに連なっている(これら経緯については、千原英之進ほか『ライフセービング:歴史と教育』学文社,2002を参照)。JLAおよび日本赤十字社は、水難救助活動に関心を持つ多数の者に継続的な資格講習等を行っており、技術・知識の普及啓発に貢献している。
ここから分かることは、わが国のライフセーバーという存在が民間主体で発展してきたという点である。裏を返せば、国・地方の行政機関によって法的枠組みを含め制度設計があまり行われてこなかったともいえる。現にわが国の法令上、「海水浴場」や「ライフセーバー」を明確に定義または言及している条文等は乏しい。
このあり方は、さまざまな学生および社会人に広く門戸を開き、各地の特色に応じて海水浴場を運営する観点からは、むしろ望ましい場合もある。しかし、後述するような観点、また現代社会における価値観等を勘案した場合には、必ずしも既存の状況が完全とまでは言えないと筆者は考える。

ライフセーバー自身のリスク管理と時代に適合したあり方について

ライフセーバーは、監視・救助等の活動に備え、心身の健康に努めている。しかし、負傷や溺水のリスクはいかに訓練してもゼロにはできず、無数のケースが想定できる。日常的なお客様トラブル、荒天時の溺水、傷病人処置による感染、惨事ストレスによるPTSD(心的外傷後ストレス障害)、器材等の誤使用による負傷、そして最悪の事態として、津波発生時の罹災・・・。
これまでライフセーバーは、地方公共団体や海浜組合との契約といった形で、地域ごとに多様な活動基盤を有してきた。しかし事情によっては、誰が・何を・どこまでしなければならないのか(してよいのか)という点が必ずしも明確でないまま、毎年継続しているケースもないわけではない。
このことは、危険防止の注意喚起など「公物警察」※3的ともいえる活動まで行うライフセーバーのあり方として必ずしも適当でない可能性があり、とりわけ、上述したような生命・身体へのリスクまで考えた場合には、補償制度等も含め現状からさらに進んだ枠組み整備も必要と考えられる。また今日の社会的潮流に照らしても、権利義務関係等をある程度確認することも視野に入れるべきではないか。
筆者はこのような課題意識から、日本海洋政策学会・第8回年次大会(2016年12月)において、『わが国の「海水浴場」と「ライフセーバー」に関する法的考察』という主題で発表を行わせて頂いた。そして今後も、法律的観点を中心に、あるべき制度設計等に関する研究を深めていきたいと考えている。
海浜は、誰にも開かれた空間として、多様な主体による健全な利活用が図られるべきである。その重要な要素となる「海水浴場」を巡って、どのように安全・安心で楽しいレジャー空間を形成するのか。行政機関、地域住民そしてライフセーバーらが絶えず議論を重ね、時代に適合したあり方を模索し続けることが必要ではないか。(了)

今年の夏も、全国各地の監視所で、ライフセーバーが遊泳客の楽しい時間を見守っていく。(写真提供:鎌倉ライフガード)
  1. 本稿は筆者の個人的見解であり、日本ライフセービング協会および鎌倉ライフガードの公式な意見を示すものではありません。
  2. ※11991年に日本ライフガード協会と日本サーフライフセービング協会が統一して設立された団体で、2001年に特定非営利活動法人の認証を受けている。水辺の事故ゼロを目指し、「救命」「スポーツ」「教育」「福祉」「環境」といった領域における生命尊厳の輪を普及していく社会貢献活動を実施。
  3. ※2総務省・消防庁「平成28年版 救急救助の現況」における平成27年の数値
  4. ※3公物についての公共と安全と秩序を維持するため、公物の管理者に与えられる警察権

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