Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第402号(2017.05.05発行)

50年となった気象庁東経137度線の海洋観測

[KEYWORDS]気象庁海洋観測/東経137度定線/増澤譲太郎
気象庁地球環境・海洋部海洋気象課海洋環境解析センター長◆中野俊也

気象庁が1967年冬季に開始した東経137度に沿った定線観測は、今年1月10日に出港した航海で51回目となった。
これほど長期間に亘って継続された定線観測は、世界的にも類をみないだけでなく、観測開始からのすべてのデータを公開し、すべての研究者が利用可能であることから、国内外の海洋関係機関から高く評価されている。
東経137度線の観測は、貴重な財産であり、未来に引き継いでいくものである。

東経137度定線の海洋観測

■東経137度線の測点
(細線は4,000mの等深線)
海洋気象観測船「凌風丸II世」。現在は1995年に就航した3代目の「凌風丸」と「啓風丸II世」の2隻により実施。

気象庁は、日本周辺を含む北西太平洋海域に観測定線を設定し、海面だけでなく海洋内部を含む海洋観測を行っている※1。観測定線の中で最も代表的な東経137度に沿った定線(以下、137度線)の観測は、凌風丸Ⅱ世が就航した翌年の1967年の冬季に、ユネスコ政府間海洋学委員会(UNESCO-IOC:Intergovernmental Oceanographic Commission)の公式計画として、黒潮を含んだ西太平洋の海洋循環を調査するため日本が中核となって計画した「黒潮およびその隣接海域の共同調査(CSK:Cooperative Study of the Kuroshio and Adjacent Regions)」への参加として開始された。この137度線は、後年、気象庁長官や日本海洋学会会長を務められた増澤譲太郎博士が「できるだけ大規模な現象の一般的変動を調べるため、島や海山などの局所的影響が少なく、北太平洋を代表する黒潮や北赤道海流等の海流系を具合良く横断する測線」として選定されたもので、志摩半島大王崎の南東沖の北緯34度からニューギニア島沖の南緯1度までの約3,900kmにおよぶものである※2
増澤博士は、海洋観測データを解析する研究者でもあり、気候変動の理解に重要な「亜熱帯モード水」※3の命名者である。観測を開始した頃のことについて、約10年後の『黒潮共同調査(CSK)と私』(号外海洋科学・黒潮,1978)において、「大規模な長期変動を調べることが目的だとしても、年1回の観測で成果が得られるのかという疑念が常につきまとい、価値判断は30年くらい経ってからという思いを抱いていた」と回想されている。しかし50年を経た137度線の観測データは、北西太平洋の海洋構造やエルニーニョなどの気候変動・物質循環変動に関する海洋物理・生物地球化学の長期変動に関する100編以上の論文によって多くの知見をもたらし、それらの知見は『気候変動に関する政府間パネル第5次評価報告書(2013)』に引用されている。また、昨年11月に開催されたPICES(北太平洋海洋科学機構)年次総会で、北太平洋の海洋科学の発展に貢献した長期の海洋モニタリングとしてPOMA(PICES Ocean Monitoring Service Award)を受賞するなど、国際的にも高く評価されている。地球温暖化の進行や地球環境の変化が大きな社会問題となっている現在、増澤博士をはじめとする関係者が、長期的な視野に立って137度線観測を開始した先見性や構想力には、あらためて感心させられる。
開始当時の観測項目は、現在も行っている水温、塩分、溶存酸素、栄養塩やクロロフィルaといった、物理パラメータおよび化学・生物に関するものである。その後、1980年代になると社会的な動向を反映し、地球温暖化の原因物質である温室効果ガスの監視のため、洋上大気と表面海水中の二酸化炭素の観測を開始し、これらのデータも30年以上蓄積されている。現在は、さらに炭素循環の変動を解明するため、海水中の炭酸系パラメーター(全炭酸、アルカリ度、pH)やフロン類の観測も行っている。これらの観測データは、気象庁HP「海洋の健康診断表」※4にすべて公開されている。

国際的な観測プロジェクトとしての137度線の観測

137度線の観測は、国内外の観測プロジェクトの一翼を担うこともあった。その代表が、1990年代に行われた世界海洋循環実験計画(WOCE:World Ocean Circulation Experiment)への参加である。この計画の中で、137度線は、北西太平洋域のワンタイム測線「P9」と位置づけられ、1994年に全測点海底直上までの観測を実施した(「P9」は、太平洋(Pacific)に設定した30あまりの測線のひとつを言い表したもの)。その後、2010年と昨年(2016年)に再観測を行い、現在は全球海洋各層観測プログラム(GO-SHIP:Global Ocean Ship-based Hydrographic Investigations Program)の高頻度測線や、全球海洋酸性化観測ネットワーク(GOA-ON: Global Ocean Acidification Observing Network)に位置づけられている。

今後の観測船による海洋観測

近年、海洋観測の主役はアルゴ(Argo)フロート※5や人工衛星のような自動観測プラットフォームに移りつつある。しかしながら、物理パラメータや多くの生物地球化学パラメータの観測データを、海面から海底まで高い精度で取得できるのは、今も船舶観測をおいてほかにない。地球温暖化や海洋酸性化が進行する現在、そして今後も、海洋の微小で重要な変動を検知し、長期変動・変化の実態とメカニズム解明を進める上で、船舶による長期観測の重要性は、微塵も揺らぐことはない。また、気候や地球環境の将来予測モデルの検証データとして、今後さらに活用されていくことであろう。50年におよぶ137度線の観測データは、人類の貴重な財産として未来に引き継ぐべきものであり、気象庁の海洋観測の中心として今後も継続していきたいと考えている。(了)

  1. ※1参考:気象庁HP「海洋の健康診断表」 海洋観測の知識 (http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/vessel_obs/description/index.html
  2. ※2現在は北緯3度までとなっている
  3. ※3亜熱帯モード水=日本南方の北西太平洋の表層に広く厚く分布し、熱や二酸化炭素などを海洋表層から内部への輸送を担う(「モード」とは、統計学で使われる最頻値のこと)
  4. ※4http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/shindan/index_obs.html
  5. ※5http://www.jamstec.go.jp/J-ARGO/overview/overview_1.htmlを参照

第402号(2017.05.05発行)のその他の記事

ページトップ