Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第388号(2016.10.05発行)

新たな水産業を担う人材育成への試み

[KEYWORDS]研究・教育拠点形成/Management of Fishery and Foods(MOFF)/水産業イノベーション
岩手大学学長◆岩渕 明

岩手大学は東日本大震災の復興支援を行ってきた。
とくに水産業復興支援は大学として初めての挑戦であり、多くの大学との連携・協力により 三陸水産研究センターの設置や農学部の水産コースの開設などを行ってきた。
来年度には大学院のコースを開設する。
MOFFという水産業全体を俯瞰できる人材育成と産学官共同研究を通して三陸地域から水産業のイノベーションを起こしたいと希望している。

はじめに

東日本大震災から5年がすでに経過している。TV等での放映を見ても随分昔のように思えるが、被災地に行けば道半ばの状態に引き戻される。岩手大学は震災直後から復興に取り組んできた。三陸復興推進機構を2012(平成24)年に立ち上げ、「オール岩大パワーを」と生活支援、水産業復興、地域防災部門など6部門でさまざまな活動を展開してきた(図1)。活動の中で大学として初めての取り組みは水産業復興支援である。農学部(盛岡高等農林学校1902(明治35)年)開設以来、世界三大漁場の三陸海岸を持つ岩手にありながら、水産・海洋とは無縁ともいえる状態にあった。当時の交通状況を考えれば仕方ないとも言えたが、被災状況を目にすれば「水産業を支援しなければ」と即決した。でも何から始めるか? 悲しいかなそのアプローチがわからない。

■図1 岩手大学三陸復興推進機構組織図

水産への取り組み

これまでの水産学は水産業という生業の支援が弱いという認識のもと、実学としての水産学の復興を目指そうということになった(全国水産系研究者フォーラム宣言(2012(平成24)年1月))。前後するが、2011(平成23)年10月に東京海洋大学、北里大学との3大学連携で水産業の復興を進めることとなった。水産業復興推進部門は水圏環境、養殖増殖、水産加工、マーケティングの4班から構成された。また、研究成果の見える化という点から、鮭、わかめ、陸上養殖にテーマの絞込みを行い、WGを構成した。また加工グループは産学官連携で高付加価値な商品開発を行ってきた。
水圏環境班は一方で「東北マリンサイエンス拠点形成事業」にも組み入れられ、湾内や沖合の環境変化調査に対応して、河川や河口付近の環境調査をテーマにした。津波による河口域の地形変化などの調査や河川に含まれるさまざまな溶存物質や生態回復の調査を実施した。

研究・教育拠点形成

岩手大学三陸水産研究センターwebより岩手大学農学部水産コースのパンフレット
http://www.agr.iwate-u.ac.jp

水産業復興のための研究・教育拠点形成が3大学連携のミッションであり、研究拠点形成では2013(平成25)年度に釜石市平田に「三陸水産研究センター」を設置した。岩手の水産業の主たる漁獲は鮭であり、その回帰率の低下が震災以前から指摘されてきた。鮭は4〜5年で戻るが、その生態的・生理学的な解明はいまだ不明ということでセンターでは回帰率アップのため鮭のDNA解析を進め、岩手県内の河川ごとの違い、北海道産との比較などを行った。また壊滅的被害を受けた養殖においては、漁協と協同して他地域からの種苗導入を避けて天然ほやの種苗を山田湾で行ってきた。これまで産学連携という発想が沿岸地域にはなかったが、多くの漁協や企業等が復興のために大学との共同研究を開始できたことは一つの成果であろう。
教育面での拠点形成では、育成すべき人材を水産業の6次産業化を担うということでManagement of Fishery and Foods(MOFF)というコンセプトにした。いわゆる川上(水圏環境)から川下(流通)までを俯瞰できる人材養成である。施設・設備の準備を考慮して大学院の水産コースを考えたが、大学院生の確保を考えれば学部生の水産基礎教育も必要であると改めて認識し、今年4月から農学部に定員20名の水産コース(食料生産環境学科水産システム学コース)を開設した。そのために6名の水産系の教員を大学の機能強化という観点から配置し、国際的視点を有する教員が赴任した。当初の問題は新たな水産教育プログラムに対して志願者が集まるかであったが、期待以上の応募者が集まり、21名の合格者を出すことができた。単に水産にからむ生態的、生理的な学術的ベクトルではなく、実学としての水産業を俯瞰的に学ぶことへのニーズがあることを認識した。地元沿岸地域からの学生も入学し、若い学生の心意気もすばらしいと感じた。岩手大学では2014(平成26)年から1年生1,100人全員を「被災地研修」として沿岸部に派遣している。「百聞は一見に如かず」と見て感じてもらうことが大切であり、水産のみならずさまざまな分野での復興への貢献を期待している。
現在は、大学院に水産コース(総合科学研究科地域創生専攻地域産業コース水産業革新プログラム)の来年度開設を目指して準備している。まさにMOFFを理解する人材育成である。水産業にイノベーションを起こすため社会人の再教育(意識改革)の場として期待している。
これまでの復興支援活動を通して学部間の壁が低くなったことは大きな利点である。水産業は農学部系という既成概念から環境、機械、ロボティクス、計測、デザイン系などの他学部の専門家、あるいは流通以外にもコミュニティ形成などの社会科学系の教員の参加など、その広範囲さが認識された。この実績がベースとなり大学院での教育研究が可能であると考えている。岩手大学はグローカルな大学を標榜しており、地域の課題(水産業の復興)への視点とともに、グローバルな視点の涵養も行うため、教員等の国際交流や学生の海外インターンシップも準備している。

まとめ

日本では水産業の衰退が指摘されているが、世界的に見れば食糧問題と関係して水産業は成長産業である。当然、「儲かる水産業」に生まれ変わるには、それを担う人材とイノベーションを起こすためのシステム変革が必要であり、地域のとくに若い水産関係の経営者の危機感とやる気に呼応して、地域あるいは日本の水産業のイノベーションを起こしたいと考えている。
世界三大漁場を控えているといっても昨今の環境変化(水温や海流)に伴い漁獲量は低迷している。海域での持続可能な水産業の維持と食の安全のためのトレーサビリティーには、水産業が捕る漁業から育てる漁業への変換が必要である。とくに無給餌養殖が前提の三陸では閉鎖型完全養殖が必須であり、環境調和型の漁業を目指したい。このような取り組みを通して大学の新たな社会貢献が可能となるであろう。(了)

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