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オーシャンニュースレター

第384号(2016.08.05発行)

新しい北極研究の取り組み~わが国の北極政策と新しく始まった北極域研究推進プロジェクト~

[KEYWORDS]科学外交/北極海/観測展開
国立極地研究所国際北極環境研究センターセンター長◆榎本浩之

総合海洋政策本部は、わが国初の北極に関する政策方針である『我が国の北極政策』を発表した。
日本の科学技術を基盤として国際社会での日本の関わりを強めていくことが述べられている。
そのような背景のもと北極域研究推進プロジェクト Arctic Challenge for Sustainability(ArCS)が始動した。
国際共同研究や北極海を囲む観測点の展開と現地調査等の活動を紹介する。

日本の北極政策と科学の役割

2015年10月16日に政府の総合海洋政策本部(本部長:安倍晋三内閣総理大臣)より、わが国初の北極に関する政策方針である『我が国の北極政策』※1が発表された。この北極政策の背景には、近年の地球温暖化と北極の海氷減少という自然環境の変化の中で、氷の減った北極海の環境変化、産業利用、北極をめぐる国際社会での日本の関わりを強めていく重要性が増したことがある。
この日本の北極政策において、科学が果たす役割は大きい。日本が北極評議会のオブザーバー国申請を行なった時も、日本の科学的貢献が北極域の科学に貢献することをアピールしていた。果たして2013年にオブザーバー国になった後、北極域の科学、産業、外交の場に日本が招聘される機会が増してきている。日本の活動が注目されているといえる。
北極圏の科学は北極の地域の科学に留まらない。グローバルな環境、社会における関心の対象になりつつある。北極域研究の強化には、観測・解析体制の強化、最先端の観測機器等の開発、国内の研究拠点のネットワーク形成があげられる。北極圏における研究・観測拠点の整備や北極域研究船の検討も言及されている。
さらに、「科学的知見の発信と国際ルール形成への貢献」や「北極評議会の活動に対する一層の貢献」、「北極圏国等との二国間、多国間での協力の拡大」などの国際協力の課題が掲げられている。また、北極域の持続的な利用に関して「北極海航路の利活用に向けた環境整備」や「資源開発(鉱物資源、生物資源)」といった取り組みへの言及もある。それをどうやって実施していくか。国内の北極関係の研究者、省庁のさまざまな取り組みが行われている。

北極研究推進プロジェクトの開始

■北極域研究推進プロジェクトArCSの活動の基盤となる国際連携拠点

昨年9月、文部科学省は新しく「北極域研究推進プロジェクト Arctic Challenge for Sustainability (ArCS)」を開始した。2011〜2015年に多分野の連携と観測・モデル協働としてGRENE北極気候変動研究事業※2が実施され、北極の急速な温暖化の原因と地球全体への影響などを中心に進めたのに対し、ArCSでは北極の諸問題に関する政策判断や課題解決に資する研究成果を適切にステークホルダー(国際的機関、行政、民間、NGO等の関係機関及び関係者)に伝え、国際的な議論に積極的に関与することにつながる科学調査・研究を行なおうとしている。研究グループには人文・社会、法律の専門家も参加する。
また国際共同研究の実施とともに、その最先端の調査・研究の場となる国際連携拠点の整備、若手研究者派遣事業を含む人材育成プログラム、北極評議会関係など北極関連会合への専門家派遣の実施を行なう。国際連携拠点としては、これまで拠点として利用してきたスバールバル(ノルウェー)、アラスカ、グリーンランドがある。さらに、カナダがケンブリッジ・ベイに2017年完成させるCHARS(Canadian High Arctic Research Station)の共同利用の準備が整った。広大なロシアでは内陸部森林帯のスパスカヤパッド(ヤクーツク)、また新たに北極海沿岸セブリナヤ・ゼムリアの群島に位置するケープ・バラノバ基地の共同利用に向けての準備が進められている。このケープ・バラノバは、長大なロシアの海岸線での貴重な気象定点観測となる。この地域はロシア海岸線でもっとも北に飛び出した地域であり、この地域の海氷は北極航路の船舶の難所となるため、安全航行という面から海象・気象情報は重要である。

北極研究と海

北極域で日本が参加する観測活動エリアは氷床や大陸の内陸部とともに、海に面した観測拠点がある。北極海には、夏季の海氷が減った時期に海洋地球研究船「みらい」が入る。沿岸の観測地点では年間を通じての観測が可能である。さらに、海氷減少、各種海上気象を把握し、最適な航路情報を検索するシステムでは、日本の衛星観測が活躍している。日本が北極研究において誇る科学技術として、衛星による観測技術がある。検証データは現場の船がもたらす。その精度と公開性から、北極圏の国々から日本のデータサイトへのアクセスも多い。
北極研究では、海氷の減少、海洋構造や生態系の変化など、海に直接関係した研究テーマは多い。海氷が減った海が気象に与える影響、氷床融解が氷山流失や海水面上昇に与える影響、海での温室効果ガスの発生や吸収、など多くのテーマがある。さらにこれらと社会、産業の関係を探る。まず北極航路、航路予測、船体への影響、北極航路をめぐる経済はどうなるか。北極海のルール作りに向けての情報を提供する。
また、北極に住む人たちの関心はどこにあるのか。国レベルでの情報とともに住民レベルでの情報も集めている。2016年夏、北極の海と氷と生活のモデルケースとして、沿岸の氷の状況と漁業、暮らしについて、調査と対話を目指した日本のグループはグリーンランドで研究会を開く。
夏の海氷減少は、冬の間にその条件が作られていることがわかってきた。今年の冬の海氷面積は最低を更新した。その北極海では、どのような海洋、大気の変化がおきているのか、それを探る今年の北極海の観測航海の開始も近い。
新しく始まった北極研究、しかし北極の科学には未調査の領域が広がる。より高緯度へ、海中へ、そして通年の観測へと研究の課題は残る。北極航路もロシア沿岸部に視線が集まっているが、衛星観測は、現在は氷で覆われた北極海中央部のオープニング傾向も映し出している。その氷海に砕氷観測船を1年漂流させる国際的な呼びかけもあり、2018年から本格化する。
北極の環境変化は急速である。新しく始まった北極研究を通して、さらにその次の展開を考える必要がある。(了)

  1. ※1内閣府HPhttps://www8.cao.go.jp/ocean/policies/arcticpolicy/pdf/japans_ap.pdf
  2. ※2グリーン・ネットワーク・オブ・エクセレンス(GRENE)事業 北極気候変動分野http://www.nipr.ac.jp/grene/about.html

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