Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第376号(2016.04.05発行)

緊張高まる南シナ海—米軍の「航行の自由作戦」をめぐって

[KEYWORDS] 人工島/軍艦/無害通航権
同志社大学法学部教授◆坂元茂樹

中国は、フィリピンやベトナムなどASEAN諸国との間に南シナ海の南沙諸島や西沙諸島をめぐる領有権紛争を抱えている。
2013年以降、中国は、岩礁や環礁の周辺に7つの人工島を建設した。中国は否定するものの、人工島での滑走路建設など軍事拠点化の動きがみられる。
こうした中で、米軍による「航行の自由作戦」が2015年10月より中国が実効支配する島や礁の周辺海域で開始された。その狙いはどこにあるのだろうか。

南シナ海で何が起きているのか

■南シナ海において各国が領有権を主張する海域

2009年、中国政府は国連事務総長に口上書を送り、「中国は、南シナ海およびその隣接水域における諸島に対する争いえない主権を有し、関連水域ならびにその海底およびその下に対する主権的権利および管轄権を享受する。この立場は、中国政府により一貫して堅持され、国際社会によって広く知られている」とした上で、「(大陸棚限界委員会に出されたマレーシアとベトナムによる共同申請とベトナムの単独申請は)南シナ海における中国の主権、主権的権利および管轄権を深刻に侵害している」と主張した。添付書類として南シナ海のほぼ全域を九つの破線で囲った「九段線」の地図が提出された。
九段線のルーツは、1947年12月1日に中華民国内政省地域局が作成し、国民政府が公布した「南海諸島新旧名称対照表」と「南海諸島位置図」に遡る。そこには、11段のU字線が描かれ、南沙諸島や西沙諸島らが取り込まれていた。1949年、中華人民共和国も公式地図としてこれを発行した。1953年にトンキン湾のバイ・ロン・ウェイ島の領有権を中国からベトナムに移転した際、中国の地図では十一段線が九段線に書き換えられた。それ以降、九段線として知られるようになった。中国の「領海および接続水域法」(1992年)には、「中華人民共和国の陸地領土には、中華人民共和国の大陸およびその沿海の諸島、台湾および釣魚島を含むその附属諸島、澎湖列島、東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島その他のすべての中華人民共和国に属する島々が含まれる」(第2条2項)と規定されている。
中国は、フィリピンやベトナムなどASEAN諸国との間に南シナ海における南沙(スプラトリー)諸島および西沙(パラセル)諸島をめぐる領有権紛争を抱えている。2013年以降、中国は、岩礁や環礁の周辺に7つの人工島を建設した。南沙諸島のスービ礁(中国名:渚碧礁)とファイアリークロス礁(中国名:永暑礁。いずれも元々はベトナムが領有していたが、現在は中国が実効支配)には、戦闘機や爆撃機の離着陸も可能な長さ3キロの滑走路を建設した。ミスチーフ礁(中国名:美?礁。元々はフィリピンが領有していたが、現在は中国が実効支配)でも大規模埋め立て工事を行っている。また、西沙諸島のウッディー島(中国名:永興島。ベトナム、台湾と領有権を争っていたが、現在は中国が実効支配)では2014年に軍事用滑走路と大型艦船が寄港可能な港湾を建設し、地対空ミサイルを配備した。中国は否定するものの、人工島での滑走路建設など軍事拠点化と防空権設定の動きがみられることはたしかである。

米軍の「航行の自由作戦」とは何か

今回、米軍が「航行の自由作戦(Freedom of Navigation Operation)」に踏み切った背景には、南シナ海での中国の一方的な現状変更とその既成事実化をこれ以上放置できないとの判断があったと思われる。2015年10月27日、米国は南シナ海で「航行の自由作戦」を開始した。米国の駆逐艦ラッセンは、スービ礁の12海里以内を航行した。スービ礁は低潮高地(低潮時には水面上にあるが、高潮時には水中に没する)であり、領海を有しない。また、人工島は、500メートルを超えない安全水域を周囲に設けることはできても、12海里の領海をもつことはできない。航行の自由作戦は、国際法では認められない沿岸国の行き過ぎた主張に対し、米国が1979年以来世界中で行っているものであり、中国だけに向けられたものではない。2013年10月から2014年9月の間、19の国と地域を対象に「航行の自由作戦」が行われた。
過去には、この作戦に伴った衝突事案も発生している。1988年、当時、外国軍艦の領海の通航につき事前許可制を採用していたソ連に対し、米国は「航行の自由作戦」を行った。この作戦中の米艦船に、これを阻止しようとするソ連艦船が衝突する事案が発生した。この衝突後の両国の交渉の結果、米ソは1989年に「無害通航規則の統一解釈に関する共同声明」を出し、領海における軍艦の無害通航権を確認した。
中国の「領海および接続水域法」は、「外国の軍用船舶は、中華人民共和国の領海に入る場合には、中華人民共和国政府の許可を得なければならない」(第6条2項)と規定し、外国軍艦の中国領海の通航につき事前許可制度を採用している。領海では軍艦を含む外国船舶に無害通航権が認められており、この中国の国内法は海洋法条約に違反している。中国は海洋法条約の批准時(1997年)に同趣旨の解釈宣言を行った。イタリアは1983年、「この問題に関し、慣習国際法を反映している海洋法条約のいずれの規定も、沿岸国に特定のカテゴリーの外国船舶の無害通航権を事前の同意または通告に基づかせる権限を与えるものと解することはできない」と述べ、中国と同様に外国軍艦の領海通航に規制を加えようとした1982年のルーマニアの解釈宣言に反対した。
米国は、日本と同様、軍艦には無害通航権があるとの立場を採用している。2016年1月30日に米駆逐艦カーティス・ウィルバーが西沙諸島のトリトン島(中国名:中建島)で行った「航行の自由作戦」は、中国による外国軍艦の領海通航に対する事前許可制を認めないとの意思表示である。

南シナ海に「法の支配」をもたらすために

南シナ海は、世界の海上貿易の30%を占める海域である。わが国はエネルギー資源の輸入を海上輸送に依存しており、海上交通の安全確保はわが国にとり死活的な問題である。南シナ海情勢は日本にとって決して他人事ではない。なぜなら、南シナ海はわが国にとって重要な海上交通路であるからだ。中国が南シナ海を「中国の海」とすれば、日本経済にとって重要な海の生命線が脅かされることになろう。
南シナ海では、中国が歴史的権利と主張する九段線に沿う形で力による現状変更が行われているが、南シナ海を、他の海域と同様に、海洋法条約が機能する海に変える必要がある。中国は、今回の米軍の行動に対し、「関係国は危険かつ挑発的な行動を控えるよう」強く求めたが、その言葉は中国自身に向けられるべきものであろう。(了)

第376号(2016.04.05発行)のその他の記事

ページトップ