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オーシャンニュースレター

第361号(2015.08.20発行)

第361号(2015.08.20 発行)

海についての理解の深まりと残された諸課題

[KEYWORDS] IPCC/気候変動/地球温暖化
法政大学地域研究センター客員研究員◆林 千絵

2014年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)では、海洋深層での昇温など新しい見解が示され、気候変動に関する知見が7年ぶりに更新された。
IPCCは国際政策策定に科学的基礎情報を提供するというユニークな役割を果たしてきている。本年末には、京都議定書に続く2020年以降の温暖化緩和にむけた新しい国際枠組の採択が注目されている。


はじめに

■横浜で開催されたIPCC総会。石原伸晃元環境大臣も出席し、AR5 WG2が完成した(2014年3月、筆者撮影)

2014年10月、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)の統合報告書が公表された。IPCC AR5は、2013年から2014年にかけて、第1作業部会「自然科学的根拠」、第2作業部会「影響・適応・脆弱性」、第3作業部会「気候変動の緩和」、そして3つの作業部会を分野横断的にとりまとめた統合報告書によりAR5全体が完成し、7年ぶりに科学的知見が更新された。
筆者は、文部科学省がIPCC AR5への貢献を目指して実施した気候変動予測研究プロジェクトの事務局およびIPCC 第1作業部会(WG1)国内支援事務局のメンバーであった。本稿ではIPCCの組織と活動の概要を記し、海洋に関連する新しい科学的知見を紹介するとともに、次期評価報告書作成に関する動向を解説する。

IPCCの設立と気候変動枠組み条約(UNFCCC):これまでの経緯

IPCCは、1988年11月、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)のもと設立された。背景には、1958年以来の観測で明らかになった大気中CO2濃度の急速な増加と、コンピューターの発展で気候モデルの研究が進んだことにより、科学者の間で気候変動の問題に関する認識と懸念が広がったことがある。国際政治では、1970年代の国際的な環境問題への関心、1980年代後半の米ソ冷戦の解消、欧州における「緑の党」の伸張があり、オゾン層問題に続いて地球温暖化問題が国際政治のアジェンダに設定された。
IPCCの体制は、各国の政府代表からなる総会(意思決定機関)と3つの作業部会(WG)、温室効果ガスインベントリーのタスクフォースからなり、各WGには活動をサポートする技術支援ユニットが置かれている。その活動は、地球温暖化対応に向けた政策に科学的基礎情報を提供することを目的としている。1992年のUNFCCC採択の際には、第1次評価報告書は政策決定の判断材料として機能した。その後も要請に基づいた各種報告書を作成してきている。
IPCC自体は新たな研究や観測は行わず、各専門分野で査読を受けた文献に基づいた最新の科学的知見を、世界中の科学者の協力により評価報告書としてとりまとめる。報告書は、政策中立性を目指し政策規範的にならないことを意図している。これまでに、1990、1995、2001、2007年、そして、2013から2014年にかけて5次にわたる評価報告書を公表した。執筆陣は、各国政府と関係機関から推薦された専門家の中から選出される。AR5では、3,598名が推薦され、約80カ国831名が選出された。わが国からは、WG1は10名、WG2は11名、WG3は10名が選ばれ執筆作業に貢献した。
IPCCは設立以来、膨大な知的エネルギーを投入しユニークな役割を果たしている。2007年にはその活動に対して、ノーベル平和賞が授与された。

海洋への理解が深まった第5次評価報告書

■海洋が熱を吸収する経路の模式図
(出典:IPCC AR5 WG1第3章 観測:海洋 図3.3 FAQ3.1図1、気象庁訳)

WG1報告書は全14章の構成で海洋に関する記述は「第3章:海洋観測」、「第13章:海面水位の変化」が独立した章として設けられたほか、温暖化の要因や将来予測など全体的にちりばめられている。
新知見としては「1992~2005年において、水深3,000mから海底までの水温は上昇した可能性が高く、南極海で最も大きくなっている」(図参照)、「19世紀半ば以降の海面水位の上昇率は、過去2千年間の平均的な上昇率より大きかった」などの特に海洋に関する観測事実が示されたことが特徴的である。さらに「海洋の上部(0~700m)で水温が上昇していることはほぼ確実」であり、「海洋の温暖化は気候システムに蓄積されたエネルギーの増加量において卓越しており、1971~2010年の間に蓄積されたエネルギーの90%以上を占める(高い確信度)」と強調された。「海洋は昇温し続け、熱は海面から海洋深層へ影響するであろう」ことや「海洋の更なる炭素吸収により、海洋酸性化が進行するであろう」といった将来予測も示された。
また、近年の気温上昇が鈍ったことの議論、hiatus(「停滞」と訳す)についても中程度の確信度で要因が示された。1つは火山噴火と太陽活動低下の効果、2つめは、自然変動が温暖化を打ち消す方向に作用していることである。気温上昇を抑える位相にある十年規模変動のパターンが可能性として示されており、海洋への蓄熱との関連を指摘している。このような短期的な気候変動の扱いは、今後の気候モデルにおける課題として残されている(この問題に関しては、AR5以降の研究が急速に進み、謎が解かれつつある)。
海洋への理解の深まりの背景の1つには、2000年から開始されたARGO計画により観測されたデータが蓄積されてきたことや、それに基づき研究論文が多く発表されたことが考えられる。日本は、関係機関が協力体制を築き、(国研)海洋研究開発機構が実施機関となってARGO計画※1に参加してきている。
今後は海洋生態系や漁業生産、生態系サービスに関する影響評価分野、さらには、社会や人への影響・対策そして経済に関連した知見が求められる。また、海洋生物にかかわる炭素収支「ブルーカーボン」といったテーマにおいても国際交渉の場で話題となることが予想される。

次期IPCC報告書作成(AR6)に向けた議論

現在IPCCは、AR6に向けて新たな体制を構築しようとしている。本年2月の総会で、これまでと同様に5~7年をかけて報告書を作成するとし、遅くとも2021年までには全ての報告書を完成させると決議した。来る10月の第42回IPCC総会は、ビューロー選挙となり議長はじめ新体制が決まる。2017年の前半には執筆者の選定作業が予想される。AR6に向け、既に様々な専門家会合やワークショップが企画・予定されている。また特別報告書に関しては、テーマの提案が各国へ呼びかけられており、「海洋」の提案があがっているという。
IPCCは、AR6に向けて動き出した。一方で2月の総会開催直前に、AR4、AR5とIPCCを率いてきたRajendra Pachauri議長が辞任し、また、5月にはRenate Christ事務局長が定年退職した。長きにわたってIPCCの活動を支えてきた人物である。AR6に向けては、世代交代といった課題も持ち合わせている。年末にはパリにおいてUNFCCC/COP21が開催され、京都議定書に続く2020年以降の温暖化緩和(CO2排出削減)にむけた新しい国際枠組の採択が注目される。本稿ではふれることができなかったが、AR5では温暖化を2度以内にとどめるための、CO2排出に関するメッセージも出された。気候変動の課題は、さまざまな文脈において変容を迫られている。(了)

注:本文中の引用は、気象庁の日本語訳に基づく。
※1 「アルゴ計画」―世界の海を監視するシステム」花輪公雄、本誌第152号(2006.12.05発行)ならびに、アルゴ計画・日本公式サイト http://www.jamstec.go.jp/J-ARGO/index_j.html を参照下さい。

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