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オーシャンニューズレター

第353号(2015.04.20発行)

第353号(2015.04.20 発行)

私たちはいつまで魚が食べられるか?

[KEYWORDS]漁獲制限/養殖/海域肥沃化
東京大学・高知大学名誉教授◆高橋正征

人口増加と個人の魚消費が進んで世界の魚消費量の増加が著しい。天然魚の漁獲量は限界に達し、2012年には必要魚の半分が養殖生産となった。今後は養殖生産が主になることは疑いない。
養殖生産の工夫と、同時に、多様な天然魚の資源維持には、漁業規制の強化と海域肥沃化による天然魚生産量の増大が喫緊の課題である。


はじめに

表題をご覧になった方々の多くは「えっ、そんなにひどいの」と驚かれたかもしれません。 「言い過ぎだよ」、あるいは反対に「もっと、強く訴えて」というご意見も、少数だと思いますが予想できます。この問題を取り上げたのは、「魚が食べられなくなる」という単純な危機感ではなく、多くの人たちに日々食べている魚の生産の現状を知り、今後も魚が食べられるための前向きな関心をもってもらいたいからです。

現在の世界の魚の生産と利用

左図より世界人口と個人の魚消費量の増加が読みとれる。食用魚は比較的単調な増加、しかし非食用魚は2000年以降減少している。

2012年の国際連合食糧農業機関(FAO)の統計によれば、世界の食用魚の利用量は年間約1億4,000万トン弱(生重量)と、過去60年間でほぼ7倍です(図1参照)。その間の世界人口の増加は、15億人から66億人と4.4倍です。魚の個人消費量は、多少凸凹していますが、ほぼ直線的に増えています。人口と個人消費量が共に増えたため、魚の必要量は人口増加をはるかに上回っています。
魚は、以前はすべて天然で、90%以上が海産でした。FAOの統計では、海産魚の漁獲量は1950年に約1,700万トンでしたが、1995年には8,600万トンに達しました。しかし、その後は年々少しずつ減り続け、2012年には約7,700万トンまで減りました。
膨大な漁獲データをもとにFAOがまとめた魚種別資源の結果によれば、2011年には30%の魚種が過剰な漁獲圧により資源維持が困難、未利用資源は10%程度、残りの60%が良く利用されていると評価されています。このままではやがて海産の半数の魚種資源が枯渇し、残りは上手に利用すれば資源枯渇は回避できる可能性があると考えられています。特に、マグロ、ブリ、カツオ、カレイのような、いわゆる魚食魚はもともと資源量が少なく、しかも資源価値が高いので、高い漁獲圧によって資源枯渇が加速しています。それに対して、イワシ、サンマ、ニシンなどのプランクトン食の魚は、魚食魚に比べて資源量は多いのですが、変動が科学的に未解明な部分が多いといった問題を抱えています。いずれにしても、現行の年間7,000万トン余の漁獲量は超過剰というのが多くの識者の共通した見解で、魚の資源を維持するには漁獲圧を大きく下げる必要があります。
漁獲量の不足分を補うのが養殖生産です。養殖生産は、1980年は年間数100万トンで、海産と内水面産がほぼ半々でした。その後、養殖生産は増加し、2012年には約6,660万トンで、内水面産4,190万トン、海産2,470万トンに達しました。図2に示したように、2012年には養殖生産が漁獲生産に近づいています。漁獲生産は年々落ちていますから、今後は養殖生産が漁獲生産を急速に追い越していくことが容易に推察されます。

今後の世界の魚の生産と利用

今後は、養殖生産で必要量の魚を得ると同時に、多様な魚種の天然生産を維持することが喫緊の課題です。
そのためには、第一に、漁獲制限を工夫して魚種資源の枯渇を回避することです。漁獲圧の高い特定魚資源に対しては、太平洋クロマグロやニホンウナギのように、既に一部で漁獲制限措置がとられています。漁業者や消費者にとっては、規制は可能な限り避けたいのが本音ですが、資源の枯渇を防ぐには、漁獲規制は避けられません。半数におよぶ魚資源が過剰漁獲圧にさらされている現状では、規制をより厳しくする必要があります。マグロやウナギだけでなく、その他の多くの魚資源に規制が及んでいくことは自然の流れです。特に魚食魚への厳しい規制が必要です。
第二は、魚の養殖生産で、今後の魚生産の主役になっていくことは明らかです。その際に重要なことが4点あります。1点目は、養殖魚の餌は、魚粉などの人がコントロールできない天然生産物ではなく、ダイズやトウモロコシなど人工生産物に切り替えることです。これにより、限られた海の生産力ではなく、人の力によって魚の生産がコントロールできます。2点目は、自然の稚魚をとって養殖するのではなく、親魚を飼育して、採卵→種苗生産→成魚までの一連の過程を人工的に進める、いわゆる完全養殖にすることです。3点目は、養殖は内湾ではなく、沖合の潮通しの良い海域で行うことです。これによって、養殖海域面積が広がりますし、養殖域の環境汚染問題も回避できます。4点目は、畜産が多様な野生動物の中から牛・豚・鶏・羊などを選抜して品種改良を徹底したように、魚でも特徴のある代表種を複数種選んで品種改良し、大量生産の仕組みを作ることです。
第三は、海で生産活動の行われる表層付近は、貧栄養のために生産が著しく低いので、数10m以深にある栄養塩類の多い海水を表層に供給する仕組みを工夫して、海の生産性を高めること、つまり海域肥沃化です。下層の海水が表層に上がりやすくなる湧昇の仕組みの工夫、あるいは海洋温度差発電のような深層水を大量に揚水する仕組みを利用することもできます。発電所の冷却水を、表層ではなく深層水に切り替えることでも可能です。安定した海域肥沃化が普及すれば、その分、より多くの天然魚を利用することが可能になります。
世界の魚需要の大きさを考えると、今後の世界の魚消費は急速に養殖生産が中心になっていくことは疑いありません。同時に、多様な魚資源を維持し、天然魚を食べる楽しみを失わないためには、漁業規制の強化と海域肥沃化の工夫がポイントです。(了)

【参考文献】 FAO. 2014. The state of world fisheries and aquaculture, Opportunities and challenges. 243pp.

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