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オーシャンニューズレター

第312号(2013.08.05発行)

第312号(2013.08.05 発行)

海洋エネルギーを利用した三陸沿岸の復興再生

[KEYWORDS]研究都市/震災復興/沿岸都市再生
東京大学生産技術研究所 特任教授◆黒崎 明

東京大学生産技術研究所では、東北地方太平洋沖地震で壊滅的被害を被った三陸沿岸の復興への念から、海洋エネルギーによる東北復興連携研究グループを設置し、復興再生の原動力としての海洋エネルギー研究都市構想について分野融合的研究に取り組んできた。
海と山のあいだにある美しい三陸の地相は海洋エネルギーこそ似つかわしく、そこに、美しく力づよい海洋エネルギー研究都市が世界的な存在感をもって誕生することが切望される。

地域振興や都市再生の事例

海洋エネルギーというのは、洋上風力、波力、潮力、温度差など、海で利用できる自然エネルギーを指します。「海洋再生可能エネルギー」というべきかも知れませんが、冗長を避けるため「海洋エネルギー」と呼ぶことが多いのです。再生可能エネルギーを利用したまち興しは盛んに行われていますが、日本では陸の上の話です。海洋エネルギーの利用となるとなじみのない人も多いと思いますので、まず、復興再生に貢献できるかも知れないというイメージを持っていただくために、欧州の事例を説明することから入ります。
欧州には、デンマーク、英国、ノルウェーといった海洋立国が並び立ち、海洋エネルギーの開発や利用が進んでいます。市民運動を原動力に「100%再生可能エネルギーの島」をいちはやく実現し、世界の注目を集めているデンマークのサムソー島には洋上風車も仲間入りしています。しかし、ここでのポイントは、エネルギー需給構造そのものではなく、市民のコミットメントやアカデミーという教育施設です。人口4千の島に年間50万人の視察・観光客が訪れるという何事かがそこにはあるのです。
今年度国は、海洋エネルギー実証フィールドの立地を公募することになりましたので、その機会を利用して、三陸(釜石市が最有力候補地)に実証フィールドを誘致し、そこを核に海洋エネルギー研究都市を構想して復興計画に盛り込むというシナリオが速く、効果的であると考えています。
英国・スコットランド北部島嶼のオークニー市には、私たちが手本とすべき欧州海洋エネルギーセンターEMEC(European Marine Energy Centre)があります。海洋エネルギーに加え陸上に小型風車の普及が進み、大型蓄電装置を導入して、スマート・グリッドの運用が始まっています。センターの開所から10年、新しい産業と雇用が生まれ、オークニー市民はEMECがあることを誇りに感じています。
釜石市は、日本の近代製鉄発祥の地であり、製鉄のまちとして栄枯盛衰を経験してきました。産業革命以来、重工業とともに隆盛し衰退していった英国東北地方の都市ニューキャッスルと通じるものがあります。過去世界最大の造船量を誇ったニューキャッスルは、重工業から医療や文化・サービス業へと産業構造転換に成功しました。その過程で、ニューキャッスルとゲーツヘッドにまたがるタイン川沿いの地域を、誰の目にも変化がわかるように象徴的に再生したのです。今日、タイン川には美しい橋がかかり、美術館と音楽ホールを中心に美しい街並みを見ることができます。郊外の古い造船所は改修が施され国立再生可能エネルギーセンターNaREC(National Renewable Energy Centre)としてエネルギー分野で都市再生を担うとともに、海洋エネルギーの実用化を支え、英国東北地方の産業再生に貢献しています。

美しく力づよい震災復興

上に挙げた規模が異なる三つのまちの再生事例は、日本の沿岸都市の再生にとって実に示唆に富んだものですが、津波によって多くを失ってしまった三陸の人たちを前に、そうした事例を以って復興再生のあるべき姿とするのは、どう受け止められるのか不安もありました。そうした時に、震災復興研究でリスボン大地震に注目していた都市再生の専門家、太田浩史先生が生産技術研究所内に居ることを知りました。
1755年11月1日ポルトガル南部大西洋を震源とするM8.5~9.0の地震とそれに伴う津波は、ヨーロッパで4番目に大きい都市リスボンを襲い、死者行方不明数6万人という未曾有の災害をもたらしました。国王ヨセフ一世と首相ポンバル伯爵のリーダーシップのもと、災害に対し強靭な都市を目指したリスボン復興計画は著しく進歩的でした。瓦礫を積みあげ造成した地盤、高台へと通じる都市構造や統一されたデザインの建築群、ガイオラシステムという耐震構造など、革新的技術を採用し見事な復興を遂げました。今日のリスボンは、大西洋を望む美しい海洋都市としてあり続けています。
これらの例を参考として、われわれは海洋エネルギー工学と都市工学とが連携し「海洋エネルギーを利用した復興再生」研究に取り組むことになったのです。称賛に値するどの先例にも、美しさと力づよさが溢れています。連携研究のテーマを「美しく力づよい震災復興」として学内研究グループを設置し、岩手県の協力も得て、私たちの研究は順調に進み出しました。

海洋エネルギー研究都市とみんなの風車

■海洋エネルギー研究都市のレイアウト

■海洋エネルギー研究センターのイメージ
美しい海と街をつくろう、新しい海と街をつくろう。国際交流研究拠点のケーススタディー(提供:東大生研太田浩史)

さまざまな事例を通して、地相に適合したエネルギーミックス、分野融合的ソリューション、市民の当事者意識に基づく誇り(シビックプライド)などが再生計画のポイントであると誰もが感じていました。また、震災復興に貢献するということは、新産業創出や観光振興をレバレッジし、震災前から続いている人口減少傾向に歯止めをかけるということで、そのための規模観というのもあります。これらを形として表現するのは、建築家の仕事です。こうして、研究センターを中心に釜石湾周辺に展開する新しい研究都市構想が描き上がりました。この構想は、海と陸の複数拠点から構成され、沿岸域で復旧が進む魚市場や水産加工施設、造船所など周辺設備との関係性を重視し、沖合に風力発電、波力発電等の実証フィールドが配置されています。また、研究都市の基盤整備を、単なるモノづくりではなく、まちの人にとって忘れられないコトにしていく、その入り口のプロセスとして、漁業者向け説明会はもちろんのこと一般市民向けセミナー、地域で復興支援を行っているNPOとのワークショップ、平田小学校と釜石小学校では高学年の子供たちとワークショップを行いました。その過程で、より多くの人たちが、ポジティブな気持で係わりをもてるように実証フィールドを「みんなの風車」と呼ぶようになりました。
三陸では、北上山地が海に迫り、わずかに残された平地にまちが形成されています。沖合から眺める故郷は海と山のあいだにあり、美しい風景に輝いています。海洋エネルギーこそ似つかわしい地相と言ってよいと思います。東北地方太平洋沖地震の津波で壊滅的被害を被った三陸沿岸に、美しく力づよい海洋エネルギー研究都市が世界的な存在感をもって誕生することを祈念して止みません。(了)

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